19 ~対極の少女~ TAIKYOKU


 テリヤキを頭に乗せたままの野良のらの魔法少女は、飛び移りやすい電柱や街灯、建物の屋根を軽快けいかいに渡りゆく。


 そんな颯爽さっそうと建物の上を次々に移り行くルナちゃんの横へ、あたしはようやく並び付いた。


「えっと、ルナちゃん、その………ごめんね。あたし魔法を―――」

「トモナ。あなたには、言っておくわ。………私は、魔力がとても少ないの。魔法少女として変身するだけで、大半の魔力を消費してしまうくらいに」

「えっ?」


 あたしの言葉をさえぎって語るルナちゃんは、強い目でディザイアーを見据みすえている。

 だけどそのひとみの奥には、どこか切ない、あるいは悲しい色が隠れているようにも見えた。


 程々に広い総合病院の駐車場をはさんで隣に建つマンションで、二人は合わせずして一度足を止める。


「この間の東京とうきょう暗転事変の時も今回も、すぐに出ていけなかったのはそのため。私の魔力量だと魔法を使って戦うなんてことはまず出来ない。……だから、今更あなたが魔法を使えまいが気にしないわ」

「ルナ、ちゃん………」

「はっはっは。小娘が一丁前にはげましか」

つぎ余計な事しゃべったらあのいたちに投げ付けておとりにするわよ。猫」

「ゔッ………」

「ひぃっ………」


 頭のテリヤキを光の速さでつかむルナちゃん。

 対するテリヤキは、魔力の身体なのにもかかわらずビクッ! と一瞬ふるえたかと思うとそのまま固まってしまう。


 すごい。

 普段はあまり口を出して来ず、いざ口を開けばお小言こごと嫌味いやみばかりを言うテリヤキを黙らせちゃった。


 そんな時、病院の屋上で大きなものが動く気配がした。


「っ! 無駄口を叩き過ぎたわね。行くわよ」

「う、うん!」


 ルナちゃんのけ声に突き動かされ、あたし薄黄うすき色の彼女は一斉に飛び出す。


 くろい影は先程と違い、尻尾をゆらゆらとさせながらせるような形で寝転んでいる。

 こちらを見てきてはいるが、今なら向こうが何かをする前にあたし達の方が攻撃を仕掛けられる。


 ところが、病院の屋上に二人してうつわたったタイミングでいたち型ディザイアーが細くもふわふわとした尻尾をだるげに床へ叩きつけた瞬間、ひざがかくん、と崩れ落ちた。


 体中から力が抜けていき、四つんいのような格好で何とか持ちこたえられたが、そこから指一本動かせない。


「こ………れ、は―――」

「うぅ………あのディザイアーの、欲圧よくあつ……かしら」


 頭に手をやった状態で立ち尽くすルナちゃんは、気分が悪そうに呟く。


 しかし当のディザイアーは、尻尾を床に叩きつけたまま、微塵みじんも動く気配がない。


「どうやら、このディザイアーの根源と欲圧は、怠惰たいだのようね」

「えぇ………!? な………に、それ………」


 確か、近藤こんどうさんの話では、病院にいる、お婆さんへの心配、が元の、ハズだ。

 だけど、現に体に力は入らず、気だるさがそのまま、重力として覆い被さっているように、全身が重たい。


「アレは不確定な情報だと言っていたから。その限りじゃないわ」

「そ、んな………。ていう、か。ル………ちゃ、な……でへい………き」


 徐々じょじょに腰が沈んでいくあたしの横で、つらつらと言葉を繰るルナちゃんに違和感を覚えて、目線だけで見上げる。


 そこには、せめて思考だけでも回そうと抗うあたしとは裏腹に、不快ふかいそうな顔をするも平然と二本足で立っているルナちゃんの姿があった。


「……この際だから。言っておくかしらね。剣の国家魔法少女国の狗に聞かれたとき、欲圧は見たことはないと言ったけれど嘘なの。実際には、欲圧らしきものを一度か二度目にしたことがあるけれど、何故なぜか私にはかないみたいなのよね」

