8 ~飛激の少女~ HIGEKI



 やや狭苦せまくるしい校舎から飛び出て、人気ひとけのない校舎裏の園芸場えんげいじょうから非常階段の外縁をつたって教室棟の上におどり出る。


 そこにある屋上スペースには、やっぱり誰もない。


 辺りを見回すと北の方に、関東には異色な、平地に一つだけポッコリと顔を出す小高こだかい山が見える。

 朝とお昼と夕方に風を生みだすそれは、昔、ディザイアーと戦っていた魔法少女が大暴れしてつくったものだという。


 それにより、東京北部とその近辺の大幅な区画整理が余儀よぎなくされたらしい。


 その時のディザイアーは、日本史上でも記録的な強さと大きさの超大型ディザイアーだったと、二年生の地理の時間に習った気がする。あれ? 日本史の授業だったかな? 経済……ではなかったハズ。


 ひかりやま——―山になる前の地形からそう名付けられた―――から視線を外して反対側、もう一つの小さな黒い山が、環状七号線はしん青梅おうめかいどうを越えた辺りに鎮座ちんざしている。


 ただ、その山は鎮座していると言う表現が一ミリも当てはまらないような俊敏しゅんびんさでとびねていた。


 カエルかアンコウのようなずんぐりとした図体に、魚のようなヒレで地面をはたき、飛び出したようなするどきばと目で周りを取り囲む魔法少女達にかまうことなく突き進む巨影きょえいは、間違いなくディザイアーだ。


「な、なにアレ……。あんなおっきいの見たこともない………」

「現実をあるがままに受け入れろ。ほうけている余裕よゆうが貴様にあると? 小娘こむすめ

「っ! 分かってる!」


 テリヤキの遠回しな叱咤しったに足を動かされ、助走をつけるのももどかしく、転落防止用フェンスをみ台にして屋上から大きく跳躍する。

 ささやかな大きさのグラウンドを飛び越え、西にかたむいた太陽の光に逆らうような黒い巨体の化け物目掛めがけて、家やビルの森の上をひた走る。


 離れた学校の屋上から見えただけでも、十人以上の魔法少女が集まっていた。

 それなのに、あの大型ディザイアーは警報が出てから数十分でこんな内陸まで上がってきている。多少は足止めできているみたいだけど、それでもはやぎる。

 でも。

 関東は日本でも指折りのディザイアー出現スポットだ。

 そんな関東やその周辺を守る実力者じつりょくしゃぞろいの魔法少女達でも足止めしかできてない。

 それだけ頑丈がんじょうなんだ。


 たった一つの魔法も使えないあたしが行って、何ができるんだろうか。

 色んな路線が乗り入れる練馬ねりま駅の駅舎の屋根を蹴って練馬ねりま警察署けいさつしょの上に飛びうつる。


 もう正面には、環七カンナナ沿いの建物を押しのけ本能のままに跳ね行く大型ディザイアーの姿があった。


 あたしは右手に握る杖を更に強く握り締め、笑う。



『アンタはここらじゃまれにしか見ない、えげつない量の魔力まりょくを持ってるじゃない。魔力をただちから任せにぶつけるだけでディザイアーのコアを壊せるのなんてアンタだけのもんよ』



 お昼休み、リサ先輩に貰った自信が胸を高鳴たかならせる。

 その高鳴りにうながされるように魔力を込め、握りしめた杖が強く光をまとっていく。


 そうだ。

 私は、魔法少女になったばかりの半年前とは、違う。たとえ未だに魔法が使えなくても。


あたしは、ただあたしができることをやり抜くだけ」


 自分に出来ないことをアレコレ考える必要はない。


 みんなが攻めきれていないなら、あたしが押し通せばいい。

 魔法が使えなくても、いや、魔法が使えないのなら、魔法がまったく効かない相手だろうがなんだろうが関係ない。


「理解しているのなら、特には何も言わん。だが、魔力とは己の気力も源とする。いくら貴様のそれが膨大と言えど、気落ちすれば、はっる魔力も無くなるぞ」


 頭に乗っていたテリヤキが、渋声を鳴らして前足であたしの鼻の頭を押さえる。


「わ、分かってるよ! ていうかテリヤキが余計なこと言うから、せっかくの気合が紛れちゃうじゃん!」

「なんだと小娘! 先達せんだつの小娘共に手ほどきを受けておらねば些末さまつな戦場にも出られなんだボンクラ魔法使いが! いや、魔法をただの一つも使えぬ貴様なぞ魔法使いとも呼べんわ!」

