12 ~耀輝の少女~ KIKI



「そんな……まさか、今の一瞬で回復再生したの!?」


 リサ先輩が狼狽ろうばい気味にさけぶ。

 その動揺は、その場にる魔法少女達にもひろがっていく。


 ディザイアーは、どの個体も根本的な特性として、かくとなる深紅しんくのコアを破壊しない限りはその硬質こうしつな影の肉体を再生させ続ける。

 だけど、その再生速度は手作業で粘土ねんどり付けていくようなもので、倒しきれずに取り逃がして数十分の猶予ゆうよを与えでもしない限りは、戦闘中に回復させきることはまずありえない。

 ましてや、欠損けっそんした肉体の再生ともなれば数時間もののダメージのはずだ。


 終幕の糸口をいとも簡単に断ち切った大型ディザイアーは、「くぅぇっ、クゥェァッ」、とまるでわらっているかのように鳴きわめく。


 せきを切ったように、カラフルな魔法少女達と漆黒くろいディザイアーがお互いの身体を切り結び合いだす。

 傷を負った魚ガエル型ディザイアーが暗闇くらやみもやを出しては魔法少女がそれを叩くも、身にまとったもやが引きがされた次の瞬間には影の巨体は元に戻っている。


 それを眺めていた野良の少女が、ポツリと言う。


「どうやら、あのもやのような影は周囲を暗転させるものではなく、自己の回復のために発生させたもののようね」

野良のら、ちゃん」

正直しょうじき言って、あなた達くにいぬども稚拙ちせつな連携攻撃では回復とダメージを繰り返すだけのいたちごっこにしかならない。これじゃ、魔力切れで押し切られて負けるのがオチといったところかしら。私はそれでも別にかまわないのだけど。……けれど―――」


 綺麗な黒い髪を棚引たなびかせて、ほのかな衣装をまとう女の子が巨大な影の化け物からあたしに振り返る。


 一目ひとめ見れば見惚みほれてしまうくらいに美しいむらさき色の瞳で、あたしの眼を見つめて、


「あなたが人々の笑顔をまもりたいと言うように、私には私だけがまもり抜きたいものがある。あれをほうっておけば、いずれも危険に晒されるでしょう。———だから、あなたの魔力を増幅させているような力で………私に、手を貸してくれないかしら」


 見据みすえて、線が細く綺麗な白い手を差し出す。


 その手に一度視線しせんを落とし、むらさきの瞳を見据え返す。


「お願い。私に、私の大事なものをまもらせてください」

名前なまえ………、名前を教えてほしいな。あなたがあたしのことを名前で呼んでくれたように、あたしもあなたのことをちゃんと名前で呼びたい」

「はぁ……? なんでこんな時に―――」


 そう言いかけた黒髪くろかみに淡いだいだい色の少女は目線をらし、若干色の光にてられたようなあかい顔を返してくる。


「……あなた達国のいぬに名前を教えるつもりなんて毛頭もうとうない。本名を伝えるのなんて論外だし……。だから、だっ、だけどあなたになら……あなたがどうしてもと言うのなら、『ルナ』と、そう、呼んでくれてかまわないわ。ㇳ、トモナ」


 思わず笑みがこぼれる。


 今なら、どんな無茶でも出来そうだ。

 無性にそんな気がしてくる。


「うん! 一緒にまもろう! よろしくね、ルナちゃん!!」


 差し出された手を取り、横に並び立つ。

 右手で杖を握り締め、体中をめぐる熱い力を練り込んでいく。


「あ、でもあたしのこの光? をルナちゃんに集めたら、また世界中が真っ暗になっちゃうんじゃ……」

「恐らくそれはないわ。さっきあの魚型ディザイアーは再度暗転あんてんの——欲圧よくあつ? を展開しようとした。現在進行形でトモナの魔法があれと打ち消し合っているのなら、奴から影のもやは現れない、あるいは現れたとしても影と光がせめうような構図になるはず。だから、あなたの光が闇をはらった時点で奴の暗転あんてん欲圧よくあつは解除されきってるはずよ」

