【18】本音
「仲が良さそうで安心した。これであいつが戦い方を変えてくれたら、もっと安心なんだが」
シュロさんの姿を追うように戸を見つめる渡会さんの横顔からは、心の底から身を案じていることが伝わってきた。
「戦い方? 何か気がかりなことでも、おありなのですか?」
「あいつの戦い方を見たことがあるかい?」
脳裏を過ったのは、街の外で夜叉達と交戦し白狼の力を使っていたあの時の光景だ。私は膝に置いた手をグッと握りしめて小さく頷いた。
「それを見てどう思った?」
「胸がざわつくというか、締めつけられるというか。そんな感じです」
「ワシもだよ」
どっこいしょと、渡会さんは息を吐きながら向かいの椅子に座った。溜息ともとれるような深い息を吐き、椅子の背にもたれた。
「あいつの腕は確かだが、自分の命を粗末にするような戦い方をする。表にある強さに反して、どこか脆く弱く見えるんだよ」
「どうして、そんな風に見えるのでしょうか?」
その理由については渡会さんもわからないらしく、首を捻るだけだった。
「このままでは、いつか命を落とすような気がしてな。守るべき大切な者でもみつかれば、その戦い方も変わるのでは、もっと強くなるのではと思って縁談を持ってきたんだが……あいつはこれっぽっちも興味を示さん」
「それで、あんなに」
シュロさんから偽りの婚約者の役を引き受けた時、最初はシュロさんを可愛く思うが故の〝元上官のお節介〟だと思っていた。けれど、それは渡会さんなりの考えがあってのこと。
無理にでも見合いをさせようとした理由はそこにあったのだとわかると、なんだか悪いことをしてしまったような気持ちになった。
「どうなることかと心配したが、あいつはお前さんを連れてきた。少しは安心できそうだ」
渡会さんは私を本物の婚約者だと思い込んでいる。もし、この関係が偽りだということがわかったらどう思うだろう。途轍もない悪事をはたらいているような気がして、胸がチクチクと鈍く痛んだ。
「さて、そろそろ行くか」
渡会さんは、どっこいしょ、と反動をつけて席から立ち上がった。
「もうお帰りになるのですか?」
「実は、女房に使いを頼まれていてな。早く買って帰らないと、こっ酷く叱られる。うちの女房は美人だが怒ると怖いんだ」
と、渡会さんは惚気ながらも軽い愚痴をこぼした。
悪党なんて一捻りで倒せそうな風貌をしていても、奥さんに頭が上がらないというのが何とも可愛らしい。
「では、途中までご一緒させて下さい。私も外へ行く用事がありますので」
「そうか。では、行くとするか」
手早く荷物をまとめ、渡会さんと共に寄宿舎を出た。
菖蒲通りで酒と塩を買って帰るという渡会さんと別れ、私は一路、貧街区へ向かった。
地区の入口に着いて早々、私の姿を見つけたナタと他の子供達が「お姉ちゃんだ!」と声を上げ、いっせいに駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、聞いて! 妹の熱が下がったんだよっ」
「本当⁉ よかったぁ」
「あのねっ、うちの爺ちゃんも、お姉ちゃんの薬香のおかげで足の痛みが取れたって喜んでたよ。お姉ちゃん、ありがとう!」
私の手を掴みながら、今日は何があった、昨日はこんな事件があったと、満面の笑顔でたくさんの言葉で伝えてくれる。それが凄く嬉しくて、恥ずかしくて。こんな時、どんな顔をしていいのかわからなくて、誤魔化すように持ってきた荷物をナタに渡した。
「何かあってもすぐに対応できるように、少し多めに薬香を作ってきたの。ナタにあずけておくね」
「うん、わかった。あっ、そうだ! お姉ちゃん、言われた通り準備できてるよ」
腕を引かれるままついて行くと、地区の中心にどんと鎮座する大きな銀杏の木の下に布が敷かれているのが見えた。ナタと同い年くらいの子供達や、若い女の子達がそこに座って待っていた。
今日はその子達に香の作り方を教える約束をしていた。もちろん、それは私がいなくても自分達で簡易的な薬を作れるようになればと思ったからだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。香術って、薬香しかないの?」
作業を始めて間もなく、一人の女の子が訊ねた。
年頃の女の子達が真剣に薬香を作る一方で、小さな子供達の興味は薬香よりも香術師という存在に向けられたらしい。
「もっとたくさん種類があるんだよ。人を眠らせるような香もあるし、煙で華を咲かせることだってできるの」
「えぇー、見たい!」
「その香、見られないの?」
「んー、それじゃあ少しだけね。今持ってるのは、
それは高貴な者達が嗜好品として愛用しているもの。本当はそれも露店で売る商品だったけれど、目を輝かせて見つめられたら、見せないわけにはいかなかった。
それが湯殿で使う香だと話して聞かせ、華香に火を灯した。
淡い桃色の煙が瞬く間に立ち昇り、やがて煙は大輪の華となって辺りに広がっていく。女の子達は「素敵」と声を上げ、子供達は広がる花を前にはしゃいでいた。
「ここにいたのか」
やってきたのは、
どうしてここにいるのか。そう思うよりも先に、見つかったことへの妙な罪悪感と焦りが背筋を駆け抜ける。彼の声が心なしか怒っているように感じて、思わず身を
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