「なにおう!? テリヤキこそハチョーが合う女の子が他に居ないって半べそかいてたんじゃん」

「だっ……! 誰がそんな情けないつらを貴様に見せた! 事実の捏造ねつぞう大概たいがいにしろ! くだらぬことをぬかしておる余裕があるならさっさと足を動かさんか!」

「言われなくてもやるよ! ていうかテリヤキがわざわざ言うからやる気そがれちゃったよ!」

「何を稚児ちごのような我儘わがままをほざいておる! ふん。体つきだけがささやかに育っただけの小娘では致し方あらんか」

「ちょっ。どこ見てるのテリヤキのエッチ!」


 頭の上の大柄おおがらねこからかばうように胸を抱き、こっそり舌を出す。


 それに対し、テリヤキはあたしの額をバシバシと叩いてくる。


「誰が貴様の幼体ようたいを見て発情するか! 精霊獣をなんだと思っている! 良いからさっさとを進めんか! 無駄に足を止めている理由なぞ無いだろう!」

「そうだった!」


 テリヤキに言われ、改めて環七カンナナどおりの大型ディザイアーを見る。

 もう、ヤツがき進むたびに地面を打つヒレの振動が、逐一ちくいち伝わってくるところまで来ていた。


 テリヤキがいつものようにあたしの中に潜り込む。

 右手に握る杖に左手もえ、こちらへ猛進もうしんしてくる魚ガエルディザイアーの元へ、警察署の屋上から沿い立つビルを跳ね渡って一直線に向かう。



 環七に出たすぐその先に、何度と見た白銀しろがねの剣を振るう、山吹やまぶき色の少女を見つけた。

 大きな怪我はないみたいだけど、衣装や体はもうドロドロだ。


「リサ先輩!」

「っ!!」


 あたしの声に鋭く気付いたリサ先輩は、構えた剣をそのままに顔だけ振り向く。

 その顔は、驚きとあきれの苦笑にがわらいだった。


「まったくアンタは、不用意に突っ走るなっていつも言ってるでしょうに。でも、いいところに来た」


 その苦笑いを含み笑いに変えたリサ先輩は、大きく息を吸い込んで、様々な攻撃を繰り出す色とりどりの少女達へげきを飛ばす。


「みんな! トモナが来た。とりわけ大きいのをブチかますわよ! 一点集中で道をひらけ!!」

「「「おぉ――!」」」


 少女達はすぐに声をげ返す。

 剣を振り、木の枝を回し、杖を突き立て、双棍そうこんを打ち鳴らし、氷柱ひょうちゅうが飛び、昆布こんぶが飛びい―――。各々が息を一つに合わせて大型ディザイアーを滅多打ちにしていく。


 それでも、魚のような大型ディザイアーはわずらわしい羽虫はむしを振り払うようにヒレを地面に叩きつけ、世界中で普及の広まる丈夫なセミメタル粒子アスファルトを粉々にしてその巨体を宙へ浮かばせる。


「「させるか」ない!」


 が、止まない魔法少女達の総攻撃によってすぐに地面へ撃ち落された。


「——―の一振ひとふりりは鋼殻こうかくに届きん。されど折れぬ白刃はくじんくさび穿うがつ!』いっっけぇえ! 楔鋲かつびょう薄撃はくげき山吹やまぶきいしづえ!!」


 体勢をたもとうとする間もなく、詠唱強化をほどこしたリサ先輩の一撃を、大型ディザイアーはひたいに容赦なく叩き込まれる。

 わずかだが、山吹やまぶき色の痛撃は受けた黒い巨体を揺らがせ、ここへ来て初めて進撃のを止まらせた。


「今だ!」


 レモン色の少女が叫ぶ。


 ここに来てから、あたしの足がとどまることはなく、魔法少女達は大型ディザイアーを地面に伏せ倒してみせた。

 その一撃一撃は、はたから見ても魔力全開の総攻撃だった。

 もうこの場の誰もがすぐには動けないだろう。


「はぁぁあぁあああああああああああああああああああああああ!!」


 皆の想いを魔力に乗せ、力強く大地を蹴る。


「「いけぇ!!」」


 しゅ色の少女と青銅せいどうの少女がのどらす。


 杖から尾を引いてあふれ出す魔力が、周囲の空気を振るわせていく。

 今までめたこともない量の魔力を掲げ、空中で一回転し眼前にとらえる大型ディザイアーへ向けて力一杯振り下ろす。


 狙うはリサ先輩が繋いでくれた大きな頭のひたい


「いけっ、トモナ!」


 山吹やまぶき勇者ゆうしゃが叫ぶ。


「ぉぉおおおおおお! ――あたしの! 今の、ありっったけを!! くらええええええええええええぇぇぇぇえええええぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇええええ之えええええええええええええ!!!」


