22 〜寄道の少女〜 YORIMICHI


 二〇八九年四月二十八日。



 いつも通り渡り廊下の校内こうない自販機に現れたリサ先輩を屋上で見送ってから、午後の授業にはげんだ。

 あまり得意じゃない国語と現代経済の授業を意識朦朧もうろうとさせつつもなんとか乗り切り、放課後をむかえた。


 小鞠こまりちゃんの日直の仕事を手伝ってから、二人で昇降しょうこうぐちりて上履きからスニーカーにき替える。


 いつもはそれなりの確率で深輝みきちゃんを見付けられるんだけど、今日はお昼休みに会ってから一度も見かけることはなかった。

 少しさびしい。


 そんなことを思っていると、あたし黄色きいろいスニーカーとは色違いの、薄桃うすもも色のスニーカーにかかとを入れ込みながら小鞠こまりちゃんは言う。


「そういえば、今日はどうするの?」

「うん。このあとそのまま行こうかなって思ってる」

「そっか。じゃあ校門までね」


 いだ上履きを下駄げたばこの中に入れてナンバーロックの自動施錠せじょうおんったのを確認しながら、流れるように答える。

 小鞠こまりちゃんも履き替え終わったのを見届けてから、グラウンド沿いに続く玄関げんかんみちに出た。


「やっぱり、昨日きのうあの後、変身してたのね」

「えへへ………うん」


 小鞠こまりちゃんが言っているのは、昨日カフェを出ていそいで別れた時の事だろう。


 今までも、小鞠こまりちゃんや他の友達と遊んでいる時に魔法少女の出動要請ようせいはあった。


 そのたびに、何かしらの言い訳や理由を付けて抜け出していた。


 あたしが魔法少女庇護ひご担当者だというのは話していたけど、やっぱり心配させたくなくて急用だと言ってはその場を離れていたのだ。

 けれど、小鞠こまりちゃんには何故なぜかいつもバレていて「そういう役割だっていうのは分かっているから、へんに取りつくろわないの」と、くぎを刺されてしまっている。


「それにしても、まさか本当に灯成ともなが魔法少女だったなんて。今でも信じられない」

変身へんしん中のあたしに飛び付いてきたのは小鞠こまりちゃんなのに、まだ言ってるの?」


 一週間くらい前。

 今となってはどうやって使ってたのかも分からない魔法を発動させてからくも大型ディザイアーを倒した日、ついでに魔法少女がデフォルトで使えている認識にんしき阻害そがいの魔法も展開できないあたしは、涙をたずさえた小鞠こまりちゃんに発見され半壊した学校の体育館の瓦礫がれきに押し倒されたのだ。その時に学校のほかの皆にもばっちり見られていたから、今後こんご学校内で変身を躊躇ためらう必要がなくなったのはもはや言うまでもない。


 運動部の人達が練習にはげむグラウンドの横を歩きながら、の光に照らされてちゃ色がかったボブウェーブの親友は答える。


「実際に目にしたとしても、ひとは自分の理解をえたことには鈍感どんかんになるものよ」

「うーん………。そんなものかなー」

「そんなものー」

「んーむむむ―――――」


 間延まのびしたあたし相槌あいづちに、同じように繰り返す小鞠こまりちゃん。


 とくに何も考えていないけど、ポーズだけは深く考えているようにかまえる。


 そんなあたしを見ながら楽しそうに微笑ほほえ小鞠こまりちゃんは、校門まで来たところで「けれど」と言葉を続けた。


灯成ともなが今まで急用だって言って別れた次の日に、決まっていつもあそこに向かう理由はなんとなく分かったかな」

「………うん」


 正面口を出て歩みを止めたあたし達は、何をしめし合うでもなくお互い向き合う。


「それじゃあまた明日ね! 小鞠こまりちゃん」

「明日は宿題わすれないようにしなさいね。ばいばい」

「うっ………」

「それじゃあね」


 小鞠こまりちゃんが言ったのは、今日の授業じゅぎょうで提出しないといけなかった国語の宿題の事だろう。


 昨日千葉ちば県でいたち型のディザイアーとたたかった後、魔力をいっぱい無駄づかいしたのとディザイアーの欲圧よくあつを受けた影響でか、家に帰ってからご飯を食べる余力よりょくもなくベッドに倒れ込んだのだった。

