29 ~肝姉の少女~ KANSHI




「ところで、私達はいったいどこへ向かっているのかしら」


 練馬ねりま区の東にある中学校を出てあたし達は、国道254号線は春日かすが通りに沿って南下していた。


「えっと、上野うえの公園こうえんだよ」


 第二種非常避難命令が出されてほとんどど乗り捨てられた車を横目よこめに、走りながら答える。

 池袋いけぶくろえ、文京ぶんきょう区に入って少しした辺りでルナちゃんは疑問を投げけてきた。


 そういえばどこを目指しているのか言ってなかったっけか。と考え口に出す前に、背中から先に質問が返ってくる。


「私達は愛知あいち県の名古屋なごや市に行こうとしていたのだと思うのだけれど、どうしてまた上野うえのへ? リニアに乗るのに新品川しんしながわへ向かうと言うのならまだ分かるのだけれど」


 あたしの背中に負ぶさる形で随行ずいこうするルナちゃんへ顔だけ振り返る。


 懐疑的かいぎてきな色を顔ににじませるルナちゃんは、落ちないようにしっかりとあたしの体の前へ腕を回しながらも、振り向くあたしの顔から距離を置く。


「えーっと、他のみんなは確かにそっちに行くんだけど………」


 説明しようと頭を回すが走りながらだと考えがまとまらず、最終的にあきらめる。


「まぁもうすぐでくし、着いてからのお楽しみってことで………」

「はぁ……。すぐに言葉にできないのならそれでかまわないわ。結局のところあなたを頼ったうえ、こんななさけない姿をさらしている私がとやかく言うつもりもないから」

「それは仕方ないよ!」


 街路樹や看板などにぶつからないよう前を向きながら、後ろに言葉を投げ掛ける。


「だってルナちゃんは変身してからすぐにあたしの所まで来たんでしょ? ルナちゃん魔力すくないんだったら、今向かってるとこまで走るだけで力尽きてあっち行ったときに戦えないじゃない。あたしは体力だけはあるから、ふんぞりかえって背中に乗ってていいんだよ!」

