3 ~無法の少女~ MUHOU


 東京練馬ねりま区のとある中学校。

 その屋上に二人の少女が立っていた。


 昼に吹く遠い山越やまごしの風は温かく、彼女たちに心地ここちい休み時間を演出してくれる。






「聞いてよリサせんぱーい。昨日の東京とうきょうディザイアー戦のこと!」


 転落てんらく防止ぼうし用のフェンスにもたかる、近所の高校の制服を着た先輩魔法少女に、あたしき着く。


「もう聞いてるわよ。愛美あみ達がディザイアーの欲圧よくあつに当てられてねむっちゃった中、アンタが渾身こんしんの一撃で倒したんでしょ。その後アンタも寝ちゃったらしいけど」


 リサ先輩は校内の自販機で売られている紙パックのフルーツ牛乳を飲みながら、あたしの頭を残った片手で押さえて引きがす。


「う~~……。そうだけどそうじゃないの」

「……? なにかあったの?」


 言って、リサ先輩はそばにあるベンチに腰を下ろした。


 この屋上にはあたし達の他にも数人の生徒の姿があるけど、入学式が終わってもないこの時期は一年生達がれていない分、いつもよりも数は少ない。

 それでも周りの近くに誰も居ないのを確かめてからリサ先輩の隣に座る。


「昨日のディザイアーを倒したのはあたしじゃないの」

「え? でも警察が現場に着いた時には愛美あみ柚杏ゆあんは既にねむってて、すぐに寝ちゃったけどアンタ以外に倒せた奴は居なかったんでしょ? 聞いた話だと討伐現場の決定打あとからは魔法まほう属性ぞくせいの様子が見られなかったらしいから、てっきりアンタが倒したんだろうって……。違うの?」


 声を落として話すあたしに合わせて、リサ先輩も気持ちトーンを下げて聞き返す。

 それでも、卒業した後もしょっちゅう高校の制服でしのび込んできているリサ先輩は注目を集めていて、辺りの視線がこちらを向くのがひしひしと伝わってくる。

 周りのみんなに何でもないというように手を振ってから、自分のわる目立ち具合を自覚していない先輩に向きなおる。


 ちなみにリサ先輩が高校に行ってからも何度もこの中学校に出向いているのは、この中学にだけ置いてある自販機フルーツ牛乳ぎゅうにゅうが昼休みに飲みたいからなのだという。


 おそろしいのは今までまだ一度も先生に見つかっていないということだ。

 見つかった時にどうなるのか分からない上、よく一緒にいるあたしが道連れに会うのはまず間違いない。

 ホント、ひやひやする。


 無神経・無自覚・無邪気をきわめたような先輩と居るといつも疲れる。人は、あたしと先輩はよく似ていると言うけど、まったくもって心外だ。


「昨日ディザイアーを倒したのは、別の魔法少女。……なんとなくだけど、半年前に栃木とちぎ県で見た子に似てる気がしたの」

「なんですって!?」


 すかさずまわりに手を振る。


「またあの野良のら魔法少女が出たの?」

「う、うん……多分。……でも、あの時見た子とはファイティングドレス 衣装 いろが違ったと思うんだよね」

「どんな基色きしょくだったの?」


 リサ先輩はフルーツ牛乳のパックをジュコー、とへこませて身を乗り出し、い詰めてくる。


「えっと、すごい眠気ねむけの中だったからはっきりとは覚えてないけど、確か……みどり色だった気がする。とても綺麗きれいな」

「緑色……。西にし日本の方の魔法少女に二人くらい緑色のが居たかもだけど、わざわざここまで……? それにあのときの野良は……」


 考えながら、リサ先輩はからになった紙パックを後ろに放り投げる。

 それは大きく放物線ほうぶつせんを描き、屋上に出る階段のドアにね、わきに備え付けられているごみ箱の中へと入った。

 周囲から「おおー」という声が上がるけど、リサ先輩は気にする様子はない。


 あたしも同じように半年前を振り返るが、思い浮かぶのは


あたしの覚えちがいじゃなかったら、確かむらさきの子……だったよね?」

「うん。私もあの時の野良のら魔法少女まほうしょうじょは紫色だったように記憶してる。でもトモナじゃなくて、魔法属性にかかわらずにディザイアーのコアを壊したのなら、素手すででディザイアーを吹っ飛ばしてたあの野良の可能性はあるわね」

「素手……か。確か昨日のみどり色の子も素手の一発で殴り倒してたな」

「へぇ。だとしたらその子、自分自身に魔法まほう掛けてたのかもね」


 そこでリサ先輩はにやりと笑った。


「これはますます、はやいとこ自分の魔法を覚えないとね。少女ともなちゃん」

「ちょっ、それじゃあたしが悪者の魔法少女みたいじゃない! うが――!!」


 声をおさえるのも忘れて、リサ先輩に飛び掛かる。

 手足の長いリサ先輩は、またもあたしの頭を抑えて押しはなす。

 先輩に比べてちんちくりんなあたしは、ただ届きもしない腕を振り回すしかなかった。


「あははは。まぁでも、アンタはここらじゃまれにしか見ない、えげつない量の魔力まりょくを持ってるじゃない。魔力をただちから任せにぶつけるだけでディザイアーのコアを壊せるのなんてアンタだけのもんよ」


 実力行使を諦めたあたしは口をとがらせ、フェンスの外に視線を外した。

 するとリサ先輩はベンチから立ち上がり、あたしの頭に優しく手を添える。


「そういう意味では他の子と区別できてたからマホカン国家魔法少女管理室もアンタの功績こうせきを確認できてたけど。もし今回の緑の魔法少女が栃木とちぎの時と同じ野良のらで、これからもディザイアーとかに手を出してくるんだとしたら、これからトモナと区別が付きにくくなる。だから、やっぱり早いうちに自分の魔法を覚えた方が良いわよ」

「うぅ~~~……」


 そう言われても、自分の宿やどした魔法がどんなものなのかさっぱり見当がつかないあたしは、ただ昨日のディザイアーのようにうなるしかなかった。


 そんなあたしの頭をポンポン、とはげますように叩いたリサ先輩は目の前のフェンスまで歩いていき、そこに手足をけて振り向く。


「大丈夫よ。心配しなくても、魔法少女として契約した時にはみんな、その身に魔法を確かに宿してるんだから。しかるべき時が来たらトモナもちゃんと自分の魔法を使えるようになるわよ」


 そのままリサ先輩はフェンスを登っていき、器用にスカートを押さえてまたがる。


「それじゃあ。トモナも午後の授業に遅れないようにね。勉強してたらそのうちひょっこり使えるようになるかもよ――」


 言い終わるやいなや、校舎の中から予鈴よれいの放送が流れ出す。


 はっ、と思い屋上を見渡せば、いつの間にか他の生徒達は姿を消していて、あたしとリサ先輩だけが取り残されていた。

 振り返った先のリサ先輩はひょいっ、とフェンスから外に飛び降り、山吹やまぶき色の魔法少女に変身してそそくさと学校を抜け出して行った。


 そして最後まで屋上に取り残されたのは、あたしだけになった。


「ちょっ……あたし、次の時間移動いどう教室なんだけど――――――!?!?」




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