23 ~墓前の少女~ BOZEN



 ミヨさんのお店を出てから、赤塚坂あかつかさかを抜けて東武東上線沿いに進み、荒川が彩湖さいこを遠く一望いちぼうできるひかりやますそをぐるりと回る。


 この辺りは、今の時間帯になるとひかりやまに太陽が隠れてかげになるのだ。

 夏は少しだけすずしくなるから、電車を使わない日はよくここを通ったりする。


 大幸たいこう先生の妹さんのお店も、山裾やますその途切れたところで見付けた。


 光が山のふもとから離れて一度埼玉さいたま県の西和光にしわこう市に入ってから、新河岸しんがし川へ向けて市城いちしろ通りを北東へ上っていく。

 板橋いたばし区の和光わこう2町へ入ってすぐに昭和しょうわ通りを北へ曲がって、少し歩いてからまた埼玉県の西和光にしわこう市へ戻る。

 真新しい家と時代を感じる家が立ちならぶ住宅街を進んでいくと、小さなアパート二つ分くらいの開けた場所が見えてくる。


 道路から一段上がったそこには、半円はんえん四角しかくはい色の石が並んでいる、いわゆる墓地ぼちという施設があった。

 ただ施設と言っても、この時代ではめずらしい、野外やがい墓地と呼ばれる場所だ。


 道路脇どうろわきてられた無人の管理小屋には木桶きおけや合成樹脂——プラスチックの柄杓ひしゃく、竹ぼうきやちり取りに、有料の貸しライターやごみぶくろ等が置いてある。

 いつもはついでにお水とかも替えたりお掃除そうじをしたりするんだけど、今日は二人の人にも忠告されているから、早めに帰るために花束だけを持って墓地の階段を上がっていく。


 階段をのぼった先、それほど広いとは言えないこの場所は、普段ひとはあまり見かけない。

 しかし、今日は珍しく先客がた。


 なまり色の空の下、施設利用時りようじの案内と注意ちゅうい書きがしるされた看板を呆然ぼうぜんながめているのは一人の少女だ。


 空の色に少しくすんだあい色の上着に、肩に掛けたかばんあたしが持つものと同じ学校指定してい鞄。

 かぜに小さく棚引たなびかせるスカートは、あたしき慣れたものとほとんど同じ白いボックスプリーツスカート。そのスカートのすそは、新入生しんにゅうせいに割りられた抹茶まっちゃ色のボトムスカラー。


 階段を上がった先でたたずあたしに気が付いたのか、怪しい空模様そらもようを背にしても美しさをそこなわない綺麗な黒髪をひるがえし、少女はむらさき色の瞳をこちらへ向ける。


