国家魔法少女 ふれあ🔥トモナ 2089 (本編 第一編分切り抜き・分割構成版)

第一章 - 覚醒

1 ～揺睡の少女～ YOUSUI

　二〇八九年四月二十日：東京郊外（こうがい）。国道463号線に挟まれる国道254号線を一体の巨大怪物――醜欲不命体（ディザイアー）が駆（か）け抜けていく。

　ってここは埼玉（さいたま）でしょ。と思うも、十数年前の大型区画整理（くかくせいり）で東京（とうきょう）に再編成されたのだったと自分で思い返す。

「ディザイアー、そっち行ったよ（そっついぐべよ）！　足止（あすど）めお願（ねげ）ぇ、トモナちゃん！」

「っ了解、愛美（あみ）ちゃん！」

　ディザイアーを追い掛ける先輩魔法少女の愛美（あみ）ちゃんの合図ですぐに現実に帰り、手にだらりと持っていた一（いち）メートル程の杖（つえ）を体の前に構える。

　予（あらかじ）め打ち合わせていた通り、ドーベルマンを彷彿（ほうふつ）とさせる犬型の影の怪物は私（あたし）の待ち伏（ぶ）せている歩道橋（ほどうきょう）の下を強引に走り抜けんと、猛烈（もうれつ）な勢いでどんどん近付いて来る。

　私（あたし）の存在に気付いた巨大ディザイアーは、セミメタル粒子（りゅうし）入りのアスファルトの車道を抉（えぐ）らせながら突っ込んで来る。巨大と言ってもせいぜい大型トレーラーくらいのもので、今まで戦（たたか）ってきたディザイアーの中（なか）では中くらいの大きさだ。

　ディザイアーが五十メートルくらい先の街灯（がいとう）を過ぎた辺りで、私（あたし）は幅の狭い歩道橋をギリギリの助走で欄干（らんかん）に飛び乗って、「ふっ！」と短い気合（きあ）いと共に車道へ身を乗り出す。

　それに合わせるように、目前（もくぜん）まで迫（せま）って来ていた犬（いぬ）型ディザイアーが私（あたし）の居た歩道橋（ほどうきょう）目掛けて飛び上がろうとする。

　対して振り下ろす杖に添（そ）えて、私（あたし）はありったけの魔力を叩き込む。

「はああああああぁぁぁ！！」

　ディザイアーは刹那（せつな）の抵抗を見せたものの、重力（じゅうりょく）という絶対（ぜったい）不変（ふへん）の物理法則には逆（さか）らえなかったようで、ドォン！　と頭（あたま）から車道に落ち、そのまま人間ならば即入院になるような勢（いきお）いで転がっていく。

　途中（とちゅう）で軌道がずれて中央分離（ぶんり）帯（たい）の植木に突っ込んだディザイアーは、仰向（あおむ）けの格好で踠（もが）いている。

　その間（あいだ）に愛美（あみ）ちゃんと、一緒に追（お）い掛けていたもう一人の魔法少女が、車道に降り立った私（あたし）の両脇に並び着いた。

「ナイス攻撃（くらすけ）！　って（んで）言いたい（いいだい）けど、もう少し（んますこす）静かな（ちょどした）感じ（やんべえ）にできない（でげねえ）？」

　すぐに声を掛けてくれる愛美（あみ）ちゃんだけど、戦闘（せんとう）中で気が逸（そ）れているのか正直（しょうじき）聞き取りづらい。

「あ、愛美（あみ）ちゃん。また山形弁（方言）出てるよ。なんて言ってるかよく分（わ）かんないし……」

「……『ナイス足止（あしど）め！　って言いたいところだけど、もうちょっと落ち着いた感（かん）じで出来（でき）ない？』。って言ってる」

　左手に立つ黄土（おうど）色の衣装（いしょう）――ファイティングドレスを身に纏（まと）う愛美（あみ）ちゃんに対し、私（あたし）の右手側に立った小豆（あずき）色とアイボリーホワイトのファイティングドレスを着た同（おな）い年（どし）の魔法少女・柚杏（ゆあん）ちゃんがあまり抑揚（よくよう）の無い声で標準語（ひょうじゅんご）に訳（やく）してくれる。

　愛美（あみ）ちゃんがおとなしくて人懐（ひとなつ）っこいパピヨンだとすると、柚杏（ゆあん）ちゃんは無愛想（ぶあいそう）なエキゾチックみたいな感じで、学校とかで〈話しかけるなオーラ〉を振り撒（ま）いているような子だ。

「あ、ごめんねトモナちゃん。ほだなごど……そんなごどよりも、放っでおいだらせっがぐ倒（もっかえ）したディザイアーが逃げちゃうよ」

「へ、あっ、しまった」

　慌（あわ）てて指（ゆび）差された方を見ると、既（すで）に起き上がったディザイアーが私（あたし）達に向かって、グルルルルと唸（うな）っている。

　どうやら愛美（あみ）ちゃんが言ったように逃げるわけでもなく、まずは私（あたし）達を倒そうというつもりのようだ。

　時刻（じこく）は二十三時の夜中。普段ならまだ残業（ざんぎょう）帰りのサラリーマンやＯＬ、輸送トラックやら何かしらの車が往来（おうらい）している時間帯だけど、今は私（あたし）達とディザイアー以外（いがい）には猫の子（こ）一匹さえいない。事前（じぜん）に政府が避難勧告（かんこく）を出していたお陰（かげ）か、周（まわ）りの被害（ひがい）をあまり考えずに動ける。