 おまけにおひる休みにリサ先輩を屋上へ送るのに時間を取られ、結局けっきょく宿題を終わらせられなかったのだ。

 もちろん、宿題は明日の授業までに出すように言われている。


 国家魔法少女は色々と免除めんじょされることがらが多いけど、緊急きんきゅうせいの高い出動要請ようせいがあったり、入院するような大怪我けがでもしない限りは宿題はなくならない。

 理不尽りふじんだ。


 小鞠こまりちゃんは肩を落として項垂うなだれるあたしを置いて、学校を出てひだり側、あたしが向かう方向ほうこうとは逆の方へと足を向ける。


 あたしみぎ側へ向けてとぼとぼと歩きだしたところで、背中から小鞠こまりちゃんが声をけてきた。


「そうだ。今日は夕方ゆうがたから天気がくずれるみたいだから、はやめに帰りなさいよ」

「——うん。ありがと! じゃーねー!」


 振り返って大声でこたえると、小鞠こまりちゃんはてのひらを振って返してくれる。

 そしてすぐに進路へと足を戻す。


 あたしも回れ右をして、目的地に向かう。





 学校を出てすぐの大通りを北上ほくじょうして環状はち号線を渡った先、いつもは東武とうぶ東上線とうじょうせんに乗って通り過ぎる、ひかりやまの少し手前のこぢんまりとした小店こみせに入っていく。


 そこは小さい頃からよくあの人に連れられてきていた、馴染なじみのお花屋さんだ。


 お店に入ると、三十代くらいの女の人が鉢植はちうえの水やりをしているところだった。

 その女性店員さんはあたしが入ってくるのに気が付くと、手に持っていたじょうろをカウンター横のステンレスラックに置いて出迎でむかえてくれる。


「いらっしゃい、灯成ともなちゃん。こんにちは。今日は学校帰りなのね」

「そうなんだ。これからいつものとこ。こんにちはミヨさん。今日も綺麗だね!」

「もう。耳にタコができるくらい聞いたわよ。いつものアングレカムでいいのよね」


 言いながら嬉しそうに笑窪えくぼを浮かべるミヨさんは、四すみに通気用の穴がけられたガラスケースから白いつぼみを付けた花を数本取り出してカウンターに持って行くと、合成紙ごうせいしの簡易包装用ほうそうよう包み紙で包んでくれる。

 「うん」と短く答えるあたしに、もらい物だから、とレジの横に置いてある小さいカゴの中のチョコレートをすすめてくれた。

 お言葉に甘えて一粒頬張ほおばっているあたしのところへ、よそおい終わった花束を差し出す。


「まだ全然ぜんぜん時期じゃないからつぼみの状態だけれど、これでかまわないのよね」

「うん。大丈夫だよ。多分く頃にはひらいてると思うから」


 そう言って、白い蕾の花束をお得意様とくいさま価格の百二十円と交換で受け取る。

 三枚の硬貨を少し年季の入ったレジスターに仕舞しまいながら、ミヨさんはふふふ、と笑みをこぼす。


「相変わらず、現金を使うのが好きなのね。あの子そっくりだわ」

「うん! だってこっちの方がお店の人とより多くれ合えるんだもん」

「それはいいけど、このあいだみたいに店中に小銭をき散らすのだけは勘弁してね」

「あぅ………そのせつは………ゴメンなさい」


 イタズラな顔を見せるミヨさんに、あたしは体をちぢこまらせてあやまる。

 以前ここでお花を買った時に、ほかのお客さんも居たから早くお会計を済ませないと、とあわてて財布を出した際に、いきおあまって中の小銭やお札を全て振りいてしまったのだ。


 別にめてないから。とミヨさんは言ってくれるけど、いつもいろんなところで迷惑をけているから、ここだけの話じゃないぶん申し訳なさが良心をチクチクとはりで刺す。


「ほら。これからまたちょっと歩くんでしょ? 最近はまだ日がみじかいんだから、ぼさぼさしてると帰るまでにくらくなっちゃうわよ」

「あ、う、うん。それじゃあミヨさん。ありがとう」

「はいはい。こちらこそ、毎度ありがとさん」


 ミヨさんにうながされて、頭のすみに行きかけていた本来の目的を思い出す。


 出際でぎわに再びミヨさんにお礼を言ってから、あたしは花束をかかえて更に北へと歩き出した。


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