10 ~灯笑の少女~ TOUSHOU




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 リサ先輩が繋げる通信端末の向こう側から、世界中の人々の不安の声がれ聞こえてくる。

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 端末の通信を切り、無明むみょうの闇に向けてリサ先輩は白銀しろがねの剣をかまえ直す。

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「だめ。どこの国もここと同じで視覚情報がほぼほぼ遮断しゃだんされてるみたい。照明設備の光はなんとか見えるけど、どれもかすかに光ってるのがようやく分かる程度な上、光源から一定の距離内きょりないしか光量をたもててない。今は近くにいる私達三人は、トモナの杖の発光のおかげでなんとかお互いのシルエットがギリギリ確認できるくらいだけど、一歩でも離れたらすぐ見失みうしなうわね。これは」

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 あたしがいつも魔力を放つとき、手に握るあか色の杖は先端の玉を基点に赤く光をまとう。

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 さかなガエル型ディザイアーの狂襲きょうしゅうに対して咄嗟とっさ身構みがまえた時に魔力を練り込んだらしく、それに気付いたリサ先輩の機転で魔力を込め続けているのだ。

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 とはいえこの暗闇をどうにかできない以上、なけなしの魔力を消費し続けることになる。

 そうなれば、魔力切れで戦えないのはおろか、反撃の糸口をさぐるのも更に難しくなるだろう。

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「これ………やっぱりあの大型ディザイアーの欲圧なのかしら………。だとしたら、いったいどんな欲からこんな大層な現象を———」

「《欲圧よくあつ》………? なに、それ……」

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 リサ先輩のひとごとのような呟きに、いぶかしげな雰囲気をまとったもう一つのシルエットが顔を向きを変える。

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「え……? あ、アンタ、欲圧のこと知らないの? 本気で言ってる? 欲圧よくあつっていうのは、欲望のゆがみをもとに生まれたディザイアーの固有攻撃の事よ。野良とはいえ、魔法少女として戦ってきたなら知ってるでしょ?」

「あなた達の常識を押し付けないでくれるかしら。いぬ共が相手をしている奴が妙な攻撃を繰り出しているのは一度か二度見たことはあるけれど、私が戦った奴らはそんな素振すぶりを見せる前に全て、ほうむり去ったわ」

「んなっ………」

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 あたしの右隣に立つリサ先輩が大口を開けて絶句しているのが、見えずながらも分かった。

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「……………ち、ちなみに、アンタ今までどんくらいのディザイアーを倒してきたわけ?」

「はい? 今それは関係のないことでしょう。…………私が、とどめを刺した奴だけなら、だいたい四体くらいかしら……」

「よ、ん………!」

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 多い。

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 出現頻度ひんどが高いこの東京・首都圏でも、ひと月に一、二体。多い時でも三、四体といったところだ。

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 その上、対ディザイアー戦は三人から四、五人で相手をするのが基本。ベテラン同士でようやく、二人だけで戦ったりする。

 今はなしに出た欲圧に対応するためでもあるけど、大前提として一人で戦って容易よういに勝てる相手じゃないからだ。

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 それなのに、彼女がいつから魔法少女として戦ってきたのかは分からないけど、一人———野良の魔法少女としてずっと国の運営する魔法少女組合にぞくせずにいたのならおそらく―――で倒してきたとするにはかなり多い数だ。

 そしてそれが誇張こちょうされた数じゃないということは、彼女とのこの少ないやり取りでも十分に分かった。

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 多分、リサ先輩も同じだ。

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「す……凄い、ね。あたしでも、自分で倒したって言えるのはこの十ヵ月ちょっとで二体くらいなのに……。それも、他の皆と協力してで……」

「それはあなた達いぬ共の戦い方が非効率きわまりないモノばかりだからよ」

「っ……」

「(そんなだから、私が魔法少女になる羽目はめになったのよ)」

「……?」

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 リサ先輩が今にも噛み付きそうな様子で息を漏らす。

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 胸の内が熱い。

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 野良の少女の苦言くげんは、実際に助けられたことのある事実からもあたしの胸に強く響いた。

 すぐ後に彼女が何かつぶやいたかのように思えたけど気のせいだろうか。

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 その時、グラウンドの真ん中の辺りから「くぁ、ぁっぁっぁっぁぁぁ……」、という何かのうなり声が聞こえてくる。

 野良の少女とリサ先輩が反射的に声の方に視線をうつすように頭を振る。

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「…………………ともかく、この暗闇の要因よういんがその欲圧だとかいうものにあるのなら、あなた達がなんとかしなさい。それに……私はしばらくあんな力技ちからわざをするつもりもないから、ここにいる人たちを守るのなら自分たちでどうにかすることね」

「———っ」

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 言われて、さっきまで小鞠こまりちゃんや叶恵かなえ先生達が居た辺りを振り返る。

 気が動転して気付かなかったけど、意識を傾ければさっきから、憂慮ゆうりょの声が時々聞こえてきていた。

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「チクショウ―――何にも見えねぇ。どうなってんだこれ……」

「怖い………。なんなのよ……もうっ」

「あいつら魔法少女が来てからロクなことになってねえ。なんとかしてくれよ、まったく」

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 胸が痛い。

 さっきから熱い体の内で、胸がズキン、と痛む。

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 ざわざわと不安と不満がわだかまるその中で、聞き覚えのある声が毒づいているのも耳に入ってきた。

