21 ~勧誘の少女~ KANNYU



「えぇ、ええと、それでは本題の方へと入らせていただきましょうかぁ」


 改めて、と、ルナちゃんに向かって近藤こんどうさんは切り出す。


野良ノラさん、単刀直入に申し上げますと、我々国家機関へ所属なさいませんか、というお話ですぅ」

「断る」

「あっはっはぁ。そうでしょうねぇ。まぁ何も国家所属でないといけない、という訳ではなくてですねぇ、この日本の魔法少女は基本的に、大雑把にまとめますと国家こっか魔法少女まほうしょうじょと、国家管理下から外れた民制みんせい魔法少女まほうしょうじょというように二つの組織に所属しているのですぅ。どちらも世間的には、魔法少女保護管制局で一纏ひとまとめに認知されていますがぁ。トモナさんは国家魔法少女の方ですねぇ」


 あたしの方へ掌を向け、近藤こんどうさんはそう言う。


「そしてそれぞれの、あるいは双方の魔法少女は複数人の方と”マギアールズ”というグループを設けて活動するように取り決められているのですよぉ」

「民制………マギアールズ?」


 幾分いくぶんかいつもの調子を取り出した近藤こんどうさんの説明の中で、多分聞き慣れないであろう単語に小首をかしげるルナちゃん。


「魔法少女は、基本は二人以上でディザイアーと戦う、ってこの前会った時に話したよね。マギアールズっていうのは、魔法少女の子達の相性だったりその子達の特性をいろんな場面に合わせて出動できるように分けられたグループの事なんだよ」

「………なるほど」

magical girls魔法少女達。魔法少女の英称を略改称したものですねぇ。まぁつづり的に起用されたのはmagicalマジカルではなくmagiaマギアの方ですがぁ」

「それでね、この前たリサ先輩………えっと、大きな剣を持った薄い黄色きいろっぽい女の子。それに愛美あみちゃん、くわを持ってた茶色ちゃいろっぽい女の子の二人と、あたしを加えた三人は限定的なマギアールズなんだ」

限定的げんていてき?」

「うん。正式に決まったグループじゃないけど、状況に合わせて組まれる暫定ざんていマギアールズ。リサ先輩と愛美あみちゃんはね、自分や周りの人達を少しの間だけいろんな事を強くできる………えっと、バ……バ、ばっふぁろー? っていうのができる魔法少女なの」

支援魔法バフね………」

「そうそれ! それでほかの子達よりも速く走れるようになれるんだって。それから、魔法少女は変身の時に魔力を体中にたすよね。あたしの場合魔力まりょくれを気にせずに動けるから、あたしはパンチとかの複雑な魔力制御? はできないけど、魔力を出しっぱなしにしてマラソンみたいに単純に足を速くしたりができるんだ。だからリサちゃんと愛美あみちゃん、それにあたしの三人は地方とかの遠くに出たディザイアーにすぐ駆けつけられる限定的お助けマギアールズなんだ!」

「そ、そう。いきなり、水をた魚のようなオタクみたいになったわね………」


 少し引き気味に体をらせるルナちゃん。

 そんなルナちゃんの手を取って、あたしは身を寄せる。


「だってもしかしたらルナちゃんとパートナーになれるかもしれないんだよ! そうなったらあたし、とっっっても嬉しいもん!」

「——―! ………言ったでしょう。そもそも私は国の狗になる気は無いと」


 ルナちゃんは何かを隠すように顔を背けるとあたしに握られた手をそっとほどき、半歩だけ身を引かせた。


「でっ、でも! もしかしたら早く走れるようになったりするかもだよ!?」

「あなたみたいにあかくないから無理よ」

「………? どゆこと?」

「流してくれて構わないわ………………」

「あ、あのぉ~~………」


 そこへ近藤こんどうさんが恐る恐るといった風に声を掛ける。


 またも睨むような視線を向けるルナちゃん。

 そんな調子だから近藤こんどうさんは怖がっちゃってるんだよ。


「誤解のなさられないよう付け足しますとぉ、先程も申し上げた中で民制所属の魔法少女というものもございますぅ」

「……そういえば、そんなことも言っていたわね」

「ええぇ。民制の魔法少女保護管制局は、国家所属とは違い相対的な支援や援助、ディザイアー討伐の際の報奨ほうしょうはいくらかひかえめになりますがぁ、それなりに自由度の高い組織になっておりますぅ。実は、私も立場的には国営魔法少女保護管制局と民制魔法少女保護管制局の両局に所属しているあつかいなのですよぉ。おかげでしょっちゅう妻の夕食を食べそこないますがぁ」