　まあ国家（こっか）魔法少女である以上、最低限（さいていげん）の被害に抑（おさ）えることを求められているんだけど、そこは気にしたら負けだと思う。

　左手に持っていた杖を両手で構え直し、頭をやや低くして警戒（けいかい）態勢にいる犬型ディザイアーと向き合う。

「トモナ、さっきのはほぼ不意（ふい）打ちみたいなものだったから上手（うま）くいったけど、東（ひがし）東京の人達（ひとたち）が苦戦して取り逃がした程（ほど）のヤツだから気を付けて」

「うん、ダイジョーブ。なんとかなるよ。柚杏（ゆあん）ちゃんと愛美（あみ）ちゃんがいてくれるから」

「こんな（こだな）大変なごどさ簡単（がんだん）に言ってぐれるねぇ、トモナちゃんは」

「えへへぇ」

　苦笑いしながらも——柚杏（ゆあん）ちゃんは変わらず無表情（むひょうじょう）で——、それぞれ同じように構（かま）えてくれる二人。

「作戦（さくせん）は？」

　顔はディザイアーに向けたままで、柚杏（ゆあん）ちゃんがどこからか取り出した木の枝（えだ）の先を小さく回しながら問（と）いかけてくる。

「柚杏（ゆあん）ちゃんがズバァってやって、私（あたし）がドンドンやってる間に愛美（あみ）ちゃんがグワーってやって私（あたし）が続いてバーン！　ってやる」

「おｋ」

「えぇっ！？　ちょ待っ、私（おれ）は分（わ）がんね———」

　短（みじか）く答えた柚杏（ゆあん）ちゃんは、動（うご）き出す動作を全（まった）く見せず犬型ディザイアー目掛（めが）けて飛んでいく。それと同じドンピシャのタイミングでディザイアーも飛び出す。

　柚杏（ゆあん）ちゃんが木の枝を一振りすると、その先から黄緑（きみどり）色の水が現（あらわ）れて向かってくるディザイアーの目のようなところにぶつかり、更（さら）に二振りすると、一瞬怯（ひる）んだディザイアーの足元に黄緑色の水———柚杏（ゆあん）ちゃんの魔法で作り出されたオリーブオイルだ―――がまた撒（ま）かれる。

　それを踏んだディザイアーの前足（まえあし）は勢いを殺せずその巨体を再びアスファルトの上に転がせた。

　そこにすかさず私（あたし）が跳（と）び回りながら、杖を振りまいて右へ左へ魔力の弾（たま）を次々と撃（う）ち込んでいく。

「グギャゥッ………！」

「ああもう！　どう（どやんば）なっでも知（しゃ）ーねが！」

　叫ぶ愛美（あみ）ちゃんは、大きく足を開くと強く地面（じめん）を踏みしめて手に持っていた鍬（くわ）を頭の上で一回転させる。

　そして体（からだ）の前でアスファルトに突き立てた鍬（くわ）の柄（え）の先が光を帯びた途端（とたん）、私（あたし）と柚杏（ゆあん）ちゃんの体が一瞬（いっしゅん）だけ同じ光を灯（とも）した。

「ありがとう愛美（あみ）ちゃん！　力が湧（わ）いてきた」　

「……ぅぅぅぅゔゔゔ、ガアアア！！」

「う———ン」

　柚杏（ゆあん）ちゃんが木の枝を構え直し、私（あたし）もありったけの魔力（まりょく）を杖（つえ）に込めていく。と、その時、横倒（よこだお）しに転がされたディザイアーは低く呻（うめ）いたかと思うと、地面に寝そべったまま前足をアスファルトの上に叩き付けた。

　瞬間（しゅんかん）。

　文字通り、前足によって巻（ま）き起こされた微かな空気の振動に瞬（まばた）きしようとしたその間（あいだ）に、事は起きた。

　意識（いしき）することもなく閉じた瞼（まぶた）を開けたときには、視界（しかい）の端（はし）に立っていた柚杏（ゆあん）ちゃんが既に膝（ひざ）から崩（くず）れ落ちていっていた。

　力（ちから）なく開（ひら）かれた手からこぼれ落ちる木の枝（えだ）と一緒に、アスファルトの道路へなんの抵抗（ていこう）も無く倒れゆく。

「！？　ゆア―――」

　それを見て、倒れる柚杏（ゆあん）ちゃんの元へ駆（か）け寄（よ）ろうと足を一歩踏み出したけど、それが精一杯（せいいっぱい）だった。

　視界がぐらつく。

　視界（しかい）だけじゃない。体も。それらを支（ささ）えようとする意識さえもひどく揺（ゆ）さぶられる。

「——！？　っく……」

　体（からだ）が倒れそうになるのをなんとか踏（ふ）みとどまり、頭に手を当てる。

　違う。身体（からだ）が揺さぶられているんじゃなく、これは―――

「と、もなちゃん……！　気（き）を、し（す）っかり……！　これ、はた、だの、眠気……ディザイアー、の…………"欲圧（よくあつ）"、だ…………」