6 ~流避の少女~ RYUHI


とく緊急きんきゅう警報けいほう発令! 特緊急警報発令! 該当がいとう地区の住民は、すみやかに指定避難していひなん待機所たいきじょへ移動して避難救助隊にしたがい避難してください! 繰り返します。特———』


 街中まちじゅうの放送設備から、何度も同様の避難指示の放送が流れ続ける。


 学校のグラウンドでは、救助ヘリや警察、自衛隊の護送車両がひっきりなしに出入でいりを繰り返しているのが、階段や廊下の窓から見て取れた。

 政府が発令した危険区域からはずれる待避たいひ施設へ一時避難をするため、集団や親族に関係なく乗員数にたっしたところから出発していっているのだ。


 この学校では逃げ遅れた生徒が出ないように、各クラスごとに点呼を取って登校していた生徒が全員そろったのを確認してから避難行動を開始する。



 階段の踊り場でディザイアーがはっしたと思われる地鳴じなりと衝撃を身にびたとき、周りの皆がわずかに混乱し放心しているなか、階段を下りていた途中のはずの深輝みきちゃんを思い出して下を見たけど、そこには彼女の影は見当たらなかった。

 突き動かされるようにあわてて折り返しの階段まで下りてそのしたも確認したが、やはり深輝みきちゃんらしい人物は見受みうけられなかった。


 東京湾とうきょうわんに現れたというディザイアーの衝撃が、同じ東京にあると言っても、だいぶりくに入ったところにあるこの学校まで届くというのは、普通ありない。


 一抹の不安にられるも、残された小鞠こまりちゃんを放っておけないし、託されたノートもとりあえず階段を下りてすぐの職員室まで持って行かなきゃという謎の使命感にとらわれて、深輝みきちゃん探しはひとまず後回しにした。


 小鞠こまりちゃんと一緒に体育館まで走った時には、先に集まった生徒が入り口をふさいでいて、中に入るまで少し時間がかるようだった。


 来る途中にこっそり確認した魔法少女まほうしょうじょ用の連絡れんらく携帯けいたい端末たんまつでは、


『東京及び東京近郊の魔法少女は、緊急指定地域を担当する者以外は出動態勢が取れ次第、ただちに対応せよ。又、一定速度以上の移動手段を持つ魔法少女は、該当地区外であっても出動を要請する』


 と来ていた。最後の一文を読んだだけでも、今回のディザイアーの異常性が見て取れる。


 さっきから何度も見上げている空ではちら、ちら、と幾筋いくすじのカラフルな影が飛び去っている。すでに出動している他の魔法少女達だ。

 その中には、見慣みなれた山吹やまぶき色のものもあった。



 魔法少女は、原則的にその正体を知られてはいけない。



 魔法精霊獣まほうせいれいじゅうと契約して魔法少女となったときも、日本政府と契約をわした時も、同様にさだめられた内容だ。

 それぞれに理由や意味はあるだろうけど、どちらにせよ、人目ひとめがあるところでは変身できない。


 教室棟のかげで、遠目とおめでも怒っていると分かるくらい顔をしかめたねこのような小動物がこちらを見つめている。

 あたしの契約魔精獣の《テリヤキ》だ。

 照り焼きハンバーグのようなこんがりとした毛色からあたしが勝手に名付けた。本人は不服ふふくのようだけど。


灯成ともな、行くよ」

「あ、うん」


 小鞠こまりちゃんがあたしの腕を引っ張る。


 体育館に群がった人だかりが、ようやく動き出したみたいだ。テリヤキに手だけであやまって中へと進んでいく。

 人ごみになかば押し潰されるような形で入った体育館には、もう半分くらいの生徒が集まっていた。

 後ろ側の入り口から入ったあたし達は、三年生が集合する舞台ぶたい前まで移動する。


 誰でもいいから先生に声を掛けようとするけど、女子平均の身長よりわずかに低いあたしの目線では、見渡みわたしても見えるのは人の頭ばかりで誰が誰だか分からない。


 三年生の集合場所まで来たところで、ようやく生徒に指示を出している先生を見つけることが出来た。


 その先生のもとまで駆け寄って声を掛ける。


「先生!」

「ん? 忽滑谷ぬかりやか。ああ。そういえば、忽滑谷ぬかりや魔法少女まほうしょうじょ保護ほご管制局かんせいきょく庇護ひご担当者だったな。担任の先生には私から話をつないでおく。点呼は出なくていいから急いで、かつ安全にはいして保健室に向かいなさい」

「っはい。ありがとうございます!」


 声を掛けた先生は運の良いことに、叶恵かなえ先生だった。

 あたしの事情を良く知っている叶恵かなえ先生は、あたしの顔を見た瞬間に事態をさっしてくれたようで、話を合わせてくれた。


 小鞠こまりちゃんに「行ってくるね」とだけげ、急いで出口を目指して人垣ひとがきをかき分けて進む。


 その途中、出口付近に集められる一年生達の近くを通ったときに、男の先生の大きく通りの良い声が耳に入る。


「おい。東京とうきょうはどうした! 一年は二組以外、そろっているぞ。誰かあいつを見かけた者はいないか!」


 それだけがはっきりと聞こえ、体育館を出る。


 『東京』。ついさっき聞いたばかりの、珍しい苗字だ。

 まさかと思いつつも、今はすぐにでも変身していち早くディザイアーと戦っている皆の元へ向かわなくちゃ。


 気になる思いをひとまず頭の片隅かたすみに追いやって、教室棟のかげで待つテリヤキのところへ駆けつける。


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