32 ~黄銀の少女~ OUGIN



 ズル、ズル、と、大穴おおあなを空けられた黒い右腕から、じゅう数人の乗員乗客を残した観光バスが解放されようとしている。


 だが、楽観視らっかんしはできない。


 全長が周りのビルより抜き出ている人型のディザイアーは、その手にバスをちから無く持ち上げるだけでもゆうに五十メートル以上はあるのがうかがえる。


 まずはこっちを何とかしなきゃ。


 ルナちゃんは変わらずくろい影とはげしい打ち合いをり広げている。


 その様子は、完全にわれを忘れているようだ。

 人型ディザイアーの攻撃に食らいつき、徐々じょじょにヒット&アウェイの形に持ち込んでいるルナちゃんだが、その動きは少しづつ緩慢かんまんになってきている。

 ただでさえ少ない魔力の体にむちを打って無茶をしているんだ。

 まず間違いなく、わずかすらも余裕はない。


 ルナちゃんがくだき通って行った隣の、ビルの屋上をつたって巨大な人影の元へ急ぐ。


 その時、ルナちゃんが暴れだして距離を置いた、元々人型ひとがたディザイアーの対処に当たっていたのであろう、ピンク色を基色とした西欧風ドレスのようなファイティングドレス 衣装 そでを通した銀髪ぎんぱつの魔法少女が、甲高い声で行く先のアミューズメント施設の屋上に立ちはだかった。


「お~ほっほっほっほっほっほっほ。お久しぶりですわねトモナさん。ここで会ったが百年目。どちらが先にあの怪物めに一泡ひとあわ吹かせられるか、勝負ですわよ!!」

「ごめん今ちょっと無理! 急いでるからまたあとでね、ヒサキさん!」

「ごめんねー」


 お団子の下に結ばれたフィッシュテールを過ぎ去る色と山吹やまぶき色の風で左右に棚引たなびかさせ、銀髪ぎんぱつの少女を後にする。


「リサ先輩!?」

「アンタ達をっとけるわけないでしょ」

「ちょっと! 初登場だというのにあつかいがひどざつぎませんこと―――!?」


 後ろから聞こえてくる通りの良い声を背に、ビル群の上を走るあたしに追い並んできたのはリサ先輩だった。

 足を共にする彼女はう。


「で、あのおじょーサマはだれ?」

「えーっと、確か久我コガ妃咲姫ヒサキさん………だったかな。前に岐阜ぎふに出たディザイアーの応援に行った時に、あたしの魔力の多さに目を付けられて………。それから何かとあたしと張り合おうとしてくる子なんだ」


 全面ガラス張りのビルのはしに足を掛け、一息に飛び越える。


 人型ディザイアーはもう目の前で、丁度ちょうどルナちゃんとその巨大な人影がこぶし一合いちごう打ち合ったところだった。


「アンタも色々と大変ねー」


 はっせられた衝撃波から身を守りながら、リサ先輩は他人事たにんごとのようにそう漏らす。

 事実じじつ他人事なのだが、どうも釈然しゃくぜんとしないのはなんでだろうか。


 そして、その衝撃の余波よはにより、ついにひしゃげた観光バスは巨影の呪縛じゅばくから放り出されてしまう。


「———ッ!」


 一気に魔力をり上げ、杖に込める。


 飛び越えたビルのガラス壁をり、重力に引かれ落ちる観光バスへ手と杖を伸ばす。


「せぇええええええええい!」


 モーターによる重心のせいか、バスの後部が先に下へ傾き、見るに地面と接触しようとする。


 あたしには、魔力でバスを掴むという難しいことなんて出来ない。


 だから。

 瓦礫がれき陥没かんぼつ隆起りゅうきしたアスファルトへ向けて、魔力のかたまりき出す。


 弾むゴム玉のイメージ。


 その魔力で観光バスを受け止める。そしていきく間もなく、やわらかい、マシュマロのようなイメージへ変換する。

 魔力の反発で跳ね返されそうになった大型バスは、包み込むような弾力に導かれ、その落下エネルギーを徐々に打ち消していった。

 あたしもそれに便乗して、魔力の塊に落ち行くを預ける。


 周りに居た魔法少女達がそれに気付いて、あたしからバスを引き継いでゆっくりと下ろしていく。

 中に閉じ込められていた人達も、全員、無事とは言いがたくも命に問題はなさそうだった。


 それに一安心ひとあんしんし、魔力塊を解除してすぐに飛び上がる。

 頭上ではまだむらさき色に叫ぶルナちゃんが文字通り身を削って戦っているのだ。


 多数の衝撃波を放つたびに、くろ色の欠片かけらあか血飛沫ちしぶきき散らされる。双方、量は取るに足らないものだが、魔法少女とディザイアーで大きく違う点が、明暗めいあん顕著けんちょに分けていく。

