33 ~面影の少女~ OMOKAGE

 戦場と化した名古屋市の中心から離れ、魔力を使い果たしたであろう野良の魔法少女・ルナちゃんを抱えて、千種せんしゅ公園へ降り立つ。

 しかし、跳んできた後ろの様子をうかがいながら目線を落としたあたしの腕の中で体を預ける少女は、さっきまで狂気を振り撒き戦っていた薄白はくびゃくの魔法少女とは全くの別人だった。


………ちゃん??」


 いな


 前に呼んだ魔法まほう少女も、後に呼んだ後輩こうはい少女も、どちらも目の前に居る、見惚みとれる程に綺麗なしろい肌とくろい長髪をまとい、現実げんじつばなれしたむらさき色のひとみすらも魅力に変える将来は美人さんになりそうな可愛らしい顔立ちの、あたしより二回りほど小柄な少女だった。


 ただ一つ違うとすれば、その双眸そうぼうは二つとも同じ色の紫だというところくらいか。


 だが、力無くあたしの腕に横たわる少女は、まぎれもない、お昼前にお見舞みまいに行った後輩の女の子だ。ルナちゃんは、深輝みきちゃんだったということか?

 いや、深輝みきちゃんがルナちゃん? 


 頭がぐるぐると単純たんじゅん難解なんかいな命題にとらわれそうになったところで、その少女はもぞりと体をらし、浅い吐息といきに紛らせてあたしの名前を口から漏らす。


「………トモ……ナ?」

「っっ深輝みきちゃん!」

「———!!」


 あたしの呼び掛けにするどく反応しようとした白い衣装の少女は、しかしわずかに身じろぐことしかできず、弱々よわよわしく自身の身体からだに手を当てるだけに留まった。


「………良かった、認識にんしき阻害そがいの方は、やはり無理だったようだけど、なんとか変身を維持できはしたみたいね」

「……………深輝みきちゃん、なの?」

「違うわ」


 目の前の薄白の少女は、ピシャリと言い放つ。

 はかない声量でも、一瞬、息がまる勢いだった。


「この顔は、体は確かにあの子のものではあるけれど、違う。私はルナ、あなたの言う東京とうきょう深輝みきとは、別人よ」

「そ、そうなんだ……」


 ルナちゃんの言うことは、正直全ては分からなかった。

 でもルナちゃんの言う通り抱きかかえるこの女の子が、深輝みきちゃんだとは思いきれない。


 事実、ルナちゃんは深輝みきちゃんとうり二つではあるけれど、目の色が少し違う。


 魔法少女として変身すれば、身体的特徴に変化が起きる子は普通に多い。あたしもそうだ。

 だけど、ルナちゃんのそれは何故なぜかそれだけのようには思えなかった。

 どこか、雰囲気が似ているようで違うのだ。


 あたしにははっきりとそれがどこかとまでは分からない。

 でも、それでもいいとも感じる。


「……うん。ルナちゃんはルナちゃんだもんね」

「トモ、ナ………———! そうだ、アキラは!」

「えっ!?」


 そこで薄白の魔法少女は、今まで忘れていたことを不意ふいに思い出し、あたしに掴み掛かった。


 あたしは弱った身体を無理に起こそうとするルナちゃんの肩を優しく押さえ、ルナちゃんが飛び出した時の記憶を手繰たぐり寄せる。


「えっと………。人型ディザイアーが襲った、観光かんこうバスの事かな? それなら大丈夫だよ。なかの子供達や運転手さん達も無事だったよ。一緒に乗ってた先生が守ってくれてたみたいで、みんな多少怪我けがはしたみたいだけど大したことはなさそうだった」

