30 ~仰天の少女~ GYOUTEN




                  「い


                  や


                 あ


                あ


               あ


              あ


             あ

            あ

          あ

       あ

   ぁ

!!!」



 


 音速で東京の街を抜け出した二人の魔法少女は、木々に囲まれた山間やまあいを飛び過ぎ、富士ふじさんの中腹を左手にのぞむ辺りでその勢いを緩めた。


 あたしちから一杯いっぱいしがみ付いていたルナちゃんは、樹海じゅかいを眼下に気持ち少しだけちからを弱めてようやく言葉を絞り出す。


「ち、ちょっと! こ、こうするならこうするって、ま、前もって言っておきなさいよ!!」

「ごめんごめん。一昨日おととい言ってた先行限定的マギアールズのあたし達は、遠すぎるトコに行くときはさっきみたいに、檸衣奈れいなさんに飛ばしてもらって距離をかせぐんだ」

いま言われても遅いわよ!」


 耳元をく風切り音にも負けない声量で腕の中の少女は叫ぶ。


 同じように声を張って、あたしはそれに応える。


「いやー、ルナちゃん凄くあせってるみたいだったし、あたしも急いでたからあまり待たせるのも悪いなー、って………」

「心の準備のアルナシは待ってくれないのかしら!?」


 ルナちゃんの訴えに、あたしはこれからすることをあらかじめ謝っておく。


「あー、えっとそれじゃあ、ちょっとごめんね。ルナちゃん」

「待ちなさい。待ってトモナ、つえを取り出して何をす」


 椅子のように腕に座らせて抱き上げていたルナちゃんをもっと抱き寄せ、しっかりとあたしの体にわせさせる。

 そして彼女の背中を抱いていた右手に杖を現わし出す。


 魔力が込められたあか色の杖が煌々こうこうと輝く。


「絶対はなしちゃダメだよ!」


 軽く杖を振り上げ、あたし達が飛んで来た方向の少し下に向かって、込み上げた魔力を一気に噴出ふんしゅつさせる。


「ちょ…………ッ――――――――――!」


 バゥッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!


 と、大気を吹き散らす魔力の放出がルナちゃんの絶叫をき消す。



 お


  ぼ


   え


    て


     な


      さ


       い


        よ


         |


          |


           |


            |


             |


              |


               |


                !


                 !


                  !


