2 ~鮮緑の少女~ SENRYOKU



「と、もなちゃん……! を、っかり……! これ、はた、だの、眠気……ディザイアー、の…………”欲圧よくあつ”、だ…………」



 顔だけでいた先には、道路に突き立てたくわを頼りに弱々しく肢体したいを立たせている愛美あみちゃんの姿が。


 【欲圧よくあつ】。


 数十年前、突如とつじょとしてその存在を世界中に確立かくりつさせた、生物が自然に持つよく媒介ばいかいとしてみにくゆがてた生命体ではない、

 これは、その醜欲不命体ディザイアーがそれぞれ持つ、固有の攻撃能力のうりょくだ。

 そして今回このディザイアーのかくとなった欲は――睡眠すいみんよく


 のそりと、なにかが起き上がるのを耳がとらえる。

 柚杏ゆあんちゃんが倒れ、あたし達の動きがのろくなっていくにつれていぬ型ディザイアーが起き上がっているんだ。


 愛美あみちゃんが支えにしているくわが、びていたその光を徐々じょじょうしなっていく。

 睡魔すいまあらがうのがやっとなんだろう。ひどく項垂うなだれ、大きくあたまを揺らしている。

 彼女に掛けてもらった魔力を強化する魔法ちからうすれていくのを感じる。


 そこで、ふと思ってしまう。



 ――ああ。あたしに魔法が使えたら――



 違う。

 そうじゃない。

 は今かんがえることじゃない。


 ほのかにひかる杖の先端せんたん、そこに付いている色の玉が黄色く変わる。


 あたしはそれに気付かないまま、深い微睡まどろみに引きずられる意識の中、一歩いっぽ、また一歩と足を前に出していく。

 ぐちゃぐちゃにみだされているようなからだの中の魔力を、逆らうように中心にあつめる。

 あたたかい。

 身体があつくなっていく。


「あた、しは……まだ――」

「グル……クグルルルル……!」


 あたしの声に反応して、ディザイアーがきばく。


 まぶたに半分ほどかぶされていたひとみを気力の限りに現わせる。


「——ちて、ない!」

「グルルルァァアアア!!」


 十メートル以上はある彼我ひがの距離を、犬型ディザイアーはひとっ飛びでめ寄ってくる。


 体の中心に集めた魔力まりょくをありったけ杖に流し込み、半身を引いて、勢い良くめ寄るくろい巨体をおそれと眠気ねむけを振り切って見据みすえる。


 ズドンッッ!!!


 と身を穿うがにぶい音がその場にひびき渡る。


 見据みすえた瞳がとらえたのは、みどり色の閃光。

 空から降ってきたその閃光せんこうが、一瞬だけ漆黒の穿うがった部分を緑にめる。


 ってきたのは少女しょうじょだった。


 鮮緑せんりょくのドレスをまとったその少女は私の眼前がんぜんまでせまったディザイアーをそのこぶしで殴り倒し、セミメタル粒子りゅうしのアスファルト道路を今日一番いちばんの深さに沈み込めて見せた。


 少女が拳をディザイアーから引き抜くと、その手からは深紅しんくのカケラをこぼす。

 それらは地面に落ちる間もなく粒状つぶじょうになり、黒い巨体も同じようき寄せた風に消えていく。

 彼女がいぬ型ディザイアーの心臓部しんぞうぶ、コアをたたこわしたんだ。


 ディザイアーの死骸しがい、《がら》。

 その呼び名の由来ともなったコア破壊時の断末魔だんまつまを上げさせる間もなく。


 魔法少女まほうしょうじょだ。


 ディザイアーのコアを壊すことが出来るのは、かく兵器に並ぶくらいの破壊力はかいりょくを持った軍事兵器ぐんじへいきか、強い魔力を宿やどした攻撃だけだ。


 鮮緑せんりょくの少女は立ち上がる。


「待って……!」


 直感ちょっかん的に彼女が立ちろうとするのを感じ取り、手をばす。

 そこで集中力しゅうちゅうりょく散漫さんまんしてしまったのか、つえめた魔力がボン! と爆発ばくはつした。

 杖に集まっていた魔力はたいしたことがなかったようで爆発の衝撃しょうげきは小さく、あたしは大きくよろめくだけだった。


「アブっ………! あ痛痛つつ


 ヒリつくうでを押さえて鮮緑せんりょくの少女の方を見ると、少女しょうじょあたしを見ていた。


 ずかしくなって火照ほてる顔をそむけようとして、こちらを見つめるむらさき色の瞳にどこか見覚みおぼえのある雰囲気を思い出してとどまる。


「あなた……もしかして半年はんとし前の———」


 あらためて少女の方に顔を向けようとしたとき、国道463号線からサイレンのおとが聞こえてきた。

 大きい衝撃音があたりにひびき、戦闘音せんとうおんしずまったから様子を見に来てるのだろう。


 鮮緑せんりょくの少女はサイレンの近付ちかづいてくる方向を一瞥いちべつすると、さらに声を掛けるもなく国道254号線のわきに立つビルの屋上へと跳び移り、夜空よぞらにかかる叢雲むらくもの向こうへ走り去ってしまった。


 それを見送ったところで、さっきのディザイアーの攻撃の余韻よいんか、それとも緊張がけて気がゆるんだのか、この日のあたしの意識はそこで途切とぎれてしまった。


 その、意識の途切れぎわかすむサイレンの音にまぎれて、あたしは半年ほど前にみた、いみふめいな夢をおもいだした。



 あれは、  いったい    なんだったの     だろう







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