【28】天邪鬼(1)
◆◆◆◆
シュロさんの反応を確かめるために灯籠華祭に誘うという計画は、結局レンゲさんに押し切られる形で決行することになった。「綺麗に着飾って、その気にさせてやればいい」とレンゲさんは言ったけれど、上手くいく自信なんて全くなかった。
私に似合うからと言って選んでくれたのは、青金石のような深い藍色の着物。着飾っただけでは物足りないからと、少しだけ化粧もしてもらった。着慣れない綺麗な着物に、普段はすることのない化粧。慣れないことばかりしたせいか、計画を実行する前に疲労で倒れてしまいそうだった。
「レンゲさん。私、変じゃありません?」
「十分可愛いよ。変な心配するんじゃないの」
「レンゲさんは美人だからいいですけど、私は自信を持てるような容姿じゃないんです」
「ぐずぐず言うのも、そのくらいにしておきなさいね。もう着くわよ」
そう言った矢先に、見慣れた城門が目の前まで迫っていた。とたんに緊張が溢れ出し、ドッドッと鼓動が強く速さも増していく。
緊張からくる眩暈で倒れそうになるのを堪えて寄宿舎に戻ると、その足で稽訓練場へ向かった。今日は朝から剣士達の稽古があるとカガチさんが言っていたから、間違いなくシュロさんもそこに居るはずだ。
「レンゲさん……やっぱりやめませんか?」
訓練場へ着いて早々、私は完全に逃げ腰になっていた。
入口からそっと中を覗くと、たくさんの若い剣士達が訓練の真っ最中だった。刀のぶつかり合う音、剣士達の重なり合う声に圧倒されてしまった。
「私、やっぱり諦めようかと……」
「ここまで来て帰るっていうの? あっ! シオン、カガチ! こっちよ、こっち」
すると、レンゲさんは突然その名を呼んだ。
恐る恐る中を覗くと、訓練場の奥の方で休憩している二人の姿があった。突然響いた声に驚きながらも、呼ばれた二人は素直にこちらへやってきた。
「おや、お二人でいらっしゃるとは珍しいですね。それに、いつもと雰囲気が違いますね」
「アオバが化粧もしないっていうからね。たまには女らしくしなさいって、私が強引に着替えさせたの。どう? なかなか似合っていると思わない?」
そう問われれば、眺めたくなるのが人というもの。カガチさんとシオンはまじまじと眺めた。爪先から頭まで、視線が行ったり来たり。視線の居心地の悪さに身を竦めていると、シオンはにっこりと微笑んだ。
「うん、可愛い」
「おや。私としたことが、シオンに先を越されました。それは私が言うべきでは?」
「早い者勝ちだもん」
ああでもない、こうでもないとやり取りする二人を見て思わず溜息が出た。
「僕達、変なこと言った?」
「あっ、違うの。あんまり自信がなかったから。お世辞でも言ってもらえて安心したの」
「おや、お世辞なものですか。誰が見ても同じことを言いますよ。せっかくですから、総長にも聞いてみましょうか?」
カガチさんはニコッと微笑んで背後を指差した。まさかとは思ったけれど、そのまさか。驚いた様子でこちらを見ているシュロさんが突っ立っていた。
これでもかと目を見開いて、瞬き一つせず凝視していた。まるで珍獣か、化け物にでも遭遇したみたいな驚きようだった。もしかして着物が着くずれしているのか、それとも似合っていないのか。不安はさらに膨らんでいった。
「先程からそこに立ったまま、ひどく驚いていましたので」
その姿を横目で見つつ、カガチさんがククッと喉を鳴らして含み笑った。
「ちょうどよかったわ。総長さん、どう? いつものアオバと違うでしょう?」
「あ? あぁ」
良いのか悪いのか、曖昧でハッキリしない答えが少々腹立たしい。こいつもの嫌味を平気で言い放つシュロさんはどこへいってしまったのか。なんだか調子が狂って仕方ない。