 黒い化け物は欠けたそばから回復し、紫にくるう少女は微々びびたるダメージをも蓄積ちくせきする。おまけにルナちゃんは他の魔法少女よりも劣ってしまう部分を酷使こくしし続けているのだ。

 限界は、とうに過ぎている。


 それでもなお、二つのこぶしは振り上げられる。


「『白銀しろがね鋭刃えいじんは山吹の光! 照らすは軌跡きせき! 打ち払え!』白銀しろがね一閃いっせん山吹やまぶきまい!!」


 せまり行く大小の拳のあいだに、黄銀おうぎん疾風しっぷうが割り込んだ。


「く………っっ!!」


 その山吹やまぶき花弁はなびらは黒い影の巨腕と僅かにせめぎ合うと、背中から飛び込んでくる野良の少女を足で器用に受け流し、め込まれたパンチのエネルギーに身のたけ程の大剣と一緒に吹き飛ばされた。


「リサ先輩!!」


 山吹やまぶき色の魔法少女に蹴り渡されたルナちゃんを受け止め、すでに崩落しているビルの瓦礫がれきへ打ち込まれた先輩の名前を叫ぶ。

 しかしリサ先輩は埋まり込んだ瓦礫を蹴飛けとばし、すぐに軽口を返してきた。


「なめんな。私がこんなのをもろに食らうワケないでしょ。まったく、勝手に突っ走るなっていつも言ってるでしょうに」


 その身にかぶさる瓦礫の山を押し退け、山吹色の少女は剣をたずさえて立ち上がる。

 首や肩を回すその姿に、全然ダメージを受けた様子はない。

 恐らく、受け止めた人型ディザイアーの攻撃を利用して崩れたビルにっ込んで、瓦礫をクッション代わりにしていきおいを殺したのだろう。相変わらずの反射神経だ。


 リサ先輩は右手の剣を背中に構えると、あたしに向かって声をる。


「そいつ持って早く離脱りだつしなさい。あれだけ暴れたら普通の魔法少女でも大体はまいるわよ。もう少ししたら、リニア組も到着するでしょうからその辺りにでも戻ってくれれば大丈夫よ」


 それから、リサ先輩はディザイアーに牽制けんせいしながら、他の魔法少女まほうしょうじょ達の救助活動へと走って行った。

 そしてそのタイミングで、あたしの胸の中に飛び込んだ時に気を失っていた群青ぐんじょう色の少女がうめき声を上げる。


「ん……………ぅ。ト、モナ?」

「ルナちゃん! 良かった。今ちょっとここから離れるから」


 言うやルナちゃんをキャッチした際に着地したビルの非常階段のコンクリートさくを飛び出した。


「ま……って。もう―――」


 ぼそぼそとつぶやそら色の少女をかかえ、立ち並ぶビルの隙間すきまを、壁を蹴ってい走る。


 依然いぜん猛威を振るう人型ディザイアーから離れ、魔法少女や自衛隊の人達が張った防衛線ぼうえいせんを抜けて最前警戒区域を出た。

 JR線を越え、千種せんしゅ公園と書かれたお花畑の素敵な公園に降り立つ。

 午後ごごの陽気が降り注ぐそこは、少し西へ行くだけで死地しちとなる状況とは思えないくらいに、んだ場所だった。


 非常避難命令で一切人気ひとけを感じられない公園の遊歩道のかたわらに腰を下ろして、抱えていた薄白はくびゃくの魔法少女を腕に残したまま降ろす。


「ここまで来ればひとまず安全かな。ルナちゃん、だいじょ――」


 だけど、

 跳んできた後ろの様子をうかがいながら目線を落としたあたしの腕の中で体を預ける少女は、呼んだそのの少女とは別人だった。



………ちゃん??」

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