「そっか、だったら全力で、笑顔の限りに照らしてあげるね!」

「調整をミスして私の目晦めくらましになるのだけは勘弁かんべんしてちょうだいね」

「そんなこと―――、………わ、分かってる!」

「………」


 どこか不安そうな気配を感じた。

 すぅっ、と目をおよがせてから、仕切り直しのように右手で顔をパンパンとはたくと、色にともる玉を上に杖をかかげて、体から漏れ出る魔力もそれに込め入れる。


 ふと、隣を見る。

 そこには、大立ち回りを繰り広げる大型ディザイアーを視線に定める、あどけなさを残した少女の格好かっこうくも端麗たんれいな横顔があった。


 その視線の先に、あたしも顔を向けて杖を両手で掴む。


「多分、あんまり長い時間はたないと思う。いけそう?」

「大丈夫。もとより一撃で決めるつもりだから。すぐれた回復手段を持つ相手に、悠長ゆうちょうに回復の隙を与える気も、みにくい魂をながらえさせるもつもりも無いから」


 そう言い放つルナちゃんに目線を奪われそうになったその時ちょこん、と、また頭の上に何かが乗っかる感触が伝わる。


ときは満ちた。けい、小娘こむすめ!」

「言わずもがな! あなたの精霊、面白いわね―――」


 テリヤキの号令に、即座に言い返しただいだい色の少女はあたしをチラ、と見ると一目散いちもくさんに駆け出していく。

 それは丁度ちょうど双棍そうこんの魔法少女とくわの魔法少女が大型ディザイアーを大技で打ち上げたところだった。


「みんな! いっっっっくよ―――!!」


 叫び、ありったけのかがやきを杖の玉と全身からほとばしらせる。

 広く、大きく照らし出すのではなく、ここだけを、あたしの周り、目の前の友達の行く先を強くかがやかせるように。




「———凄い……。またあのディザイアーを投げ飛ばす程度の魔力をめるのにも三十分以上いじょう掛かるのを覚悟していたのに、あのの光を受け止めているとそれ以上の力が一瞬にして、ううん、どんどんと湧き上がってくる―――」




 あたしの叫び声に気付いた国家魔法少女こっかまほうしょうじょ達は、猛然もうぜんと駆け寄ってくる野良のらの少女を見ておおよそをさっしたのか各々が瞬時に行動に出た。


 ある者は浮き上がったディザイアーに繰り出そうとしていた攻撃の手を止め、ある者は他の魔法少女をサポートしようとしていた手段をディザイアーの拘束こうそくに回し、ある者は大技を出したばかりで動けない二人の魔法少女を野良の魔法少女の進路から引っ張り出し、ある者は普段自身に掛けている強化詠唱きょうかえいしょうを野良の少女にほどこす。


「「「「「「「「「「いっっっっっっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!」」」」」」」」」」


 半壊した体育館の壁際かべぎわにいつの間にか集まっていた生徒や教師達が、声の限りに叫ぶ。


「——————っ、はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 一際ひときわ強く光る景色の中、思いっ切り地面を蹴った煌々こうこうだいだい色に耀かがやく魔法少女は左拳ひだりこぶしを大きく振りかぶり、眼前がんぜんに迫る、拘束からのがれようと盛大に藻掻もがく巨大な影の怪物目掛めがけて一直線に飛び込んでいく。


「いけ、ルナちゃん!!!」

「———クタバレぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええ!!!!」


 さっきまでの口調くちょうからは微塵みじんも想像できないような雄叫おたびを上げて、だいだい色に光り耀かがやく拳は離れたここまで振動が届く程に空気をさきやぶり、大型ディザイアーの顔面へ猛烈もうれつに叩き込まれた。


 特大の一撃を見舞みまった魚のような化け物は一瞬の抵抗を見せるも、すぐにメリメリとその拳をめり込ませていく。

 「くぇっ、きぃやぁぁぁぁぁっぁっぁっぁっぁ!」、と苦痛にわめき叫ぶが、それはあっという間に断末魔だんまつまへと変えられる。


 かたい影でできた巨体を次々に弾け飛ばしていくだいだい色の拳は、ついにその肉体を全てかなぐり捨て、今まで見たこともないくらいに大きく、誰の記憶にもない程禍々まがまがしく赤黒あかぐろい光を内に秘めた宝石のような巨石きょせきとらえた。


 そしてそれはみなみの空に浮かぶ、夕日に照らされた月と重なったところでひびを生み出し、次々と広がりを見せた先にパアアアアアアアアアアアアン!!!!!!! と激しく砕け散っていった。

