【31】帝都襲撃(2)

 力任せに振り下ろされる大剣

 弾き弾かれ、ぶつかり合い

 辺りに剣の火花が飛び散る

 

 キンッと、一際甲高い金切音が響く。シュロさんの左腕が切られ、弧を描いて後方に飛んでいく。その光景に思わず目を覆った。


「つまらん、妖盟の義手か。これで仕留めたと思ったんだがな」


 熊のように大きな夜叉は、地を這うような野太い声でそう言った。この戦いを心の底から楽しんでいる姿に、シュロさんは呆れた様子で含み笑った。


「残念だったな。これで有利だと思うなよ。俺は片腕でも十分に戦える」

 

 片手で刀を構える姿、夜叉を捉える鋭い瞳、月明かりに照らされて輝く白銀の髪。その全てが狂気にも似た力に満ちていた。

 互いに睨み合いが続き、いつ踏み出すのか腹の探り合いが続いていたその時、夜叉の方に異変が起こった。

 

 後方で戦っていた数人の夜叉達が、眩暈に襲われたように目元を押さえ、次から次へと地面に跪く。目は血走り、開いた口元からは鋭く犬歯が伸び出し、呼吸は徐々に荒くなっていった。

 自らの体の異変に気付いた夜叉達は、懐から取り出した札香らしきものに火を灯し、漂う青い煙を吸い込んだ。すると、次第に呼吸も収まり、姿も元に戻っていく。


「今のは……? おいっ、一体どうなって」


 シュロさんが問い質そうとするが、屈強な夜叉はそれを遮るように大剣の切っ先を突き付けた。


「今日のところはこれで退く。お前に一つ、忠告しておこう」

「……忠告だと?」

「白狼の血はお前のような人間が制御できるものではない。せいぜい、苦しむがいい」


 意味深な言葉を残し、夜叉達は引き上げていった。四方へ散りぢりになり、後を追う間もなく夜の街へと姿を消した。

 夜叉の姿も見えなくなり、その場に滾っていた狂気も消えた。私が荷馬車の陰から姿を見せると、それに気づいたカガチさんとヒユリさんがこちらへ駆けつけた。


「カガチさん、大丈夫でしたか?」

「えぇ、何とか。総長の力とアオバさんの妖術がなかったら危なかったですね。命を落としていたかもしれません」


 カガチさんは冗談っぽく笑い飛ばしていたけれど、本当に危なかったはず。頬には切り傷がいくつも走り、袖の至る所が切れて。


「ヒユリさんは、どこか痛むところはありませんか? 怪我してませんか?」

「……私は平気だ。お前に心配されるほど軟じゃない!」


 予想通りの反応に安心した。私の心配を突っぱねて強がりを言えるということは、大きな怪我もなく元気な証拠だ。

 た だ、そうは言っても、カガチさん同様にヒユリさんも傷だらけ。こんな時くらい強がらなくてもいいのに。でも、ここで無理に傷の手当でもしたら「余計なことをするな!」と激怒されそうだから、今は様子を見ることにした。


「そう言えば……カガチさん、レンゲさんはどうしたんですか?」

「安心してください、寄宿舎にいますよ。出かけようとしたところで夜叉の襲撃にあいましたので、中にいるように言いました。今は負傷した隊員の手当の手伝いをしていると思います」

「それじゃ、私も手伝いに行きますね」

「えぇ、そうしてもらえると助かります。ヒユリさん、君もアオバさんの手伝いをしてあげて下さい」

「ど、どうして私がっ」

「ほらほら、ヒユリさん。一緒にいきましょう!」

「うわっ、ちょっ、勝手に腕を組むな!」


 嫌がるヒユリさんを連れて中へ行こうとした時、ふとシュロさんの姿が目に留まった。

 負傷者の手当てで周囲が慌ただしく動いている中、シュロさんはずっと空を仰ぎ見たまま立ち尽くしている。おまけに夜叉の力も覚醒したままで、銀色の髪が風にそよいでいた。


「シュロさん、どうしたんでしょうか?」


 私が気になっていたのと同様に、カガチさんもその様子に気づいていたらしく、訝しげに眉を顰めた。


「夜叉の力を解いていませんね」

「きっと、まだ夜叉を警戒しているだけだろう。シュロさん!」


 ヒユリさんが声をかけると、少し間をおいてからゆっくりと振り返った。その顔を見て背筋が凍りついた。

 何かがおかしい。黄金色の瞳は蒼く輝き、薄らと開いた口から異様に長くなった犬歯が覗く。何かが違う、そう気付いた時にはすでに遅かった。

 牙を向き出し唸りをあげ、シュロさんはまるで獣のような形相でこちらに向かってきた。


「アオバさん、逃げて下さい!」

「きゃっ!」


 カガチさんに突き飛ばされ、私はその勢いのまま地面に転がった。次の瞬間、辺りにけたたましい金属音が響く。シュロさんの振り下ろした刀をカガチさんが何とか食い止めていた。


「カガチさんっ⁉」

「来てはいけません! 総長、しっかりしてください‼」


 その瞳に正気はなく、カガチさんの声にさえ反応しない。血に飢えた獣のような唸り声と形相で襲い掛かった。


「ヒユリさん! 総長を気絶させて下さい!」

「そ、そんなことっ」

「急ぎなさいっ! 早く‼」


 好きな人を傷つけたくはない、その躊躇いがヒユリさんの判断を鈍らせた。

 ヒユリさんは唇をぐっと噛みしめ、力いっぱい刀を振り下ろすも、躊躇ためらいが一瞬の隙を生んだ。ヒユリさんの攻撃に気づいたシュロさんは、攻撃をかわして腹を蹴り飛ばし、カガチさんの腕を切りつけ薙ぎ払う。そして、黄金の瞳は確実に私を捉えた。


 逃げなければと、私の本能が叫んだ。すぐに立ち上がったものの、体ごと浚われるように肩を掴まれ、力の限り地面に押さえつけられた。

 直後、鋭い牙が肌に突き刺さり、痛みが全身を駆け抜けた。肩口に噛みついているシュロさんの姿を直視できず、痛みに耐えながら夜空を見上げた。


「アオバさん‼」


 カガチさんの声すら、痛みのせいかぼんやりとしか聞こえない。返事をしたくても力が抜けて声を絞り出せなかった。

 痛みで朦朧もうろうとする中で私は必死に考えていた。シュロさんが何を求め、どうしてほしいのか。唯一動く右手でそっとシュロさんの頭に触れる。その時、ほんの少しだけシュロさんの心が見えた気がした。


 この感覚は、何かに飢えている……?

 今までに見たことのない変化だけれど、これは夜叉の血が暴走した時と似ている。息遣いや眼差し、肩を押さえつける手の力。いろんなものがそう告げているように思えた。もしかしたら妖力が必要なのかもしれない。


「シュロさんっ……大丈夫。私の、力を使ってください!」


 シュロさんの体を掻き抱き、力いっぱい抱き寄せた。

 内なる妖力が光となってシュロさんを包む。不足していた妖力が補われたことで次第に呼吸も落ち着き、徐々に正気を取り戻していった。肩口を赤く染める私を見下ろしたシュロさんは、言葉を詰まらせ震える手で頬に触れる。私はその手をそっと握り返した。


「アオバ……!!」 

「よかった。元に、戻っ……」

 

 少しばかり血を流し過ぎたのかもしれない。瞼がやけに……重い。

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