7 ~出撃の少女~ SHUTSUGEKI



「遅い!」


 小動物ぜんとした姿からは全く想像できないようなしぶい声で、開口かいこう一番に怒られる。


「だって……小鞠こまりちゃんを放っておくことはできないし、それに勝手に抜け出すわけにもいかないし」

「あの小娘こむすめはお前よりも気丈きじょうだから問題ないだろう。学徒がくとの確認の方も御陵みささぎ殿がゆえ、お前がらず騒ぎになったとしても対処できるはずだ」

「うぅー。そうだけど……」


 きびしい。

 その厳しさは頼もしさの証でもあるんだけど。

 ただ、そうはいってもやっぱり、あたしは投げやりにはできない。いつもここでテリヤキと言い合いになる。


「グダグダと言っていないでさっさと始めんか」

「はーい。……いくよ。テリヤキ!」

「そので呼ぶなと毎度言っているだろう!」

「だってテリヤキ、ホントの名前教えてくんないじゃん」

真名まな外界がいかい易々やすやすと名乗れんと言っておろうが」

「じゃあテリヤキでいいでしょ」

「名付け方がずさんだと言っとるんだ」

「はいはい。分かったからいくよ」

「キサマっ」


 テリヤキの怒声どせいを無視して、両手を胸の前で合わせて魔力をり上げる。それを開けた空間にテリヤキが飛び込む。


「まったくこの小娘はッ」


 テリヤキはそう言いながらも、あたしの変身に合わせてその体を魔力分散させてくれる。


 はじめに、あい色のブレザーが光に包まれてほぐれていく。続いてスカートが分散して新たな形を作り、ブラウスが光にけ、ブラとスカートの中のショーツも一度ひかりに混ざり魔力へ置き換わる。


 光があい色からあか色に移り変わって弾けたかと思うと、次の瞬間には色を基調きちょうとしたファイティングドレスへと換装かんそうしていた。

 ドレスからはじけた魔力の光は、足のつま先に宿やどると上靴をヒールが付いた草鞋わらじ下駄げたかのようなサンダルへみ上げ、そのまま脚を上って全身を精査するように通り過ぎていく。

 最後に、光はあかみがかったあたし茶髪ちゃぱつ真紅しんくあかへ染め上げ、目の前に手をかざすとそこに凝縮ぎょうしゅくされて杖を形作る。


 それを手に取り、変身は終わりだ。


「ふん、いつもより遅いな」

「いいでしょ別に。はたから見れば一瞬なんだから」


 実体から魔力体へと変態し、あたしの周りをふよふよとただようテリヤキは鼻を鳴らす。


「その一瞬の中の刹那せつながモノをいう世界こそが《戦い》だということを忘れ――」

「あー! そうだ忘れてた」

「最後まで聞かんかこの小娘!」


 テリヤキの忠告もそこそこに、慌てて渡り廊下へ出て校舎に飛び込むと廊下をもうダッシュする。


 体育館から出てからテリヤキの元へ向かう前に連絡端末の情報を見たとき、築地つきじの漁港から発生した大型のディザイアーは、特に目指す先を見せず品川しながわ区を迂回うかいして環七カンナナを北上してきていると表示されていた。


 急がないと。


 用務倉庫、生徒指導室、資料室、第二資料室を一息で駆け抜け、保健室のドアを潜る。


「せんせー!」

「あらトモナさん。今日も変身してから来ちゃったの」


 あたしが勢いよく飛び込んできても、驚いた様子もなく手にしていた湯呑ゆのみをすするこの人は、この学校の養護ようご教諭きょうゆ佐藤さとう先生だ。


 人の良いおばさん。といった風貌ふうぼうのこの人は、この学校であたしの正体を知っている数少ない政府関係者だ。

 関係者と言っても学校側との関係を取り持ってくれているだけのもので、実務じつむとしては保健室の先生がほとんどらしい。


「あ、うん。あたしは来たから。いそぐしもう行くね」

ほかの生徒に見られたら大変だから、ここで変身なさい。っていつも言ってるのに」

「ごめんなさーい」



 魔法少女は、原則的にその正体を知られてはいけない。


 日本政府からしめされているそれは、ひとえに魔法少女本人の安全が考慮こうりょされたルールだ。

 魔法少女が通う学校の生徒や家族を、第三者の一般人や、はん魔法少女思想を持つ人物に狙われないようにするためにされている。


 政府が取り組んでいるそのシステムの一つが、さっき叶恵かなえ先生が言っていた《魔法少女保護管制局の庇護担当者》措置だ。


 かく学校ごとに政府から依頼いらいされた女子生徒じょしせいと達が、魔法少女が出動するさい指定してい待避たいひ区画へ移動して、魔法少女を他の生徒に特定されないように隔離かくり保護される。

 学校も特定されないよう、魔法少女が所属していない学校でもこの措置は行われているらしい。


 どこかしらの学校に通う魔法少女は、公儀的こうぎてきにはそれに協力しているということになっている。ディザイアーが現れたとき、出動して居なくなってもバレないようにするためだ。


 そしてこの学校の庇護ひご担当者の指定待避区画と言うのが、ここ佐藤さとう先生の保健室というわけだ。

 今回はこの学校も危険区域だから、庇護担当者が全員保健室に来て、佐藤さとう先生の指示で別の避難場所に移動するらしい。


 佐藤さとう先生に流れるように謝ってから、廊下をうかがい見る。

 さっき校舎に入る前に、ほとんどの生徒が体育館前に集まっていたのを確認している。一気に行けばあたしだってバレることはないだろう。


 変身する少し前から遠く、かすか断片的に聞こえてくる戦闘音。

 滅多めったにない広域的な召集しょうしゅう要請ようせい


 まだ戦闘はおろかディザイアー本体を目にしてもいないのに、得体のしれない不安がドアのサッシをつかむ右手の力を軽少ながらも強くさせる。


 湯呑みが机の上にコト、と置かれる音がつかの間の静寂せいじゃくの中に小さく響く。


 振り向いた先の佐藤さとう先生の表情は、入ってきた時と変わらないほがらかな顔。


「トモナさん。——気を付けて、ね」

「ッ!」


 あやうく忘れるところだった。


 あたしが、なぜ戦うのか。


 くすぶり出しかけた不安を。佐藤さとう先生の心配を吹き飛ばすくらい、なんともない。

 そんな笑顔をたずさえて、


「……うん、行ってきます!!」









 満面の笑みを浮かべて飛び出していく彼女。あんなに小さいのに、心配でたまらないのに、あの子はいつも、どこか安心できるような、そんな顔をする。


 廊下に響かせる快活かいかつな足音を残された保健室で聞き、見送る。

 その時、何か硬い物が倒されたような音が鳴り渡り、「あでっ、わったっ。消火器しょうかきが! あぁっ刺股さすまたがぁっ! あー!!」という悲痛ひつうな声も聞こえてくる。


 そこへ、他の庇護担当者の子たちが保健室に入ってくる。


「あれ? さとちゃん先生どうしたの?」

「はぁ。……やっぱり、少し心配だわ」

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