 それにともない、ルナちゃんの拳に散らかされた漆黒の肉片は呼応するように破裂はれつしていき、そっと風にけ去っていく。


「…………終わ、った……?」


 短くもとても長い時間、静まり返っていたように感じ、だいだい色の少女が飛びきって住宅街に一つ頭の出たマンションへ下り立つ。


 その時、最初に口を開いたのはリサ先輩だった。

 そして、それは次々と周りに伝播でんぱしていく。


「———勝った!」

「「勝ったんだ!!!」」


 続いて体育館の中から様子を見ていた生徒達が次第に喚起を上げていき、全てが終わったと実感せしめた国家魔法少女達が近くの者同士で抱き合い勝利に打ち震えだしていく。


 それらに釣られて、あたしまぶたに涙を浮かべて肩を震わせたところでマンションに下りたルナちゃんを見遣みやる。

 ルナちゃんは背中を見せたまま顔だけでこちらをうかがい見ると、あたしだけが分かるような位置で疲れたように手を小さく振ってマンションの陰の向こうに立ち去っていってしまった。

 立ち去るその前、顔を戻すその寸前に、口元がパクパクと動いていたようにも見えたけど、多分気のせいだろう。

 見えたとしても、ここからじゃ詳細しょうさいつかめない。


灯成ともな!」


 ルナちゃんを思って涙ながらほほ笑んだその時、体育館の人垣ひとがきの中から女の子が勢いよく飛び掛かってきた。

 ふらつく足はその衝撃を受け止めきれず、数歩すうほよろめいてつまづいた瓦礫に尻もちを着く。

 そこで襲撃者の顔を見てみると、それは涙で顔をらした小鞠こまりちゃんのものだった。


「こ、小鞠こまりち―――」

灯成ともな。ごめん! ごめん灯成ともな! あの時、灯成ともなに聞こえてたのか分からないけど、大塚おおつか君に灯成ともなの悪口を言われて、なんでか言葉に詰まって何も言い返せなくなって……。確かに、大塚おおつか君の言ったことに思わないことがなかったわけじゃない。だけど………だけど、私が灯成ともなといつも一緒にいるのは、あんたがすり寄ってくるとかそんなんじゃなくて―――」


 あたしのボロボロの身体を強く、それでも、いたわるように優しく抱きしめる小柄なその少女は、大粒おおつぶの涙をまぶたいっぱいにこぼしながら、そのうるんだ目であたしの瞳を見つめてくる。


「私は、灯成ともなの笑顔が好きだから。いつもどんなことがあっても、くじけずに私の大好きな素敵な笑顔を見せてくれるから、一緒にいるの……! あんたはいつも、ドジばっかり踏んで皆に迷惑かけてるのかもしれないけど、私がそのたびに助けようとするのは、あんたの、灯成ともなの笑顔を見るためだから。だから………私は迷惑だなんて思ってない。あんたが、助ける度に『ありがとう』って、笑いかけてくれるのがたまらなく嬉しいの! だから、死なないで! だから、だから…………」

「大丈夫だよ。小鞠こまりちゃん。大塚おおつか君達が言ってたこと、あたし聞こえてた。でもね、それは大塚おおつか君達が不安だったから。あふれて止まらない怖さが行き場を失くして言葉として出てただけなんだって。だから、その不安をき消すために、悲しい顔を笑顔にするために、あたしは戦ってるんだよ」


 衣装や体と同じようにボロボロになった腕で強引に涙をぬぐいきって、目の前の親友に、今あたしが出来る精一杯せいいっぱいの笑顔で答える。


「ほら笑って。あたし忽滑谷ぬかりや灯成ともな。笑顔が大好きな中学三年生の女の子! 私の笑顔のみなもとは、小鞠こまりちゃんの笑顔なんだよ。……あの時、あたしかばってくれて、すごく嬉しかった。小鞠こまりちゃん、ありがとう!!」

「と………灯成ともな。——————うん! どういたしまして!!」


 あたしの目の前に、かつて見た世界で一番大好きだった笑顔にそっくりな、最高の笑顔が花開はなひらく。


 そのかたわらに、小さく口角を上げる女性科学教師が立って、倒れたあたし達を引き起こしてくれた。



 やがて辺りは夕焼けに包まれ、世界を巻き込んだ一大事件の起こった日は、夜のとばりと共にまくを閉じたのだった。








『ありがとう……トモナ』


 第一章 - 覚醒         完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る