35 ~揺覚の少女~ YOUKAKU


「くグくぅウ………ガあァァァああああアアアアアアアア!!」


 化物けものが二度目に叫び上げる。

 音速の衝撃波が周囲一帯を襲う、次の瞬間、ヤツは始めた。



 まるで台風の中に居るかのような突風に包み込まれ、身体が人型の怪物へと吸い寄せられていく。

 だがそれ以上に、紛れもない違和感が深刻な事実を突き付けてくる。


「――!? ま、魔力まりょくが、まさかそんな!」


 誰かが叫ぶ。


 肉体だけではない。

 身体の内に揺蕩たゆたうエネルギーが、体中からみ出していき、目の前の怪物へ徐々じょじょに吸い込まれていく。


「ま………まさかこいつ、魔力を、私達の魔力を吸い取ってる!?!?」


 高速環状線の防音壁にしがみ付くリサ先輩が叫ぶのが、疾風に紛れて聞こえるのが分かった。


 誰かがこの嵐の中、魔法をはなつ。だが、それは化物けものへ届くことなくき乱され、吸収されていく。

 軽い瓦礫がれき破片はへん等も吸い上げられる程の吸気こきに、何とか踏み止まる。

 だが、それが精一杯せいいっぱいだ。


 誰もが、逃げられなかった。

 あたしも魔力が無駄にあるといっても、結局魔力そのものしか出せなければ、いしみずもいいところだ。

 怪物が吸い込んでいく物をよく見ると、吸収される寸前に、粉々に分解されているのがかすかに見えた。あれでは、直接的な攻撃も効き目はうすいだろう。


 このままでは、いずれみんな力尽きてしまう。それは誰の目にもあきらかだった。


 ふと、隣に立つルナちゃんを見る。

 ディザイアーの特殊な攻撃、《欲圧よくあつ》には耐性があると以前ルナちゃんは言っていたが、あたしとは対称的に魔力が極端きょくたんに少ないため、迂闊うかつに手を出せないのだろう。


 そう思った矢先やさき、彼女は意をけっしたように、かがめていた上体を起こす。


「ぅ……ルナ、ちゃん………?!」


 左手に拳を作り、固く握りめる。


「っ! ダメ、だよルナちゃん! 確かにルナちゃんの力は凄いけど、相性が悪い! 頭の良いほうじゃないあたしでも分かる! あれに当たるまでに、魔力は吸い込まれちゃうだろうし、ルナちゃんも見たでしょ!? 吸い込まれる直前に、手が壊されて―――」

うるさい!!!」


 化け物の慟哭どうこくに負けないほどに、野良のらの少女は声を張り上げる。


 そのには、さっきと同じ狂気きょうきはらんだ感情が浮かび上がっていた。


「あなたに私の何が分かると言うの! 私には、まだ失うものがある。無くなってしまうのが恐いものがある! もう何も失うものが無いお前とは違うんだ!!」

「―――――――っ!!」



 その感情は、


 その感情にも、あたしは覚えがあった。

 かつて、自分がいだいた悲しい感情。

 もう二度と味わいたくない、くるしみだ。


「…………違うよ……」


 気が付けば、あたしは知らずに声に出していた。

 それに気付き、だけど止まらなかった。


「っ何が違うと―――」

あたしは! またこの手からこぼちちゃうのが怖いもの、あるよ」

「―――っ………」

「確かにあたしには、お父さんはいなくて、お母さんが死んじゃって、おばあちゃんもいなくなっちゃって、何もかもなくなったって思ったけど、残ってないと思い込んでたけど出来たんだよ。ううん、気付いたんだ。もう二度と失いたくない、大切な人があたしにはもう居るってことが。あたしの周りには、小鞠こまりちゃんが、深輝みきちゃんがるって―――」


 次々と、言葉があふれれる。


「ルナちゃんが居るって!!」

「――!?」

あたしにはもう、ルナちゃんが居ないことなんて考えられないんだよ。ルナちゃんが何者かなんて関係ない。ルナちゃんがまもりたいモノがあるのは知ってる。それが何かは知らないけど、それがなくなっちゃうのがどれだけ心が痛いことなのかは分かる! だから、ルナちゃんが守りたいっていうモノは、あたしまもる」

世迷よまごとを――!」

「前にも言ったでしょ。ルナちゃんの大事なものは、一緒いっしょに、まもるって」


 力をゆっくりと吸い取られていく暴風ぼうふうの中、ルナちゃんに近付き、手を取る。

 固く、握られた手を。


「だから、行かせないよ。だってルナちゃん、笑ってないもん。ルナちゃんの笑顔をまもるためなら、ルナちゃんの背負せおってるもの、半分くらいはあたしも背負ってみせる!!」

「……………なら、どうすればいいのよ! あなたにならどうにかできるの?」


 その目にはかなしい水色にゆがんでいた。

 あたしが言うまでもなくルナちゃん自身も、どうすればいいのか分からないんだ。


 そんな大切な友達に、あたしは笑ってみせる。


「分からない。でも、ルナちゃんと一緒なら。あたし、できそうな気はするよ」

「………それは根本的な解決になってないでしょう」


 薄くむらさき色をにじませていたルナちゃんは右手で目頭をはじく。そして左手を緩め、強大な脅威へ目を向ける。


「――まったく。あなたはいつもそればかりね。……私を笑わせたいのなら、まずは考えなさいよ。あれをどうするのかを」


 言って、野良の魔法少女は気配を落ち着かせる。


 認める。とまではいかなくとも、彼女なりに、受け入れてくれたのだろうか。


 そんなルナちゃんのためにも、どうすればいいか考えなくちゃ。

 だが、この絶望的な状況で、打開策なんてものはあたしはもちろん、ルナちゃんも思い浮かばなかった。


 その時。


 あたしの頭に爪を立て、怪物の吸気に大気がれる中、しぶく通った声が頭の上から聞こえてきた。




ちからが欲しいか。小娘こむすめ



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