「えっ……」

「あの暗闇くらやみのヤツは、私自身じしんに掛けられたものじゃないから他人と変わらなかったみたいだけれど、強い不快感を受けるだけで欲圧そのものは私には効かないみたいね」


 ルナちゃんはゆらりと前に出ると、左手でこぶしを握った。


 ダメだ。


 ルナちゃんは一人で戦おうとしている。いくら欲望とは言え、相手はディザイアーだ。


 一人でいかせちゃ、ダメだ。


「ふ――――――――――――……………っ、く、ぅあぁああ!」


 あらががた倦怠感けんたいかんを振り払って、全力で、制御も無視した魔力も振り絞り、体を持ち上げていく。


 あたしのくぐもった雄叫びに驚いたのか、ルナちゃんは握った左手を解いて後ろを振り向いた。


 熱い。


 魔力が体中をめぐり、熱く火照ほてらせていく。


「ふ、ぅぅ……ぅああ!」


 チカチカとする頭で手足を動かし、膝立ちだがなんとか体を起き上がらせる。


 熱い。だけど、その熱さが、降りかかるダルさに引っ張られる身体を幾分か気つけてくれる。


「これ、くらい……あた、しも、平気、だよ………。あたしも、戦える!!」


 しびれる頭で、魔力を全身からき出して更に自分を叱咤しったする。


「ルナちゃん一人では、絶対に戦わせない。あたしは、魔法も何もできない役立たずだけど、魔力だけはいっぱいあるから。ルナちゃんの代わりに、ありったけの魔力で戦ってみせる。役立たずだけど、足手まといには、ならないよ!」


 それを聞いたルナちゃんは、ふっ、と笑って前を向き直した。


「なら、勝手にしなさい。私は、ただ私の大切なものを守るために戦うだけ。………けれど、さっきも言った通り、私には魔力が無い。夜の間はどうしてか少しマシだけど、それでもディザイアーのかくつらぬく一撃を放つのが精一杯だし、いつもそうやって戦ってきた。だから、もし私が仕損しそんじたら、あなただけで離脱しなさい」

「ダメだよ! だったら、あたしもルナちゃんのその大事なものを一緒にまもってみせる。だから、二人で戦うんだ。………ルナちゃん、あたしね。何もないけど、魔力だけは、余るくらいあるんだ。リサちゃんとかが言うには、あたしにしかできないらしいけど、魔力をぶつけて、ディザイアーのかくを、壊すことだってできる。だから、ルナちゃんを置いて逃げたりはしない。だから………」

「まったく、無茶苦茶むちゃくちゃ言うわね」


 ルナちゃんの左に並んで笑って見せると、薄黄うすき色の少女はあきれたように、口元だけで笑って見せた。


 その後は、恥ずかしいものだった。


 意気込んで立ち向かったはいいものの、いたち型のディザイアーははじめに欲圧よくあつを放ったきり何かをする様子もなく、じれったらしくなったあたしが大量の魔力で病院の屋上から引きずり押し投げたところを、ルナちゃんがその左拳であっさりと殴り飛ばしてしまったのだ。


 あれだけのおお台詞ぜりふをのたうち回った手前、ルナちゃんに合わせる顔が無かった。


「本当に、あなたと居ると調子が狂うわ………」


 頬を薄く紅潮こうちょうさせたようにも見えるルナちゃんがそう言ったのが限界だった。


 近藤こんどうさんを残してきた商社ビルに戻るまで、あたしは恥ずかしさをやり過ごすためにずっと顔を手でおおいっぱなしだった。

 おかげで、二、三度飛び乗りそこなった電柱にぶつかってはじ上塗うわぬりする結果に終わった。






















           「……………バカ」

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