17 〜無能の少女〜 MUNOU


「それについては、少々しょうしょう情報がありますよぅ」


「「!!」??」


 ルナちゃんと二人、話しているところに、後ろからふいに声が掛けられ慌てて起き上がって振り返る。


 半身だけ回して構えるように背中をひるがえすルナちゃんのするどい目線の先、屋上にそのまま飛び移ってきたあたし達―――多分ルナちゃんも―――とは違い、屋根と壁に囲まれた階段の出入り口の扉から出てきたところに、にやけ顔で立っている一人のスーツ姿の男性が居た。


「あれっ。近藤こんどうさん!?」

「いやぁ~~。なかなかに仲睦なかむつまじいご様子で大変眼福がんぷくなのですがぁ、流石さすがにちょっと心配になりましたので来ちゃいましたぁ」

「………誰?」


 警戒心を隠す気配もなく、ルナちゃんは怪しい雰囲気が駄々だだれの男性/近藤こんどうさんをめ付けた。


 近藤こんどう徳彦とくひこさん。いつもうすら笑いが顔に張り付いたようなこのおじさんは魔法少女保護ほご管制局かんせいきょくの職員で、主に魔法少女と日本内閣防衛相とのはしわたしをしている人だ。

 その他にも現地の魔法少女達を補佐ほさしたり連絡役になったり等、いわゆる色々振り回されているお役所さんである。


「あっはっはっはぁ。おじさんはひどいなぁトモナさん。私はこれでもまだ、二十代ですよぉ」

「で、その雑用係の国のがここへ何の用かしら」


 頭をいておどける近藤こんどうさんに対し、ルナちゃんは辛辣しんらつな物言いで話を進めようとする。

 ルナちゃんにうながされ忘れてたと言うようにぽん、と手を叩く近藤こんどうさん。


「そ~うでしたそ~うでした。今回はトモナさんとお会いしに来たんでしたぁ。ところでトモナさん、本題とあのディザイアーについて、どちらから先に聞きたいですかぁ?」


 楽しそうな調子で両の手の人差し指をそれぞれ順に立てて近藤こんどうさんはそう言った。


 そういえばさっき情報がどうだとか言っていた気がする。


「あっ、そうだ。あのディザイアーの情報って?」

「そんなものよりももっと重要視するべきものがあるでしょうに………」

「えぇ~えぇ。まぁ情報と言いましても、噂話うわさばなし程度のものなのですがぁ。あのディザイアーの元となったイタチですが、どうやらあの病院に入院されていた老婦人に近くの江戸川で世話されていたものらしいのですよぉ」

「えっ、それってあのディザイアーはそのお婆さんのお見舞いがしたくてああなっちゃったってこと?」

「あくまで噂からの推論ですが、そういった情慕じょうぼのようなものから哺乳類ほにゅうるい型のディザイアーが出現することが、ごくごくまれにあるそうですよぉ」


 後ろの病院を振り返り、その屋上のディザイアーを見つめる。

 ディザイアーはただただ座ったまま、小さく「くぁ……」と欠伸あくびのようなものをしていた。


 今まで戦ってきたディザイアー達とは違い、暴れるような素振すぶりもなく、かといって何か行動を起こしているようでもない。

 そのようは、静かなものだ。


 その時、ルナちゃんがあたしの名前を呼んだ。


「トモナ。例えどんな事情があろうとも、相手は怪物と化したけもの。放っておけば被害が出るのは必然よ。東京事変で起きたことを、覚えていないわけではないでしょう」

「………うん。あの時の暗闇のせいで、世界中で千人せんにん単位の犠牲者が出たことは分かってる。それにもしそうだとしたら、このままじゃどのみちディザイアーからは元に戻れないから、ここにいる間だけそのお婆さんの入院が長引いちゃうかもってことだよね。だったら、あの子のためにも早いところ浄化たおしてあげないとだ」


 病院の屋上にディザイアーが出現した以上、移動が可能な患者さん達は避難しているだろうし、そうじゃない人も何かしらの防衛処置で治療ちりょう等はストップしているはずだ。


 それに経緯けいいは何であれ、ディザイアーが出た以上不安で多くの人が顔をくもらせる。

 それは、嫌だ。

 あたし魔法少女あたしである限り、笑顔はやさせない。


 ルナちゃんはあたしから近藤こんどうさんへ向き直り、ぶっきらぼうに言い放つ。


「あのけものは早々になんとかするとして。いぬ。その前に、あなたは何をしに、ここへ、来たのよ」

「ああぁ。そうですねぇ。実は、先日の一件でトモナさんが魔法を覚えられたとの報告がありましたので、もし可能であれば今回の戦闘などで拝見はいけんできればとうかがった次第なのですよぉ」

「あー! そうだ。そういえば忘れてた! あたし魔法使えるようになってたのに言ってなかったんだっけ」


 国家機関所属の魔法少女は、自身の魔法や魔力のパターン等を国に報告して、ディザイアー撃破げきは時や有事のさいに、誰がどこでどんな魔法を使って何をしたのか分かりやすくしているのだ。

 またそれによって出動している魔法少女の得意な状況を作り出したり、魔法発動後の反動はんどう等の対応や戦闘後の搬送などを援助したりも行われている。


 それに、


「トモナさんは今まで魔法を使用なさらず純粋な魔力だけで戦ってこられたので、現場状況や自己申告、居合わせた魔法少女さん達による証言から戦績等を把握はあくしていたのですが、魔法が使えるようになったというのであればなお評価・援助・補佐しやすくなりますぅ。まぁ、撃破時の追加報奨ほうしょうらないと言うのであれば、こちらとしても問題はありませんがぁ」

「もー。近藤こんどうさんいつもすぐそうやって意地悪う」


 近藤こんどうさんはにこやかな顔で胸の前に手で作った報奨金を表すような形をぺいっ、と身振りで投げ捨てた。


 あたしは改めて病院のディザイアーに杖を向けて、張り切って魔力を込み上げていく。その横に、ようやく警戒の色を薄めたルナちゃんが並び立つ。


「今からあたしのありったけの魔法を使うから、近藤こんどうさんちゃんと見ててよ! ルナちゃん、攻撃はお願いね!」

「まったく、仕方がないわね。あなたのあの魔法なら、私も余裕を持って戦えるでしょうし………」


 ルナちゃんにうなずき返し、杖をあか煌々こうこうと光らせていく。

 たかぶっていく魔力を杖の先の玉にどんどんと送る。


 杖のかがやきは増し、辺りの街灯なんかよりも明るくなっていく。

 光の色は魔力の流れにしたがってしゅ色や黄色きいろと移り変わってみせる。


 溢れ出す魔力で商社ビルの屋上が揺らされ、風に運ばれて来たのであろう小石や枯れ枝に葉っぱをおどらせるのが横目でも見える。


 空気に緊張が走っていくのが分かった。

 その空気もふるえ、魔力がこの場を支配していく。


「……………………………………トモナ?」


 ルナちゃんがちら、とあたしを見る。


「………………あ」

「あ?」

「あ………あれ~~~~~? 魔法が、出ない?」

「は?」

「おやぁ?」

「ていうか、あの魔法ってどうやって使ったんだっけ………」


 杖にめた魔力をほとぼらせらしながら、ルナちゃんに顔を向ける。

 視線と視線が交わり、熱くなった目尻にしずくが宿っていく。


 すっかりとの落ちた夜空に薄黄うすき色の少女の絶叫が響き渡たった。


「は……はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ??!!」

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