 杖の先の玉に込められた、はち切れんばかりの魔力を凝縮して渾身こんしんの一撃を気力の限りに叩き込む。


 バリバリバリバリバリィィィイイイ!! と耳をつんざくような炸裂音さくれつおんが周囲にとどろく。


 万力のような衝撃が、大型ディザイアーにぶつけた魔力から伝わってくる。少しでも気を抜けば、魔力ごとはじき返されるのが感覚で分かった。


 空気をしびれさせるこの音は、あたしの魔力が大型ディザイアーの額に付けられた傷創を切り開いているものだ。それとも、それを拒もうとするこいつの抵抗の戦慄せんりつか。


「こ……ん――の、ぉぉぉおおおおお!」

「くげぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁっぁっぁっぁっぁっぁっぁっぁ」


 膠着こうちゃく状態は、長くは続かなかった。


 がむしゃらに放ち続けた魔力の大槌おおづちあたしを睨みつける出張った眼を引き離し、お腹をバウンドさせてその影の巨体を打ち飛ばした。


 シロナガスクジラもかくやといった超重量を受け止めた環状七号線に浅草花やしきよりも大きいクレーターを空けて、魚ガエルの大型ディザイアーはゆっくりと宙を舞い踊る。そのまま地面に落下しその巨体に見合ったわだちを掘ってようやく止まった。


 対するあたしはなんとか両足で瓦礫がれきだらけになった道路に着地するも、限界に近いくらいに振り絞った身体は一抹いちまつの瞬間も耐えられずにもんどり打つ。


「あたっ、あでっあだっだだだ………」


 クレーターにあわや落ちると思うギリギリ手前、ゴロゴロと転がる色の体は大穴のふちで止まる。


「まったく、最後まで締まり切らないわね、アンタは。灯成トモナ


 寸でのところであたしを引き止めてくれたのは、白銀の剣で自身の体を支えたリサ先輩だった。


「えへへ………」


 猫のように首根っこを掴まれ、力の抜ける肢体したいむちを打ちなんとか倒れそうな身体を起こそうとする―――


 が、ズンっっ……、と余韻よいんを許さぬ地響きを鳴らす化け物が居た――――


 その場に居た全ての魔法少女が、空気の凍り付く感触を共にした。


 肌という肌が痛い。無意識にからのがれようとした視線が捉えたのは、今まで見たこともないくらいに肌があわ立った自分の腕だった。


うそッ…………。こんな、首都圏しゅとけんの魔法少女が総力で……、火色の魔法少女の魔力爆撃、なのに………こっ、こん、なっ、こと―――」

「—————ッッ」


 昆布を腕に巻き付けた萌黄もえぎ色の女の子が戦慄わななく。

 どこかで水のしたたる音がした。


「…………くぁ、っっぁっぁっぁあ」


 パラパラがらがらと、緩慢かんまんな動作で起き上がり、巨体にまとわり付いた瓦礫やアスファルトの欠片が落ちていく。

 良く晴れた午後の日差しがその異様で不釣り合いな黒い体を嫌にはっきりと映し出す。


 遠くで執拗しつように飛びまわる数々のヘリコプターのローター音が静寂せいじゃくなか耳に入ってくる。


 もちろん、意識には届かない。

 何か考えなきゃと停止した脳で思うも、思考回路は時が止まったように顔の表情を奪い去る。


「ッぁッぁッぁッぁッぁッぁッぁ………」

むすメ――――っ」

「あ――――――――――――――」


 閉まらない口から音が漏れ出る。

 普段はあたしの体の中にもぐって戦闘中は滅多に声を掛けてこないテリヤキの声が聞こえた気がした次の瞬間、あたし西武せいぶ池袋線いけぶくろせんの上を飛び越していた。


 いや、飛んだとようやく認識できたのがそこだったのだ。


 さだまりきらない視界の先、あたしが今居たはずの場所に存在するのはどす黒く大きい影の塊か。


「トモナぁ!!」


 けたたましく過ぎ行く風切り音の向こう側、数メートル隣から聞こえる声に顔を向けると、そこには同じく空を飛ぶリサ先輩の姿があった。


 鈍化どんかした頭に血が通うのを感じるにつれ、意識する間もなくカエル魚型の大型ディザイアーに吹き飛ばされたのだと理解していく。


 私と共に居たリサ先輩も、一緒に飛ばされたんだ。


 またたく間に流れていく景色を背に、些細ささいな距離を縮めようとする山吹やまぶき色の衣装の少女の手にこちらもまた手を伸ばす。しかしそれらの手は虚空こくうくだけだった。


「り、サ……せんぱ―――」


 徐々に離れていく先輩魔法少女を呼ぶ声はのどから出き切ることはなく、背中が硬く大きい建物をバガァアン!!! と打ちくだいた。


「——ッあ、がっっ」


 吹き飛ばされた反動で少なくなったなけなしの肺の空気を吐き出し、背中から建物にぶつかった衝撃で、あたしの意識はそこで途切とぎれた。



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