【30】帝都襲撃(1)
平原から街の入口へ着いて間もなく、刀がぶつかり合う金属音が耳に届いた。寄宿舎に残っていたシオンが若い剣士10人を引き連れ、3人の夜叉と応戦していた。どうやら、先程の爆発と黒煙は夜叉の仕業だったらしい。数では圧倒的に黒龍隊が有利のように見えたけれど、その強さはほぼ互角だった。
「アオバ、危ないから隠れていろ!」
「は、はいっ」
私は酒場の前に停まっていた荷馬車の陰に身を潜め、シュロさんは剣を手にシオン達に加勢した。
押され気味だった黒龍隊も、背後から奇襲をかけたシュロさんの攻撃によって盛り返し、夜叉が態勢を崩した。その隙をついて一気に畳みかけ、3人の夜叉は捕らえられた。
「シュロさん、怪我はありませんかっ!」
事態が収拾したのを見計らい、荷馬車の陰から飛び出してシュロさんに駆け寄った。いつものようにニッと不敵に笑って、少し偉そうに胸を張って見せる姿に安心した。
「少し剣が掠ったが問題ない。アオバこそ……あぁ、隠れていただけだから大丈夫か」
「隠れていて怪我するって、一体どんな状況ですか。見ての通り、私は平気です」
シュロさんを真似て、腰に手を当てて胸を張った。偉そうだと笑い合っていたそこへ、シオンが駆けつけた。
普段のおっとりした姿からは想像もつかないけれど、戦った後のシオンは荒々しさと雄々しい空気を纏っていて、表情も心なしか鋭さが増しているように思えた。
「遅れてすまなかった。シオンが残っていてくれたおかげで被害が最小限に抑えられたよ」
「夜叉側の応援、呼ばれたら危なかったかも。総長が来てくれてよかった」
「襲ってきた夜叉はこれで全部か?」
「多分」
小さく頷いたのを確認しながら、シュロさんは捕えられた夜叉のもとへ歩み寄った。
後ろ手に縄で縛られ、地面に跪いていた夜叉の男は、シュロさんを見上げながらニヤリと怪しげに笑った。
「こんな少人数で襲撃した目的は何だ?」
「お前らに教えると思うか?」
フンッと鼻で冷笑する夜叉に、シオンが訝し気に目を細めた。
小さく唸りながら考え込んでいたが、ふと何かに気づいてハッと目を見開いた。その右目は瞬き一つせず、食い入るように夜叉を見つめる姿に、シュロさんが心配して顔を覗き込んだ。
「どうした、シオン?」
「……何か、見えた。胸がザワザワする……こいつら、何か隠してる」
「隠している? 他に目的があるというのか?」
「わからない……何か、見えそうだけど。おかしいな……今日はよく見えない……」
頭を抱えるシオンの姿を見、捉えられた三人の夜叉は互いに顔を見交わしてほくそ笑んでいた。
シオンが言うように、何か隠しているのは確かだろう。大抵、悪事をはたらいた者は抵抗を見せるものだけど、彼らは捕まったというのに一切の抵抗を見せないし、不気味なくらい大人し過ぎる。まるで逃げるつもりがないようだった。
「ダメだ、見えない! このままじゃ何もできないっ」
シオンは自棄になったみたいに声を上げ、着けていた眼帯に手を伸ばした。気づいたシュロさんは慌ててその手を止めた。
「シオン、よせっ!」
「総長は黙ってて!」
制止を振り解き、シオンは眼帯を剥ぎ取った。
黄金色の左目が怪しく輝き、夜叉の姿を捉えた。
シオンには夜叉の血の影響で、相手の心を読み取ることができるとカガチさんが言っていた。眼帯をした状態ですら相手の心が見えるのだから、眼帯がなくなれば抑えられていた本来の力が解き放たれる。
それはほんの一瞬だった。彼らを見たシオンはびくりと体を跳ね上げ、左目を押さえて力なく地面に座り込んだ。
「シオン、しっかりして!」
「こいつらは、囮……僕達を引きつける、罠!」
