20 ~足止の少女~ ASHIDOME



近藤こんどうさん! 終わったよー………って、あれ?」


 語るも筆舌ひつぜつに尽くしがた凄惨せいさんな戦いの後、魔法少女保護局(略)の近藤こんどうさんを置いて行った商社ビルへ、ボロボロになりながらも――主にあたしが――ルナちゃんと二人で戻ってきた。


 辿たどり着いたその商社ビルの屋上では、力なく横たわる近藤こんどうさんの姿があった。


「はぁ~~~~~~~~~~」

「どうやらさっきのディザイアーの欲圧よくあつに当てられたようね。それにしても、清々すがすがしい程の職務しょくむ怠慢たいまんぶりね。何か写真を撮れる物はないかしら。このていたらくを世間に公表して公務国家機関の信用や権力を暴落させてやれるのに」

「えげつないな。小娘こむすめ………」


 テリヤキを頭に乗せたままひたいに手を当てがい、現状の近藤こんどうさんに対して最強にあたいする兵器を求めてきょろきょろと辺りを見渡すルナちゃん。


 そこでようやくあたし達に気付いたのか、近藤こんどうさんは生気のない体運びでよろよろと起き上がる。


「あっ、はっ、はぁ………。ひどいです、ねぇ」

「あら、もう欲圧の効果が薄れてきたのかしら。残念ね」

「る、ルナちゃん………」

「冗談よ」


 本当に冗談かどうか分からないルナちゃんは、腕を組んで近藤こんどうさんとの距離をたもって立つ。


 少しフラフラとしてから、近藤こんどうさんはしわの付いたスーツを整える。

 やや顔色が良くなさそうに見えるのはさっきの欲圧の影響か、それとも街明かりをあおり受けているからか。


「あっはっはぁ。ご心配を、おかけしましたぁ」

「大丈夫、近藤こんどうさん?」

「ええぇ。………しかしお二方ふたかたはぁ、あの至近距離でディザイアー、の欲圧を受けられたのにもかかわらず………お元気なご様子ですねぇ。あれらの『欲圧よくあつ』に対して、耐性を持った人間は少なかれど存在はしますがぁ、あなた方は、撃破後とは言え全く、その影響を見られないとはぁ……」

「………人それぞれよ。それよりも、一人で立って歩けるのであれば、問題はないのでしょう。私は私の目的は果たしたわけだから、行かせてもらうわ」


 ルナちゃんはそう言って戻ってきた病院から見て右側、江戸川の方へ歩き出そうとした。


「ああぁ。申し訳ありませんン。実は今回、というよりも、こうして討伐とうばつ等の現場で出会えた場合、あなたともお話をしたいと思っていたのですよぅ」

「………そう。残念だけれど、私にはあなた達くにいぬと話す用はないから」


 呼び止める近藤こんどうさんに対して、ルナちゃんは律儀に一度足を止めてそう言うと、その足を再び前に出そうとする。


「ああぁ。お待ちくださいぃ。あなたの事は私達保護局員ほごきょくいんの間でも話題になっていたのですよぉ。度々たびたび見られる正体不明のディザイアー討伐者であるあなたがぁ。ご多忙であれば長くは引き止めませんのでぇ、せめてご挨拶とお話の内容だけでもお聞き願えますかぁ」


 近藤こんどうさんの珍しく必死っぽい訴えを聞き、ルナちゃんはまた足を止めてあたしを見る。


 近藤こんどうさんもお役所仕事や自由奔放じゆうほんぽうな魔法少女達にはさまれて大変なんだろう。

 個性的な子だらけでが多いとも聞く。

 せめて真っ当なあたし達だけでも苦労をやわらげてあげたい。


 お願いするように手を合わせて、ルナちゃんに笑い掛ける。


 すると薄黄うすき色の少女は少し深いため息をいて、渋々といった様子で近藤こんどうさんへ向き直った。

 話を促すように近藤こんどうさんをにらみ付けるルナちゃん。


「あぁ、ありがとうございますぅ」


 あたしとルナちゃんに深々と頭を下げた近藤こんどうさんは、小さく咳払いをしてスーツの内ポケットからてのひらサイズの四角い紙を取り出す。

 そして薄黄うすき色の少女におずおずと近寄り、数秒の沈黙の戦いの末、開かれた手の平へ差し出された。


 ルナちゃんに渡されたそれを覗くように、さり気なく彼女の隣へ移動する。

 街灯に照らされても分かるくらいに透き通った白い肌の手に置かれたそれは、近藤こんどうさんの名刺だった。


あらためましてぇ、内閣防衛省『醜欲不命体』対策室魔法少女まほうしょうじょ、関東管理局東京管轄部魔法少女保護・援助係の近藤こんどう徳彦とくひこというものですぅ。えぇと、ルナさん、でよろし―――」

くにいぬ風情ふぜいが気安くそれを呼ばないでくれるかしら」


 受け取った名刺から外されたルナちゃんのするどい眼光が、近藤こんどうさんの両目をすくめる。


「え、えぇ。大変失礼いたしました。それではどうお呼びすればよろしいですかぁ?」

野良ノラで構わないわ。どうせあなた達国の狗は裏でそう呼んでいるのでしょう。あなた達国の飼い犬からすれば、妥当だとうな呼称よ」

「か、かしこまりましたぁ。あなたがそれでよろしいのでしたらぁ、野良ノラさんと、そうお呼びさせていただきますぅ」


 ぴしゃりと言い放つルナちゃんに、近藤こんどうさんは張り付いたうすら笑いをほのかに苦笑へにじませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る