11 ~晴暗の少女~ SEIAN




「大好きな笑顔をともしてあげたい、そんなわがままな欲望よくぼうかなえるために、あたしは魔法少女になったんだよ」


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 あたしの右肩を掴み抱いていたリサ先輩が、一歩よろめき後退あとずさる。


 野良ちゃんの小柄こがらな体しにこちらを見る大きな魚眼の瞳が、感情のちらつくようにわずかかに揺れた。


「トモナ……アンタ、その体……!」

「ギェぇッ!」

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 野良ちゃんに体当たりを打ちえていた魚ガエル型ディザイアーは、ひるんだように一鳴きすると、再び世界をやみざそうとする。

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「させない! みんなを不安にさせるものは、あたしが討ちはらう!!!」

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 それに対しあたしは、火色の光を灯すあか色の杖を両の手で握りしめ、目の前の、欲望よくぼうみにくゆがませた怪物を強く、しっかりと両目で見据え、杖と同じあかく燃え上がる衣装に魔力を宿す。

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「みんなの笑顔は、あたしまもり通す!!!」


 魚ガエル型ディザイアーがさらひろげようとふくんだ闇を、燃え上がる炎のような光で照らし出す。


 は学校だけに留まらず、東京に、関東に、日本中に、海に、空に、大地に、まるで早送りの皆既月食かいきげっしょく日食にっしょくの映像のように、黒く染まった地球をあかく、あおく、あおく照らしていく。


 そして朝だったところには朝を。

 お昼だったところにはお昼を。

 夕方だったところには夕方を。

 夜だったところには夜を。

 街灯がいとうや照明の照らす街には街明かりを。

 街明かりのない夜には星空を。


 取り戻させていく。

 光は光を呼び、暗闇は夜闇よやみに戻る。


あたしの魔法はみんなを笑顔にする魔法。そうだよね、テリヤキ」

かれ! 小娘ども! この好機こうきのがすな!!」


 いつからそこに居たのか、あたしの頭の上に座る魔力体の大柄な猫は、前足を突き出しときの声を高々と上げる。


「っ! 言われなくても! ——『ともすは火の光。らすはやいば! 打ちはらえ!!』白銀しろがね一閃いっせん山吹やまぶきまい!!」


 目にも止まらない速さで純白じゅんぱくの少女と大型ディザイアーのふところに潜り込んだ白銀しろがねの勇者は、山吹やまぶき花弁はなびらたずさえて巨大な影の体を薙ぎ払った。

 ズワンッ! と純白の少女から巨影の獣を引きがした花弁は、そのままの勢いでそれを吹き飛ばす。


「うはっ、なーにこれ。こんなバカげた一撃いちげき、初めてはなったよ」


 剣を握りしめ振り切った姿勢で、白銀と山吹色の少女は自身の撃ち込んだその馬鹿げた斬撃に驚きをあらわにする。


 くだんの大型ディザイアーはその凶悪なきばを数本くし、横たわったままくるったように奇声きせいを上げる。


「ギッ、クェ、くげぁっぁぁぁぁあああ―――——あっ!?」


 そのよこぱらを貫くは二本のこん


 そこへ更に黄緑きみどり色の水が降りかかる。


「やっと追いついた! 急に暗くなったかと思ったら今度は何よ。急に力があふれてくんだけど」

灯成ともな、生きてる?」


 大型ディザイアーと道路をはさんだその向こう、アパートの屋根に立つのはレモン色と、小豆あずき色にアイボリーホワイトの二つの人影。

 そしてその上、


体中からだじゅうーが燃えたぎるぅ!! しぇいあー!!」


 ちゅうを舞う青銅せいどう色の人影が手に持つ円盤えんばんかかげる。

 すると、数十もの円盤がどこからともなく現れるとそれを通して光が集束し、その光は一点に大型ディザイアーを捉える。


 それによって、黒い巨体はまたたに炎に包まれていく。



檸衣奈れいなさん、柚杏ゆあんちゃん!」

鏡子かがみこまで!」


 思わぬ追援ついえんに、歓喜の声を上げるあたしとリサ先輩。


何人なんにんか腰が抜けたりちびったりして置いてきたけど、なんかよく分からんが大丈夫そうだな」

「……魚は、オリーブオイルで焼き上げるにかぎる」

「くぎッ————ィヤリぇぇぇぇぇえぇぇええええ!!」


 柚杏ゆあんちゃんのセリフにあらがってか、じたばたと藻掻もがいていたかと思うと、魚ガエル型の大型ディザイアーは炎を振り払って一際ひときわ大きく跳ね上がった。


 とそこへ、火の光に輝く一挺いっちょうくわが飛来し、巨体に見合う過大な尾ビレを付け根から強引にいていく。


急いでわらわらだけんど、遅ぐなっで悪いおしょーしだ! んだなけおれ頑張ぎんばるっぺな!」


 かがやいているように見えたくわ重々おもおもしくもたのもしい黄土おうど色で、それと同じ色の衣装を身にまとった少女は半分以上聞き取りにくい山形やまがた弁で高らかに叫ぶと、両手に握る得物えものを振り切る。


愛美あみちゃん! 昨日東北とうほくに帰ったばかりなのに来てくれたの!?」

愛美あみは世話焼きだからねぇ………。それにしても、さっきまではかすきず一つわせるのにも総力戦だったのに………。これがトモナの―――」


 リサ先輩がそうひとちるのと同時に、大型ディザイアーは耳障りな発狂を叫喚きょうかんさせてまたも闇を振りこうとする。


 それを見て、あたしはすかさず杖を振り向ける。


「———! させない!! はぁあ!!」


 気合と共に杖の玉に魔力を練り込み、さんさんきらめく光を放射状に放つ。

 暗黒のもやのようなものがディザイアーを包み込みきったところで、光の波は空中に浮いたままのその巨影を暗黒ごと炯々けいけい爛々らんらんと打ち抜く。


 だけど、巨体をおおっていたもやが晴らされた大型ディザイアーは、過ぎ去った光の下に衝撃の光景をさらし出した。


「う……ウソ。まさか……」


 ズウンンンッッ!! とグラウンドを揺らして着地したディザイアーの体は、つるりとした大きいひたいに、ずらりと並ぶ凶悪なきば、丸々としたお腹に、雄々おおしい尾ビレを携えていた。



「そんな……まさか、今の一瞬で回復再生したの!?」



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