9 ~薄白の少女~ HAKUBYAKU

 


小娘こむすめ! 気をしっかりたもて小娘! 崩れるぞ!」

「壁が崩れる! 全員すぐに離れろ!! 早く!!」


 パートナーの渋声しぶごえと、周りに空いた穴の中、建物から聞こえるしたしんだハスキーボイスに意識を引き戻された。


「……あ゙……がふっ」


 がらがらと音を立てて壁が、天井が、あたしを巻き込んで崩れていく。

 建物の中から様々な悲鳴が聞こえてくる。


「きゃあぁあああ!」

「うあわぁぁ!」


 男女の叫び声と崩壊音が混ざり合い阿鼻叫喚あびきょうかんと化した中、感覚のほとんどない体を無理矢理に動かして瓦礫に埋めれるのをなんとか避ける。


 生物と無機物による騒ぎが収まり、一時の静けさが辺りを包み込む。


 しん……、と耳鳴りでも聞こえそうな空気のいたる所で、パラパラと破片がこぼれ落ちていく音が鼓膜こまくわずかに振動させる。


「……」

「ん……けほっ、こほ」


 建物に打ち付けられて、瓦礫がれきまれ、体のそこかしこに激痛が走りわたる。

 魔法少女の肉体は基本的に生身の体だけど、変身の時に魔力まりょくが体中にたされる。そのおかげで、生き物としては異常なまでに頑丈な耐久力を持つことが出来る。……らしい。


 気合で痛む体に力をめると、皮肉にも飛ばされた衝撃で気つけられたのか、なんとか立ち上がるだけの魔力が湧き上がった。


 そこで初めて、自分がどこまで飛ばされたのか辺りを振り返る。


「ん……えほっ。ここ、は…………体育館たいいくかん?」


 見覚えのある体育館の中で、また静かになったパートナーの代わりにあたしの名前を呼ぶ女の子の声が耳を打つ。


灯成ともな!?」

「……こまり……ちゃん?」


 人だかりをき分けて顔を出したその少女は、とてもよく見知った人物だった。

 そしてその横に、おでこを薄くあかめらせて生徒達をかばうように立ち構えるのは、同じく見知った女性科学教師だった。


叶恵かなえ、先……生」


 なんということか、あたしが大型ディザイアーに飛ばされた先は、自分の通う練馬区の外れにある中学校だったのだ。


 振り出しに戻るとは正にこのことか。

 親しい人たちに不意に会えて気が緩み、ズレた思考が巡る頭だったが、周りや足元に転がる瓦礫がすぐにどうしようもない現実を思い出させる。


「っ! そう―――       ———だ」


 自分の吹き飛ばされてきた先。大きく空いた壁の外に顔を戻したそこには、もうスピードで空を飛んでくるカエル魚の姿があった。


 ダメだ。避けてるもない。

 そうじゃない。それ以前に、あれが向かってくるのは。


「ディザイアーが来る! みんな逃げて!!!」


 間に合わない。

 頭でそれが分かっていても、咄嗟とっさにそんな言葉が口をついて出ていた。


 諸々もろもろの出来事の中で失くしていた色の杖をなけなしの魔力で作り出し、大海たいかいに小石を落とすような行為だと、考えるまでもなく理解して化け物を正面に向かい合う。


 に満ちる動揺を背に、震えるあし木貼きばりの床を踏み締める。


みんなは、あた……しが――!」


 直後、南向きの壁と天井を半壊させた体育館を、とてつもない衝撃波が襲う。


 ビリビリと大気が鳴りひびく空間の中、そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 しろい。純白じゅんぱくのドレスを身にまとった少女は、体育館に面したグラウンドに曲線が綺麗に見えるあしをしっかりと立たせ、ドレスと同じき通った白のアームカバーをたずさえた両のほそ腕はこの体育館と遜色そんしょくない大きさの影の巨体を空中に留めていた。