灯成ともな先輩? こんなところで何をしているんですか」

深輝みきちゃんこそ、なんでここに!?」


 そこに居たのは、同じ中学校の後輩の、深輝みきちゃんだった。


「なんでって……墓地ぼちに来るのに理由はそれ程おおくないでしょう」

「確かに、それはそうだけど………ってそれあたしもだよね? 聞く必要あったかな?」

「私が疑問ぎもんを投げけたのは、何故なぜ学校から離れたこの場所に学校帰りのまま居るのかという話です」

「えっと……あたしは、昨日のことをお母さんに報告しようと来たんだけど………」

「報告?」


 深輝みきちゃんは、あたしの返答の一単語を切り取って復唱した。


「うん。昨日、ディザイアーと戦ったから。勝ったよー、っていう報告」

「……ああ、確か、先輩は魔法まほう少女なんでしたね」


 あたしの付け足した内容に理解をしめしたのか、深輝みきちゃんはあたしから視線を外して曇天どんてんながめる。


 そこでさっきの台詞せりふを思い出してすぐに顔を戻す。


「お母さんって、もしかして」

「うん。ここ、お母さんのお墓があるの。あ、そういえばまだ………深輝みきちゃんには言ってなかったんだっけ。あたし、お父さんとお母さんはもうくなっちゃってるんだ」

「…………そう、ですか」


 深輝みきちゃんがぽつりとつぶやくのを耳にとどめながら、奥へ歩き出す。

 彼女が見ていた案内板の少し先、左に折れてすぐの『忽滑谷』とられたおなかのあたりの高さのお墓の前に立つ。


 一まいだけ大きく広がったほしのような白い花弁はなびらを開かせる花束を、丁寧ていねいに包まれたそれをその状態で墓石の前にそなえた。


 お花をそなえた中腰ちゅうごしの姿勢のまま、両手を合わせ心の中でお母さんに話しかける。


 ―――昨日も、勝ったよ。また、誰かの笑顔をまもれたかな―――


 自然に閉じていたまぶたけ、立ち上がる。


 くるぶしほどの高さの石垣で作られたお墓の敷地のかどあたしれて入った墓地内の小道の曲がり角まで、深輝みきちゃんが来ていた。

 深輝みきちゃんはあたしの足元に視線を移すと、ゆっくりと近付いて来たかと思うと不意ふいあたしそばかがむ。

 深輝みきちゃんの手を伸ばす先、き通るような白い手にはピンクとオレンジのチェックがらのハンカチがあった。


「あ、それ……」

「先輩がしゃがんだ時、スカートのポケットから落ちてました」


 深輝みきちゃんが差し出すそのハンカチを受け取る。


「ありがとう。深輝みきちゃん」

「いえ。あのままだと灯成ともな先輩は気付かず踏み付けていたでしょうから」

「うぅ……、確かに。………これ、小さい頃にお母さんから貰ったハンカチなんだ。だからホントにありがとね」

「そんなに大切な物なら、もっと慎重しんちょうに管理したらどうですか」

「あ、ははは………おっしゃる通りです」


 深輝みきちゃんの苦言に、あたしはただただ縮こまるだけしかなかった。

 目の前のお母さんにも、心の中で『ごめんね』とあやまる。


 深輝みきちゃんはそっと立ち上がり、数歩うしろにがった。

 そこで深輝ちゃんを見て思う。


「そうだ。深輝みきちゃんもここにいるってことは、誰か家族の人のお墓参り?」

何故なぜそこで親族しんぞく限定なんですか」

「い、いやぁ。なんとなく……えへへ」

「また曖昧あいまいな………」


 本当に、なんなんだろう。おんなのカン! ってやつかな?

 でも、学校から遠く離れたこの場所で深輝みきちゃんと出会であえたのは、偶然でもなんだかうれしかった。


 思わず口元がゆるむ。

 深輝みきちゃんにお墓で笑うなんて変な先輩だ。って思われては大変だから、慌ててほほを押さえる。


 するとそれを見ていた深輝みきちゃんが、また、呟く。


ちち墓標ぼひょうが、ここにあるんです」

「……! ………そっか。お父さんが」

「はい。……半年以上前に、死にました」


 死にました。

 そうかた深輝みきちゃんの声は淡々たんたんとしていて、表情はどこか他人事のように変哲へんてつもないものだった。


 それを見ていた私は、何とはなしに口を開いていた。


「お父さんのことはきじゃなかったの?」

「別に、好きや嫌いといった強い印象はありませんでした。ただ、やさしい人だった。というのは、おぼえています」

「……そうなんだ」


 お父さんのことを思い出そうとしているのか、あるいはさして興味きょうみを持っていないのか、視点がはずされた深輝みきちゃんの目は特にどこに置くともなくちゅうただよっている。


「でも、お父さんの思い出があるのはいいな。あたしのお父さんは、あたしまれる前に亡くなっちゃったらしいから」

「そう……なんですか」


 辺りをふわふわと散歩していた深輝みきちゃんの目が、あたしの方に落ち着く。

 そこで、はたと思いいたった。


「あ……ご、ゴメンね急に暗いはなししちゃって」


 あたまに、冷たい何かがはじける。


「いえ、気にはしていないので―――」


 鼻の頭が、冷たい。


 風の音かと思っていた空気をり鳴らすようなざあざあ音が、かみや制服を湿しめらしていく。


「あ――――――!」


 校門を出て別れた時の、小鞠ちゃんの声がよみがえる。



 ———そうだ。今日は夕方から天気が崩れるみたいだから、早めに帰りなさいよ―――



 あめだ。


 さっき深輝みきちゃんの背中に見た時よりもくらくなった空から無数の雨粒あまつぶが、深輝みきちゃんとあたしの二人、そして墓地や周りの家をらしていく。


「………この様子ようすだと、屋外に長居ながい無用むようのようですね」

深輝みきちゃんかさは?」

たたがさは常備しています。先輩の方は――」

「傘を持ってるなら深輝みきちゃんは大丈夫そうだね。あたしは家は走ったらすぐの板橋区いたばしくだから、問題ないよ!」


 そう言って、お母さんのお墓にそなえた花束をちら、と見る。本当はあんまりダメなんだろうけど、アングレカムの花も久々ひさびさ———かどうかはからないけど雨に打たれて嬉しそうな気がするから、このままにしておこう。



 深輝みきちゃんの肩を軽くいて、


「それじゃ、あたしは先に行くね。深輝みきちゃんも風邪ひかないように、早いに帰らなきゃだよ!」


 かばんを頭の上にかざして走り出す。


 入口の石段の階段をりるときに、一段いちだん足をすべらせてこけそうになったけど、バレてないよね……?


 道路わきの管理小屋の手前てまえ、ギリギリ目線の高さより少し低い墓地の敷地しきちを見ると、深輝みきちゃんもあたしの方を見ているのが分かった。

 恥ずかしさを誤魔化ごまかすのと、深輝みきちゃんもこっちを見てたのが嬉しくなって、あらためてバイバイと手を振る。


 そして再び走り出して、あたしは墓地をあとにした。


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