「………………そう」

「わああぁぁあ! ホントにり返っちゃダメぇえ!!」


 重心を後ろにかたむけたルナちゃんに引っ張られ、腰が落ちてあやうくこけそうになる。


 軽く自動車なみみの速さで走っているものだから、体勢を崩して転べばひとたまりもないことになる。

 からだは魔力で頑丈がんじょうになっているから怪我けがをしてもきず程度にしかならないだろうが、精神的にも心臓にも悪い。

 かたらずとも想像がつくものだ。


 ルナちゃんの意外なお茶目ちゃめに振り回されながらも、順調に後楽園こうらくえんのコンビニ街を通り過ぎ、上野の恩賜おんし公園に着く。





「ようやく来たかトモナ。もうリサのヤツは先に行ったぞ」

「はぁ、はぁ。ちょっと、いろいろあって。待たせちゃってごめんなさい、檸衣奈れいなさん」


 若干じゃっかん息を切らして辿たどり着いた、上野公園の美術館横の大通り広場に立つレモン色の魔法少女は、あたしの姿を見付けると気だるげにそう言った。


 同じレモン色の二つのこんを器用に地面に突き立て、くつろぐようにもたれ掛かっていた彼女は、ひらひらと手をって身を起こす。


「そんなあせることはねえよ。愛美あみのヤツもまだ来てないからな」

愛美あみちゃんは山形やまがたからここまで走ってだもん、まだ着いてなくて当たり前だよ」

「アミ……それにリサって、この間あなたが言っていた………?」


 あたし檸衣奈れいなさんが口にした名前に、ルナちゃんは耳聡みみざとく反応する。


 地面から双棍そうこんを引き抜いた檸衣奈れいなさんは、あたしの背中から降りて問い掛けるルナちゃんに気付いてあごに手をる。


「ん? 誰だ、お前は………いや、確かこの間のさかなヤロウの時の………?」

「あなたのほうは、先週の威勢いせいは良いこん使いの魔法少女ね。私はあなた達、くにいぬとは違うよ」

「はっはっは、どうやら魔法少女ってのは喧嘩けんかを売るのが得意らしいな」

「あら、そのつもりはなかったのだけれど、あなたの方こそ、いさかいを買って出るのが好きなようね」

「はいはい喧嘩はそこまでだよー、二人とも。っていうか檸衣奈れいなさん、喧嘩はそんなに好きじゃないでしょ」


 珍しく喧嘩けんかごし檸衣奈れいなさんをおさえて、ルナちゃんを少し遠ざける。

 まるで犬と猫のような雰囲気をかもし出す二人をなんとかなだめて場を取り持つ。


 レモン色の魔法少女、檸衣奈れいなさんは普段のぶっきらぼうな言動とは裏腹に、周りの魔法少女達のなかを取り持つなどの大人びた姿を多く見せる姉御あねごはだな人だ。

 そんな人が初対面———先週少しだけ一緒に戦っていたけど―――の魔法少女を相手に挑発的ちょうはつてきな態度を取るのは少し変だ。

 いったいどうしたのだろうか。


「あの、レイ―――」

「ふっ。あっはっはっは。フリーの魔法少女が久々ひさびさ現れた出たって聞いてたが、なかなかほねのありそうなヤツじゃねえか。そんだけきもが座ってりゃあ、問題えな」

「はい……?」

「え………?」


 けたけたと笑うレモン色の魔法少女は、二振りのこんを器用に回してまた地面に突き刺した。

 クロスさせたこんおおかぶさり、嬉しそうにあたし達を、ルナちゃんを見定める。


「いやなに。古い魔法少女達の中には、フリー……野良ノラの魔法少女に対して過敏かびんに反応するヤツが多いからな。まぁ魔法少女にも色々と事情や心持こころもちがあるんだけど、あんたなら大丈夫そうだよ」

「……………」

「え? え………?」


 何がなんだか分からず、オロオロとするしかなかった。


 檸衣奈れいなさん曰く、過去にフリーの魔法少女と国家魔法少女とでいざこざがあったらしく、フリーの魔法少女に対して神経質になる人達が少なからず居るんだとか。


 そしてルナちゃんの事は、東京 暗転 ブラックアウト事変と市川いちかわ市の近藤さんのけんで少しだけ知れ渡っているのだという。


「あんたの事は近藤のヤツから聞いてるよ。野良ノラ、でいいんだっけか」

「………ええ」

「アタシはレイナだ。アタシはあんたの事、信用してるよ。また会いたかった。魚ヤロウの時も世話せわになったしな。まさかトモナと一緒にここへ来るとは思ってなかったけど」

「ここへ………」


 どこか落ち着かない様子だったルナちゃんは、そこで思い出したように切り出した。


「そういえば、先程さきほどリサやアミという魔法少女の事を口にしていたけれど、トモナがここへ来たのは一昨日おとといの、限定的……マギアールズと関係があるのかしら?」

「なんだ、はなさないでここに連れてきたのか、トモナ」

「あ……う、うん。なんかタイミング掴めなくて………」


 ルナちゃんの質問に、檸衣奈れいなさんはジト目であたしを見つめる。


 それからのがれるようにあたしは目をおよがす。


「はぁ。アタシは準備をするから、あんたはそれまでに軽く説明しときな」


 言って、檸衣奈れいなさんは肩を回してこんをもう一度引き抜く。


 それを見てあたしは慌ててルナちゃんに振り向くと、さっきの数学の授業の時よりも必死に頭を回して情報の伝達でんたつこころみる。


「え、えっと、ルナちゃん。あたしやリサ先輩達三人は、遠くに走って行くってこのあいだ話したけど、今回みたいにちょっとっ遠いトキは―――」

「いくぞ!」

「ごめんルナちゃん黙ってあたしに掴まって――――――!」

「えっ? ちょ――」


 返事を聞かずに、顔を引きらせたような白色の少女をがむしゃらに抱き上げる。

 そのそばには、大太鼓を叩くかのように二振りのこんを振りかざした阿修羅あしゅらごと形相わらいのレモン色の魔法少女が。


「——ッ! まさか――――――――――」


 ルナちゃんを抱えてその場でジャンプしたあたしの両足を、先日の大型ディザイアーに突き飛ばされた時以上いじょうの衝撃が打ちつらぬく。


ドッゴン!!!




                  「い


                  や


                 あ


                あ


               あ


              あ


             あ

            あ

          あ

       あ

   ぁ

!!!」



 

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