私同様に、男らしくない答えに苛立ったのか、レンゲさんは呆れ混じりの顰めっ面を浮かべた。
「総長さん。せっかく綺麗に着飾ったんだから、アオバに灯籠華でも見せに連れて行ってあげてよ」
ポンッと背中を押され、その弾みでシュロさんの前に突き出される。見上げる視線と見下ろす視線がぶつかり合うだけで、言葉も交わさず互いに黙り込んでいるだけ。シュロさんもどうすべきなのか、「んー」と気まずそうに頭を掻いた。
本音を言えば、一緒に見に行きたい。でも、シュロさんが言った「特定の女性とそういった関係になるつもりもない」という、あの言葉がまだ引っかかっていた。あれは紛れもない本心なのだから、相手が誰であろうと例外はないはずだ。
「えっと……気にしないで下さいね。黒龍隊は忙しいですし、仕事も山積みですから」
「あぁ、それでしたら問題ありませんよ」
すかさずカガチさんが割り込んだ。
「今日は年に一度の祭ですからね。大切な者と過ごすようにと、皇帝陛下からご命令が出ています」
「つまり、夜は自由」
確かめるようにシュロさんの顔を見上げた。
二コリと笑いもせず、口を開くわけでもなく、ただ「へ」の字に口を結んで頭を掻くだけ。予想通り、相手が誰であってもシュロさんは行くつもりなんてない。嫌だと思っている相手に無理強いさせたくはなかった。
「総長が優柔不断だから、僕が代わりにアオアオを連れていく」
私が身を引こう――そう思っていた矢先、シオンが私とシュロさんの間に割り込んだ。
こういう時、まっさきに行動を起こしそうなのはカガチさんなのだけど、その予想に反して動いたのはシオンだった。当然、居合わせた誰もがその言動に驚いていた。
「あら。素敵ね、シオン」
「おや、まさかシオンに先を越されるとは。いや、まだ待ちあいますよね。どうです? アオバさんもお子様のシオンより、私のような大人の男の方が――」
「何言ってるのよ。あんたは私にしておきなさい」
私の手を取ろうとしたカガチさんの手を素早く叩き落とし、胸元の襟に指を軽く引っ掛け、カガチさんの顔を自らの方へ強引に向かせた。その妖艶な引き寄せ方に思わず見惚れてしまった。何年かかっても、私には到底手に入れることのできない色気と度胸だ。
「カガチは私と行くの。それでいいでしょう?」
「他の男達からお誘いが殺到していると思っていたのですが。私でいいのですか?」
「それはお互い様でしょう? 私が誘っているのに、断ろうなんていい度胸してるわ」
不敵な笑みと挑発的な笑みが暫くぶつかり合い、暫くしてどちらかともなく笑顔を見せた。
「レンゲには敵いませんね。素敵な女性からお誘いを受けたので、アオバさんは諦めましょう。シオン、アオバさんを頼みましたよ」
「うん、任せて」
「いや、俺が連れて行く」
はっきりと遮ったのは、他ならぬシュロさんだった。聞き間違いでも空耳でもない。さっきまで渋っていたシュロさんが言ったのだ。
誘いに来た娘達に取っていた態度もそうだし、気が乗らない態度からしても私が断られる確率は高かった。なぜ気持ちがかわったのだろう。ただの気まぐれなのか。戸惑う私を余所に、カガチさんとレンゲさんはニヤけた顔でこちらを観察していた。
「アオバは俺が連れて行く。他の隊員達の目もあるからな。婚約者なのに連れて行かないと何を言われるか。だから、シオンはここに居てくれ」
「本当、素直じゃない。天邪鬼……帰りに雨でも降ってずぶ濡れになって、風邪で寝込めばいい」
「……アオバ、行くぞ」
睨みつけるシオンを尻目に、シュロさんは重たい足取りで歩き出した。
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