31 ~紫狂の少女~ SHIKYOU



「『人型ひとがた』の、醜欲不命体ディザイアー………!?!?」


 名古屋城の天守閣。

 金の鯱に並んで眺めるそこには、見紛みまがうことのない漆黒の影の巨人の姿があった。


 醜欲不命体ディザイアーとは、生物の欲望がゆがみ、その身体を欲望と共にみにくく変質させた生命のことわりから外れた怪物、化け物だ。


「理屈の上では、あり得るとは分かっていたけれども、まさか、本当に人間からあの怪物が誕生したとでもいうの………!?」

「『特別緊急事態宣言』と、それに付随ふずいする『第二種非常避難命令』は、いわゆる人型かそれに相当そうとうするディザイアーの出現をあらわす警報よ。トモナも、実際に見るのははじめてでしょうね」

「う、うん………」


 隣に立つリサ先輩の横顔には、この季節には珍しい一筋ひとすじの汗が流れていた。一目で緊張しているのが分かる。


 無理もない。

 ディザイアーは、素体そたいの持つ能力を飛躍的ひやくてきに向上させる。

 その能力の一つが形となったものが《欲圧よくあつ》だが、それとは別に警戒しなければならないのが頭脳だ。

 本能で動くけものに、その多寡たかはあれど知能がプラスされるのだ。とても厄介きわまりない


 そしてただでさえ複雑な思考能力を持つ人間がディザイアー化したならば、厄介どころの話ではなくなる。


 獣を元とした無為むいに暴れる他のディザイアーと違い、明確にのだ。

 欲に支配された脳―――そもそも脳と呼べる器官が存在するのかも怪しいが――は理性と言語能力を失ってしまうが、それゆえに武力以外の解決方法をも一切無くしてしまう。


 それを理解出来るため、リサ先輩の緊張はあたし達にも伝播でんぱする。


「さっき確認した情報だと、まだ現地市民の避難が終わってないみたい。私達もそっち優先で動くわよ」

「うん」

「………」


 リサ先輩の指示にしたがって、おおよそ二、三キロ先の怪物の元へ向かっていく。


 現場にほど近いビルの屋上に立つと、その凄惨せいさんさがの当たりになる。


 先に到着していた現地や近くから来たのであろう魔法少女達は、その大半が当のディザイアーの対応にられていた。

 今まで現れていたディザイアーとは違う、複雑かつ非情な動きを見せる相手に救助活動が思うようにいかないんだ。


 その上、すでに辺りにはちらほらと離脱りだつ余儀よぎなくされた魔法少女達の姿が見受けられる。

 救助を進めるために立ち向かい、ディザイアーの抵抗か攻撃でやられたのだろう。あるいは市民の人達をかばってか。


 かんばしくない戦況だが、最低限の安全を確保できなければディザイアーの討伐・浄化なんて出来はしない。


 リサ先輩とあたし達は人型ディザイアーの足元、いまだ人が多く取り残されている大通りの方へ目を向けた。

 そこにはおびただしい数の乗用車や路線バスに観光バスが、横倒しになったりひっくり返ったりしている。中には潰れているものもある。


 魔法少女達が瓦礫がれきやディザイアーの攻撃から人々を守り抜いてはいるが、それらに人手がかれ避難の方は遅々ちちとして進んでいない。

 魔法少女ではない、普通の人の救助隊員では危険過ぎて近付けないんだ。


 ルナちゃんも、これから向かうその場所を見下ろしている。


 空気くうきがピリつくような緊張が再び押し寄せたかと思った瞬間、魔法少女達の防衛陣を抜けた人型ディザイアーの巨手きょしゅが一台のひしゃげた観光バスを掴み上げた。


 その観光バスの中には、大小だいしょう十数人の人影がまだ閉じ込められているのが見える。


「ッッッ!!!」





 その時


「アキ――――――――
















         な


         に


         を


         し


         て


         い


         る


         き


         さ


         ま


         ぁ


         !


         !


         !








 むらさき色の咆哮ほうこうが、





 足元のビルの上部を微塵みじんに踏み抜いた。





「―——―――!? ルナちゃ―――」


 くずれゆく足場に体をちゅうに投げ出され、飛び出した少女へ咄嗟とっさに手を向けることしか出来なかった。



 そのひとみと同じ紫色の少女は、名古屋なごや市のコンクリートジャングルをすさまじい速さで走り抜けていく。

 立ち並ぶビルの屋上を次々に踏み砕いて。



 とにかくどうにかしようと外へ向けた手の反対、右手に偶然ぐうぜん掴んだリサ先輩の手首を引き寄せ、左手に杖を出して下へ向けて魔力を噴射ふんしゃする。


小娘こむすめ、右だ!」


 頭の上から聞こえた渋声の通りに、杖の先を少し左に向けて推力を右にかたむける。


 崩れていく瓦礫がれきから飛び抜け、さっきまで立っていたビルより数階分ひくい隣のビルの屋上におどり出た。

 あたしとリサ先輩はその屋上をゴロゴロと転がった後、慣性を利用して身を起こす。


「っ、ルナちゃん!!」


 リサ先輩の手首を離し、飛び移ったビルの屋上のフェンスに走り寄る。



「あああああああああああああ!!!」



 を離した数秒の内に、紫色の少女は人型ディザイアーのふところへ潜ろうとしていた。


 迫り来る狂気きょうき雄叫おたけびに気付いたディザイアーは、何も持っていない方のこぶしでルナちゃんをむかえ撃とうとする。

 が、黒い怪物の反応速度よりも早く、紫紺しこんこぶしは観光バスを掴み上げていたもう片方の黒腕を穿うがち抜いた。


「す、すごい。人型のディザイアーは、もろい個体でもこのあいだのディザイアー並みにかたいとされているのに………」


 いつの間にかあたしの隣に来ていたリサ先輩が、そう呟く。


 人型ディザイアーの腕を打ち抜いたルナちゃんは、着地した先のビルの壁を蹴り壊し、紫色の衣装をひるがえしてつばめのように、またもその影へ殴り掛かる。

 しかし今度は人型ディザイアーもしっかりと反応し、無事な方の腕でむらさき色の少女は叩き落されてしまう。


 打ち落とされたルナちゃんは、真下のビルにたての大穴を空けるが、すぐに階下のガラスを打ち破りその身をあらわした。


 そして、なおも怪物にいどみかかる。


 まるでおのれの身の事など頭に無いかのように。



「行かなきゃ…………!」



 あたしはフェンスを飛び越えて、むらさき色に狂い舞う少女の元へと無我むが夢中むちゅうで走り出した。


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