18 ~悲痛の少女~ HITSU


「魔法が出ないって、どういうこと?」


 珍しく狼狽うろたえているようなルナちゃんはあたしに向き合ってそう問いかけてくる。


「え、えっと。どうやって魔法を発動させればいいのか、全く分からなくって………その、どうやって出すんだっけ?」

「私に聞いて出るわけがないでしょう。………あなた、さかな型ディザイアーの時はあんなに意気いき揚々ようようと使っていたじゃない」


 そうは言われても、あの時は無我夢中むがむちゅうだったし、何故なぜか息をするように出ていたから、今更ながら自分でもどうやって魔法を使っていたのかさっぱり分からない。


 ふんねらー。

 ちぇいおー。

 ほぁらららららららららららー!

 ぐおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!


 と、いきんだりりきんだり振り絞ったりしてみたけど、結局出るのは杖から漏れる魔力と断末魔のような喝声かつせいとおならだけだった。


「あぁ」

「ちょっと待て。あなたどさくさにまぎれてなんてものをしぼり出しているのよ……!」

「え、えへ、へへぇ………。だ、大丈夫、臭くないヤツだから………!」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「ワタシはにおうぞ小娘こむすめっ」


 そこで、ここに来てから初めて口を開いたテリヤキが尻尾をビターン!! とあたしの後頭部に叩き付けた。


「あいたッ。ごめんごめん。いや女の子のおならはくさくないよ! ちょ、痛い、あでででででで。ごめんごめんって、でも出ちゃたものはしょうがないじゃん。痛い痛い痛い痛い痛い痛い頭に爪立てないでごめんってば―――!! テリヤキぃっ」

「そのあざなで呼ぶな!」

「あ゙ァ゙――――――――――――――!」


 悲痛の絶叫が街灯の光も薄くなる闇夜やみよ木霊こだました。


 ギリギリギリギリギリギリ、と前と後ろの頭皮に魔力体の猫爪ねこづめが食い込まされていく。

 がそうとするが、そもそも頭に爪が立てられているためより痛くなるだけで、結局テリヤキをなんとかなだめて許してもらうしかなかった。


 頭をかばってうずくまるあたしの横に、テリヤキはスタッ、と降り立つ。


「ふん。今日はこのようなところで勘弁してやる。小娘」

「ァ、アリガタキシアワセイタミイリマス……………………」


 テリヤキは前足を数度づくろいしたかと思うと、したたっ、と今度はルナちゃんの頭の上に乗ってしまった。


「へっ?」

「しばし邪魔するぞ。かがやきの小娘」

「え、えぇ。あまり重さは感じないから構わないけれども………」


 魔力体まりょくたいは魔力の結晶をかくとした魔法エネルギーの凝縮体だから、物質でいうところの気体のようなものに近いらしい。


 魔法少女はこの魔法精霊獣まほうせいれいじゅうの魔力結晶を媒体ばいたいとして変身するから、ペアとなる魔精獣と魔法少女はあまり離れられない。

 目の届く範囲であれば問題はないらしいけど、別の魔法少女のそばに行くのはちょっと薄情はくじょうじゃないかな。


 そう思ってひそかにテリヤキをにらみ付けてやると、その魔精獣は不意ふいに総合病院の方を見た。

 ルナちゃんも何かに気が付いたのか、同じようにそちらに顔を向ける。


 遅れてあたしも視線の先を合わせると、病院の屋上のディザイアーがこちらをじっ、と見つめていた。


「少し騒ぎ過ぎたな。小娘」

「どちらかと言うと、散々さんざん放ち続けていたトモナの魔力に反応した。といったところかしら」

「あやつが動くより先に仕掛けた方がいだろうな」

「そうね。こうなったら私がアレを仕留しとめるから、トモナは病院に被害が出ないように援護してちょうだい」

「う、うん」


 まるで名コンビかのように、ルナちゃんとテリヤキの二人は淡々たんたんと状況を整理して次の行動を組み立てていく。


 あたし曖昧あいまいな返事を聞くやいなや、ルナちゃんは駆け出し商社ビルの屋上のへりを蹴り行ってしまう。


「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ二人とも〜〜〜!!」


 慌ててどんどん離れていく薄黄うすき色の背中を目指して屋上を跳びつ。


 そして、その色の背中もながめる寂しい背中のスーツ姿が一つ。



「………まぁ、実際じっさい置いてけぼりを食らっているのはぁ、私の方ですがねぇ」


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