荒く呼吸をし、震える手で私の腕にしがみつく。こちらを見上げたシオンに、ふと違和感を覚えた。黄金色の左目がはっきりとした青色に変わっていく。まるでそれが合図だったかのように、突然、シオンが胸を掻き抱いて苦しみ出した。
「ううぅあぁぁぁぁっ!」
「シオン!」
「本当、の……目的、は……!」
言葉と重なるように、再び辺りに爆音が轟いた。その音は街の外で聞いたのは比べものにならないほど激しく、耳の奥や肌、体の中心をビリビリと痺れるほどの威力だった。
「シュロさん、あの方角って……」
「くそっ、狙いは城か!」
どうやら入口で暴れた夜叉達の目的は、こちらに注意が逸れている隙に、手薄になった城へ攻撃を仕掛けること。入口で食い止めていたと思っていた夜叉は、すでに街の奥へと入り込んでいたのだ。
夜空に立ち昇る黒い煙を見上げて間もなく、シオンは私の腕の中でぐったりと倒れ込んだ。
「シオン、しっかりして!」
「夜叉の力は急激に妖力を使う。それで気を失っただけだ。いずれ目を覚ますから、心配するな」
シュロさんは地面に落ちた眼帯を拾い上げ、埃を払い落してからそっとシオンの左目に付けなおした。
「捕えた夜叉とシオンを頼む! アオバは俺と一緒に城へ戻るぞ。隊の者達が出払っていて、戦力が足りない可能性が高い。少しだけ力を貸してくれ」
「わ、わかりました!」
数名の隊員を引き連れ、一路、雲龍城へ――被害は最小限であってほしい、そう願う思いもむなしく、城へ到着した私達は言葉を失った。
立ち上る黒煙の量から覚悟はしていたけれど、それは想像以上だった。
破壊された城門は跡形もなく吹き飛び、瓦礫が辺り一面に散らばっている光景は爆発の凄まじさを物語っていた。
先に戻っていたカガチさんとヒユリさん、若い剣士達が辛うじて食い止めている状態だったが、それもやっとのこと。先程とは桁違いの数の夜叉達に城を襲撃されていた。ざっと見ても数は100以上。おまけに相手は夜叉の力を解放しているため、圧倒的に不利な状態だった。
「あんなにたくさん……このままじゃ、カガチさん達がやられてしまいます」
「前に夜叉が襲ってきた時、アオバが妖術で気を逸らせたことがあっただろ? あの時と同じ術で夜叉の気を逸らせられないか?」
「やってみます!」
「頼む。俺はその隙をつく!」
シュロさんは深く息を吐き、刀の柄を握る手に力を込めた。内に眠る白狼(ハクロウ)の力が解き放たれ、瞬く間に髪は銀色に、そして瞳は黄金に染まる。髪や瞳の色が変わっただけだと、自らに言い聞かせても不安は一気に膨れ上がた。
行かないで……力に呑まれないで。引き止めたい衝動を必死に堪えて、血が滲みそうなほど拳を握りしめた。言葉にならない思いが伝わったのか、シュロさんは不意にこちらを見てフッと柔らかく笑った。
「そんな顔するな。この姿が嫌いか?」
「いえ、そんなことは。ただ、その力は……」
「心配しなくても、無茶はしない。程々にな」
まだ不安はぬぐい切れなかったけれど、その言葉を信じて札香に火を灯した。
煙は蝶の大群となって、襲い掛かる夜叉達に向って飛んでいく。その流れに乗に合わせ、シュロさんは蝶たちを盾にして走り出した。
もう一歩で黒龍隊の守りを押し崩さんとした直後、私が放った蝶たちが夜叉の視界を遮った。怯んだその隙をつき、シュロさんは次から次へと夜叉達を薙ぎ払った。
「総長!」
驚きと安堵の混じるヒユリさんの声が、叫び重なる夜叉の怒声の中で響いた。
「ヒユリ、敵から目を逸らすなっ! 何としても、城内へ踏み込ませるな!」
流れるように、そして風のように。反撃の隙を与える間もなく、シュロさんの刃に夜叉達は倒れていく。けれど、相手も一筋縄ではいかない。シュロさんの前に躍り出たのは体格も桁違いの屈強な夜叉だった。
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