【24】華やかな色を纏って
そうこうしている内に、目的の場所へ到着――ただ、着いた先はなぜか花街だった。こんなところに何の用事があるのか不思議に思っていると、レンゲさんが何の迷いもなく〈
「ここって……レンゲさんって、遊女さんだったんですか?」
「えぇ、そうよ。さっき話すの忘れてたわね」
フフッと、レンゲさんは無邪気に笑った。先程の娘達とは明らかに違う妖艶な雰囲気を纏っているのは、内側から醸し出される女の色気だったわけだ。人を陥れようとするような者に勝てるわけがない。
遊郭は話で聞いたことがあるだけで、もちろん入るのは初めて。期待と不安を抱いて踏み入れると、中はまるでお伽話に出てくるような、華やかで豪華、そして何かを惑わせるような独特の雰囲気が漂っていた。
その空気に若干飲まれ、ソワソワしながら中へ進んでいく。すると、店の奥から10歳前後の少女が出迎えた。頭の上で結われた真ん丸のお団子が似合う可愛らしい子だった。
「姉様、お帰りなさいませ!」
「ただいま。彼女を私の部屋に連れて行くから、しばらく誰も入れないでちょうだい」
「かしこまりました!」
玄関から正面にある階段を上がり、二階の最奥にある部屋へ通された。赤を基調とした室内には、まるで男を惑わせるような甘い香りがほんのりと漂っている。
レンゲさんは部屋の隅にある箪笥を開け、どれがいいだろうかと、手当たり次第に着物を引っ張り出した。
「アオバは色が白いから、赤か桃色が似合いそうね」
「ど、どれも高そう。お借りするものだから、できれば安めのもので!」
遊女が安い着物なんて持っていないだろうけど、安ければ安心して着られる。高いものだと余計に緊張して、せっかく借りたのに、またどこかで転んで破ってしまいそうだった。
「やっぱりこれかしら。アオバ、これに着替えて」
持ってきたのは朱色の着物。自分では選ぶことのない色を前にして完全に逃げ腰になった。もっと落ち着いた色の方がいいとやんわり返したけれど、レンゲさんは「絶対に似合うから」と譲らない。押しに押されて根負けし、渋々その着物に着替えた。
「やっぱり、私にはもう少し地味な色の方が……」
「何言ってるの。こういう色も着ないと駄目よ」
レンゲさんに促され、おずおずと鏡の前に立った。
朱色の着物に身を包んだ自分をまじまじと見つめる。やはり今までに着たことのない色のせいか、全身を包む鮮やかな朱色がやけに眩しく見えた。
年頃の娘なら、こんな美しい着物に憧れるのが当然なのだろうけど、香術師としての職業柄なのか、私には派手な着物よりも部屋に漂う香りの方に興味が向いていた。
「レンゲさんの部屋、いい香りがしますね。この香りは……桜ですね。あと、微かに林檎の花の香りもします」
「さすがは香術師ね。香りを嗅いだだけでわかるなんて凄いわ。あっ、そうだわ!」
背後にいたレンゲさんは、何かを思い出したように手を叩いて正面に回り込んだ。
「アオバ、この香を作れない?」
「香ですか? 香料さえ手に入れば作れると思います」
「本当に? 私、この香が気に入っていてね。でも、これを作ってくれた香術師が先月亡くなってしまって、調合できる人がいないの。残りも僅かしかないから……頼んでもいいかしら?」
窺うように見つめるレンゲさんに、私は大きく頷いた。
「わかりました。この着物のお礼ってことで、作らせて下さい」
「嬉しい! ありがとうっ」
よほど気に入っている香なのだろう。声を弾ませたレンゲさんは、本当に嬉しそうだった。牙を剝き出しにした虎みたいに、あの路地裏で娘達を一喝した姿とはまるで正反対。可愛らしく、無邪気に笑っていた。
「桜の香料は出回っている数が少ないので、手に入れるまでに時間がかかると思いますけど、いいですか?」
「構わないわ。まだ残りの香が幾つかあるから。出来上がったら知らせて。カガチの顔を見に行くついでに、黒龍隊の寄宿舎まで取りに行くから」
「カガチさん? 知ってるんですか?」
「カガチは、よくここに足を運んでくれるお得意さんなの」
「お得意さん……」
レンゲさんはさらりと言ったけれど、私はその言葉に少し照れくさいような気まずさを味わっていた。ここへ足を運ぶとは、つまり……そういうこと。だって、ここは遊郭だもの。現の世界を忘れて、夢の時を過ごす場所だから。
恥ずかしいような、むず痒い気分ではあったけれど、お得意さんというのが〝カガチさん〟であることに関しては納得がいく。女の扱いが手慣れていたのは、おそらくレンゲさんと関係を持っていたからなのだと妙に納得できた。
「ここ最近は忙しいのか、しばらく顔を見てないからね」
「夜叉のことや、街に出回っている偽金の件に追われているみたいですよ」
「それなら仕方ないわ。帰ったら、たまには顔出すように伝えて」
「はい、必ず伝えますね」
破れた着物を手早く畳み、それを抱えて深く礼をした。
「着物、ありがとうございました。近いうちに返しに来ます」
「返さなくていいわ。もう何年も着てなかったものだし、持っていても箪笥の肥やしになるだけだから。持って行って」
「えっ! いや、でも……」
「アオバ。たまにはそういう色も着ないとね?」
「は、はい。それじゃ、お言葉に甘えて」
カガチさんに伝えると約束し、私は遊郭をあとにした。
外に出て気付いたのだが、レンゲさんが選んだ着物の朱色は陽の光を浴びるといっそう鮮やかになった。そのせいか、通りを歩く男達の視線がこちらに注がれて、なんだか歩き辛い。レンゲさんはきっと、いつもこんな視線を浴びて歩いているのだろう。感心と戸惑いを抱きながら、私は足早に通りを駆けた。
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