「えっ? 近藤こんどうさん奥さんいるの!? みんなの間じゃ、小さい女の子が好きだからこの仕事してるって噂なのに」

「それはうわさ通りじゃないのかしら」


 初めて会った時から近藤こんどうさんはいつも薄ら笑いを浮かべていて、正直苦手にがてに思っている子もそれなりに居るくらいだ。

 あたしも最初は少し不安に思ったこともある。だからかなり信憑性しんぴょうせいの高い噂だと思っていたのに、まさか結婚をしてたなんて。


 そんな近藤こんどうさんは相も変わらず貼り付けた薄ら笑いのままで、困ったように笑う。


「あっはっはっはぁ。ひどい言われようですねぇ。私これでも、一応妻子さいし持ちなのですがぁ」

「「えええぇぇぇえええ!?!?」」


 今度は、ルナちゃんと二人そろって声を上げる。


 こんな、魔法少女達に不人気で得体えたいも知れない人が結婚していて、よもや子供まで居るなんて。

 世の中、本当に分からない事だらけだ。


 ちなみに民制の保護管制局にもつとめているというのも、あたしは今日はじめて知った。


「あっはっはぁ。トモナさん。それ以上は流石さすがの私も傷付きますよぉ」

「あ、ご、ごめんなさい………」


 若干湿しめっぽくなったような口調で近藤こんどうさんに言われ、慌てて頭を下げて謝る。

 振り下ろした頭の横目でのぞき見ると、さしものルナちゃんも驚いたようで可愛らしく口に両手を当てて固まっていた。


「いえいえぇ。話す機会も、あまりありませんでしたからねぇ。さてぇ、少し話がそれてしまいましたがぁ、魔法少女として、民制の所属にく、というのも選択肢の一つだと覚えていただければと思いますぅ」

「そう。………色々と聞く機会のない話だったけれども、直接の管理下に無いとは言え、国の影響下にあるという以上どこかの組織に入るつもりはないわ。そもそもあなたのような国の狗が出入りしているのなら尚更なおさら信用は無いわね」

「あっはっはぁ………。やっぱりファーストコンタクトが私では、印象悪いですよねぇ………」


 そう言って肩を落とす近藤こんどうさん。

 いつも飄々ひょうひょうとした態度で別の表情を見せることの少ないスーツ姿のおじさんだから、こんな一面が見られるのは珍しい。


 そして近藤こんどうさんの話を聞いても、ルナちゃんの意見が変わることはなかった。

 確かに、近藤こんどうさんが相手だと誰でも警戒しちゃうだろう。

 けれど、それ以上にルナちゃんの意志の方が強いようにも感じられた。


 国家魔法少女———正確には国家機関に所属している人達のことをくにいぬと呼び、近藤こんどうさんにもどちらかと言うと公務員さんだということに気を張っているようにも見える。

 国家という組織に良い印象を持っていない人も、世の中にはもちろん居るだろう。

 だけどルナちゃんが胸の内にかかえているものは、そんな曖昧あいまいな感情とはまた別の代物のように思えた。


 そんなうす黄色の魔法少女は、聞くべきことは全て聞いたと言うようにハイソックスパンプスを鳴らして屋上の端へと歩いていく。


「それじゃあ、私はもう行かせてもらうわよ」

「ああぁ。お引止めしてすみませんでしたぁ。今回お話したことはいつお返事頂いても構いませんので、頭のすみにでも留めておいてくださいぃ。それではお気をつけてぇ」


 去り際の近藤こんどうさんの挨拶に、ちら、とだけ一瞥いちべつして、ルナちゃんは跳び去っていってしまった。


 その背中を見送りながら、はたと思考が切り替わる。


「あ、そうだ! ごめんね。近藤こんどうさん。今日せっかく来てくれたのにあたし、全然魔法使えなくって………」

「ん、あぁ。いえいえぇ。おかまいなく。こちらこそ突然押しかけて、申し訳ありませんでしたぁ。その上、今日はたまたま野良ノラさんがいらっしゃったとはいえ、本来であれば今回トモナさんにたった一人でディザイアー討伐を任せてしまう羽目になっていましたからぁ。状況が状況とはいえこのようなGOサインが出されたのは私達の明確な落ち度ですぅ。こちらが謝罪こそすれ、トモナさんに頭を下げて頂くことはありませんよぉ」


 そう言って、今度は近藤こんどうさんが深々と頭を下げだした。


「え、あ、んーん、いいよいいよ! ………あんなことがあったばかりだから。仕方ないよ。ほら、頭上げて近藤こんどうさん。薄ら笑いでも、あたしは笑顔が見れる方が良いもん」

「そうですかぁ。しかし、こちらとしてもただ謝罪するだけでは参りませんので、このようなことしかできませんが、今回のディザイアー討伐に関する報奨ほうしょうは本来より多く手配いたします」


 頭を上げた近藤こんどうさんは、五つのにじ色の玉、『宝賞石ほうしょうせき』を開けさせたあたしの掌に置いた。


「え、ちょっこんなに!? だってこれ、一つ十二万円でしょ? えっと、いち、にぃ………」

「問題ありませんよぅ。今回の事を考えれば、六十万でもやや少ない方ですぅ」

「いや、こんなに受け取れないよ! それに今日のは、ルナちゃんが倒したし、そもそもルナちゃんが居なかったら倒せてたかもどうか………」

「でしたらぁ、後日野良ノラさんと対面なされた時、それをお渡しするというのはどうですかぁ? この宝賞石は魔法少女であれば誰でも賞与金として給付できますからぁ。野良ノラさんと、お互いに納得なされるまでお話し合い、分け合えられればいでしょうぅ」


 近藤こんどうさんにそう言われて、ふと思いつく。

 これを話のタネにすれば、そうでなくても、次にルナちゃんと会った時、もっと二人で話せることが増えるんだ。そう思えると、ちょっと嬉しくなった。


 あたしが思わずみをこぼしたのを見て満足したのか、近藤こんどうさんは「それではぁ、色々と報告や残業がありますので、この辺りで失礼させていただきますぅ」と言っていつもの薄ら笑いのまま出てきた商社ビルの階段から降りていった。


 それからあたしは、受け取った宝賞石を両手で握り締めて、また口元を緩める。


 ルナちゃんが帰っていった時と同じように屋上のへりを蹴って、江戸川へ向かって走り出す。



 今度、ルナちゃんと会えたらどんなお話をしようかな。

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