                   」








 愛知あいち県は尾張旭おわりあさひ市。

 高速のフライトからそこの北部にある城山しろやま公園へ降り立ってすぐに、ルナちゃんはその場へくずれ落ちた。


「ぜぇ、ぜぇ………………。想定、していたよりも、余程よほど早く、着けたのには、感謝しかないけれど………せめて、先に言っておいてほしかったわ…………………」

「あ、ははは………ごめんね……びっくりさせちゃって」


 息を整えるルナちゃんから目を外し、尾張おわり平地の中ほどに向ける。


 そこには、辺りのビルから一つ飛び抜けた黒い巨大なかげの怪物の頭が見えた。


「でもほら、もうあと一息ひといきの所まで来たよ」


 ややあらっぽい移動にはなるが、魔法少女の魔力を宿した体での走力ならば、五分と掛からず辿り着けるだろう。


 問題は、変身するだけで大半たいはんの魔力を消費してしまうというルナちゃんの魔力の方だ。

 学校からここまで全く魔力を使ってこなかったはずだからほとんど回復しているだろうけど、あの場所まで走るとなると少し無茶が必要になるかもしれない。


 あたしがそんなことを考えていると、眼前の白色の魔法少女はゆっくりと起き上がりあたしの目を見ながら手を取った。


「大丈夫よ。ここまで来れば、あとはあなたに手を引いてもらいながらなら問題もんだい無く行けるわ」

「ルナちゃん………。うん、行こう」


「やっと追い付いた。やっぱりアンタだったわね。トモナ」


 その時、あたしの背後から聞き覚えのある女の子の声が山吹やまぶき色の風と共に耳を通り抜けた。


 ザンッ、と地面の砂を打ち鳴らしてあたしとルナちゃんの隣に着地してきたのは、白銀しろがねの装備に山吹やまぶき色のころもまとった先輩魔法少女リサだった。


「空を飛んでる魔力ブースターの光が見えたからもしやと思ったけど、あんじょうアンタだったわね」

「リサ先輩。こんにちは……あれ? でもリサ先輩、さきに出発したって………」

「あのねぇ、直線的に移動できるアンタとは違って、私と愛美あみ静岡しずかから走ってここまで来なきゃなんないのよ。檸衣奈れいなだって地方を越えて私達を飛ばせるわけじゃないんだから」

「あ……そ、そっか」


 悩ましそうにひたいに手を置くリサ先輩。

 しかしすぐにその手をずらして、あたしの正面に立つ野良の少女を見据みすえる。


「で、なんでまたアンタまでこんな所に居るわけ」

「今はそんなことを議論している場合ではないでしょう」

「…………」


 刹那せつなにらみ合う二人だったが、意外にもリサ先輩はその眼をあたしの後ろへ移した。


「そうね。それにここに居るってことは、少なくともあれを何とかするのが目的なんでしょう」


 そう言って、リサ先輩は背中のけんをするりと抜き出した。


「え? ちょっ、何をするのリサ先輩。待っ」

「アンタ、見たところあんまり無茶できないんでしょ。トモナが引っ張っていくだけじゃ時間掛かるだろうし」

「は、はい………?」


 剣を構え、山吹やまぶき色の勇者は速攻で呪文をとなえる。

 すると三人の魔法少女を淡い山吹色の光が一瞬だけ包み込んだ。


「ここに着地する直前に、チラっと聞こえたのよ。トモナに手を引いてもらって行くつもりだったんでしょ」

「え、ええ………」


 構えていたけんを右の逆手さかてに持ち直し、リサ先輩はルナちゃんを見る。


正直しょうじき私はまだアンタの事信用しんようしてないけど、アンタの言う通り今は急ぐべき時だからね。私だってそれくらいの分別ふんべつはつくわよ」

「………」

「文句が無いならさっさと行くわよ」

「あ、うん。行こっ、ルナちゃん」

「………ええ」


 ルナちゃんの首肯しゅこうと同時に、リサ先輩がび立つ。


 あたしとルナちゃんもそれに続き、名古屋なごやの街へ走り出していく。


 リサ先輩は、あたしと、そしてルナちゃんに走力の強化魔法を掛けてくれたのだ。魔力を全く消費することなく、颯爽さっそうと名古屋市へ向けて走る。


 中小様々さまざまなビルの屋上をけ抜け近付いていくごとに、目指す先の黒い怪物の姿は少しずつその巨大さを否応なく認識させていく。

 先日のさかなガエル型のディザイアーもかなりの大きさだったが、遠目とおめから見た限りでも一回りか二回りは大きいだろう。


 リサ先輩のあとを追う形で、大型ディザイアーを左目に収めながら北側に迂回うかいし、名古屋なごやじょう天守閣てんしゅかくに三人は並び立つ。


「うっそ……………」

「警報と命令が出た時点で覚悟はしてたつもりだけど、実際に見ると総毛そうけ立ってしまうわね」

「な………なに、よ。あれ」


 を見たルナちゃんは、今日きょう何度目かに目をかせる。


 先週の全体的に大きい魚型ディザイアーとはまた違う、縦に伸びた体躯たいく

 その上に乗るはくっきりと輪郭りんかくを見せる頭部。

 はっきりと伸びた四肢ししは半分が大地を踏みしめ、残りの半分はビルを掴み、拳を握っていた。


 金に輝くしゃちほこの横、名古屋城天守閣から望むそれは、



「『人型ひとがた』の、醜欲不命体ディザイアー………!?!?」


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