「………………そう。………そっか、良かった」


 ルナちゃんはあたしの服を掴んでいた一見華奢きゃしゃそうな白い手を離し、安堵あんどの息を漏らして自身の胸にそれを置いた。


 ルナちゃんにとって、「アキラ」という子がどういった関係の子なのかは分からないけど、多分、守りたいモノの、一つなんだろう。

 だから、あんなに取り乱し、そして、こんなにも安心しているのだ。


 出会ってからけっして長いとは言えない時間を一緒に過ぎしてきたが、それでも数々のルナちゃんの顔を見てきたと思う。

 だけど、うでの中の少女は、今までで一番優しい表情を浮かべていた。


 けれどそれはつかで、すぐにいつもの大人のような落ち着いたものへ戻る。


「……ありがとう。もう、一人で立てるわ」

「え、もう? あんなに激しく戦ってたのに」

「大丈夫よ。感情がたかまっている時は、何故なぜか魔力の消費は常時じょうじの程ではないの。無意識にコントロールが洗練せんれんにされているのかしらね。もうじき認識阻害魔法も再展開さいてんかいできるようになる」


 言いながら、野良のらの少女はよろよろとあたしから離れ、力強く地面を踏みしめて見せる。


「あなたはもう戻りなさい。私は大丈夫だから。あなたが向こうへ着く頃には、私の魔力もおおよそ元に戻っているわ。総量が少ないから、魔力の回復速度には自信があるのよ」

「ルナちゃん………」

「後でかならず、追い付くわ。行きなさい」

「っ! うん!」


 まだかすかに揺れる身体から、有無うむを言わせぬ意思いしを吐き出すルナちゃん。


 そんな彼女に突き動かされるように、あたしもすっくと立ち上がった。

 頭の上から、しぶい声が語り掛ける。


「ふん。小娘こむすめなどよりは余程気丈きじょうむすめだな」

「テリヤキぃ? 流石さすがあたしももう限界なんだけど、頭につめ立てるの止めてくれないかな。すっっごく痛いんだけど………」


 後から聞いた話では、この時テリヤキはキョトンとした顔をしていたらしい。


 何を隠そう、この大柄な魔法猫は、ルナちゃんが蹴り崩したビルから脱出した時から、ずっとあたしの頭に爪を立てて張り付き続けているのだ。

 器用に箱座はこずわりしているように見えるが、そのじつしっかりとあたしの頭皮を食い込ませている。


 魔力体と言えど、実体に干渉できる以上、痛いものは痛い。


「ああ。忘れておった。いやすまぬ。他意たいはない」


 そう言って、悪びれた様子も掴めぬまま契約魔法精霊獣はあたしの体の中へ潜っていった。

 若干軽くなった頭をおさえるあたしに、ルナちゃんは珍しくおそる恐ると話し掛ける。


「…………私も少しは気になっていたのだけれど、大丈夫かしら?」

「うん。ありがとう。ルナちゃん程じゃないから心配しなくてもいいよ」


 涙目なみだめで答える。

 ルナちゃんも、人型ディザイアーとの殴り合いで、体中からだじゅう傷だらけだった。


「……ふっ」

「……ぷっ」


 を置いて、二人同時どうじき出した。


「ふふ」

「あはは」

「………その様子なら大丈夫そうね」

「うん」


 はじめて、ルナちゃんの顔を見た気がする。


 それだけで、なんだか体中に力が湧き出してくる気がした。

 けれどすぐにまたいつもの顔に戻ってしまう。

 少し残念だ。


 そんな彼女に、声を掛ける。


「あんまり無理しちゃダメだよ」

「………ええ。まだ脅威きょういは去っていない。私は守るものがある以上、引くという選択肢はないわ。だから、あなたの方こそ私が戻るまで無茶しないように」

「分かってるよもー。じゃ、待ってるね」


 言って、スカートのすそひるがえす。

 ちらっとルナちゃんの顔を盗み見ながら、あたしはお花畑の公園を跳び立った。













 名残惜なごりおしそうな顔だけを残して、国家こっか魔法少女まほうしょうじょは跳び去っていった。


「無茶しないように、か」


 私もほだされたものだ。


 何故なぜか、私もあの子も、あの少女と共にいると感情に歯止はどめがかなくなる。

 さかな型ディザイアーと戦った時も、今も、大切なものを守るために使える手段を利用した、するだけ。それなのに、あの陽気ようきな言動に調子を狂わされる。


「はぁ………虫唾むしずが走るわね――――」


 閑散かんさんとした自然公園に、嫌悪と嘲笑ちょうしょうのため息が静かに響いた。



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