 白い少女に受け止められてもなお、膨大なエネルギーを振り撒く大型ディザイアーは学校や近隣住宅街に衝撃波をしばし放ち続けた。

 ぶつかり合う剛力ごうりき同士が薄白はくびゃくの少女からグラウンドに伝わり、小さな地割じわれを起こす。

 そこで、


「—————————、ふんっッッ!!」


 一息の気合と共に魚ガエル型の大型ディザイアーを突き返した。


 真っ黒な影の巨体はヒレをバタつかせるも、学校を囲うフェンスと道路をえた民家を押しつぶして横倒しにその身を沈める。


「………ふぅーふう。……………はぁ、は、はぁは、はぁは―――」

「……あな、たは」


 大型ディザイアーを投げ飛ばしたその少女は、つくろう余裕もない様子で息をあらげて、ちら、とこちらを見る。


 そこではっきりと記憶が繋がった。

 間違いない。


「昨日の……、それに栃木とちぎ県の時のも」


 過去二度の襲来ともその基調きちょうとなる色は違えど、すそが放射状になったそでのない着物のようなトップにひじの上から手首までをおおったアームカバー、ハイソックスと一体化したようなパンプスのそれらは、しっかりと脳裏に焼き付いていた。


 そこへ、あたしから離れたところに落ちたのであろう、満身まんしん創痍そういに近い格好のリサ先輩が瓦礫の隙間から駆けつけてきた。


「トモナっ。大丈夫!? 今ディザイアーが……って、アンタは……!」

「はぁ……はぁ——―。……まったく、情けない。くにいぬの魔法少女共が集まっておきながら、そろいも揃って同じけもの一匹にここまでおくれを取るなんて」


 リサ先輩は純白じゅんぱくの少女の存在に気付くと、まるでかたきの相手でも見つけたかのように上がりきらない片腕で剣を構える。


 そんなリサ先輩には目もくれず、の魔法少女は白い衣装にえる腰まで伸びた綺麗きれいな黒髪をひるがえして、あたしに向けていたその視線を大型ディザイアーに戻した。


「ふん……。これ程までの個体はそういないでしょうし、倒しきれないのもうなずけるけれども、倒せないなら倒せないなりに、自身の特性を生かして足止めするなり被害を抑えるなり、それくらいならできるでしょうに。……これだから国に飼い慣らされたいぬ畜生には反吐へどが出るわ」

「そ、そんな―――」

「そんなことはない! みんな必死だった。少なくとも後からおくれてやってきたアンタが文句ばかり言ってどうこう出来る程の奴じゃない!」

「はぁ……負け犬がキャンキャンわめかないでくれるかしら、耳障みみざわりだわ。私は別に遊んでいたわけじゃない。それにあれが命をしてやっと活路かつろが見えるかどうかの相手だってことくらい、今のぶつかり合いで十分理解できるわよ」


 彼女の極言きょくげんにリサ先輩がみ付くけれど、にもかいしていないといったようにディザイアーを見つめたまま野良の少女は更に悪態あくたいき捨てる。

 その視線の先、民家をすり潰して起き上がったディザイアーが「クルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクル……」、と妙な音を立てていた。


 それを見て、野良の少女は俊敏しゅんびんに身構える。


 あたしられて先を落としていた杖を構え直し、リサ先輩も状況を思い直したのかの向きを大型ディザイアーの方へ移す。


 するとすぐに野良の少女は、あたしには後ろからかすかにしか見えない横顔でも分かるくらいに目を見開いた。


「馬鹿な……! あれはどう見ても魚類系のディザイアーのはず………。あれは、いかり……? 感情を………明確に、発露はつろさせているというの……?」

「———? いったいどうしたって――」


 その時、リサ先輩が疑問を口に出し切る間もなく事は起こった。


 魚ガエル型の大型ディザイアーが一際ひときわ大きく「クルルルァァァアアアアアァアアアア―――!!!」、と雄叫おたけびを上げ道路に巨体を打ちえたかと思った瞬間、深黒しんこくの暗闇に包まれた。








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