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「クソが! あの落ちてきた魔法少女、絶対忽滑谷ぬかりやのヤロウだ。あいつはいつも今回みたいに面倒に巻き込んできやがる。……はた迷惑めいわくもいいところだ」

「ちょ、大塚おおつか君! そんな言いぐさないでしょ! あの子だって命けで戦ってる。灯成ともなじゃなかったとしても、私達のために戦ってくれてるのに!」

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「! しまった。ともなアンタ、認識阻害にんしきそがい魔法の常時じょうじ展開すらもできないのに、あいつらに姿を見せたの!? マズいでしょ!」

「えっ、あ……うん、り、行きで……」

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 大塚おおつか君達の言い合いがリサ先輩にも聞こえたのか、焦った様子で詰め寄ってくる。

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 なおも、聞こえる。

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「———命懸いのちがけも何も、俺達がいつあいつに守れって言ったよ。魔法少女になったのはあいつの勝手だろ」

大塚おおつか! 口が過ぎるぞ。お前のわるい所だ」

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 身体が更に熱くなる。

 ついでとでもいうように、目頭めがしらも熱を帯びはじめる。

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 暗闇の向こうで、痛みをこらえるようなハスキーボイスのぬしが、割って入るように口を挟む。

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「だってそうだろ。魔法少女になったんなら俺ら無力な一般人を守るのは当たり前。危険にさらしてる時点で魔法少女失格! 俺らの税金を受け取ってるくせにおかしいじゃねぇか。何が命懸けだよ。あいつは普段から周りに迷惑り撒いてるんだから、それくらいやって当然だろうが!」

「……っ。大塚おおつか、君……! あんたって人は」

「お前だってそうだろ。いつも忽滑谷ぬかりやにすり寄られて、はた迷惑だと思ってるから邪険にあつかってんだろ」

「そっ……、そんなこと………」

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「っ!」

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 熱い。

 あたしの右肩を掴むリサ先輩の手に力が込められる。

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 その時「クェァァァアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁああぁぁっぁっぁっぁっぁっぁぁ!!」、と肌に響く耳障りな叫び声が地ならしの轟音ごうおんともなって近付いてくる。

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 前方で、「ふん」、と鼻で嘲笑わらう音がした。

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「国の狗に成り下がって、化け物共に命をさらして戦って、凡庸ぼんようを捨て去って。その結果るものが、税金の些細ささいな分け前と、守ってやっているはずの愚昧ぐまい俗衆ぞくしゅうからの罵詈雑言ばりぞうごん。……さっさと見限みかぎればいいのに」

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 ズダンズダン、と徐々に大きくなる地ならしが右に左にと揺れ動く。

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「勝手なことばかりを言うんじゃない!」

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「———っ」

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 半壊した体育館に、叶恵かなえ先生の、静かながらもよく通る声が響いた。

 知らず知らずのうちに下げていた頭をはっ、として上げ直した瞬間に、すぐ近くを一層したたかに打ち鳴らす轟音。

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「っッ!?!? ———きゃぁっ―――――――」

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 数メートル先の、かすかに白い衣装の面影を見せるシルエットが何かを感じ取ったのか身構える体をより強張こわばらせたかと思うと、音だけでも辺りの瓦礫がれきを吹き飛ばしたと分かるとてつもない衝撃がいきなり襲い掛かった。

 離れていたはずの純白じゅんぱくの体が目の前にせまる。

 大型ディザイアーがこの一寸先も見えない暗闇の中、寸分すんぷんたがわずにあたし達を襲撃したのだ。

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「……く―――――――ぅっ!」

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『ほら笑って』




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「……違うよ」

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 体が、熱くなる。

 不思議な感覚だった。今まさに襲ってきている脅威きょういが恐怖となって体の芯を冷やしていくのと同時に、

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「………しんに恐れを持っているのは彼女達の方だ!! 私達がいだいている恐れなど、死と隣り合わせの地獄に身を置いている魔法少女達に比べれば些末さまつなものだ!」

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 すすまみれてが叫ぶ。

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 ふつふつとき出す感情がそれ以上に身体を熱くえたぎらせていく。

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「違うよ、野良のらちゃん」

「———っ………、! なん、で、笑ってるの? ———くっ………。なんで、あんな、に言われて……なんで、笑っていられる、の……?  さっき階段のところでも、あんなに、みっともない姿を、さらけ出させられて―――――――!」

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 いつの間にか野良ちゃんの、将来は美人びじんさんになりそうな、そんな綺麗な顔が、あたしを見つめ返していた。

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 更に体中が熱くなる。

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あたしが笑うのは、『どんな悲しいことも怖いことも。たとえ何があったとしても、笑っていれば、その笑顔が私に力をくれるから』」

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 夢の中のあの人の言葉を思い出すたびに、体が熱くなっていく。

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 温かい。

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 温かい魔力が、熱く火照ほてった体中にみなぎってくるのを強く感じる。

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「———私達わたしたちが彼女達にびせるべきなのは、罵声ばせいなどではなく、その無力な私達の代わりに頑張ってくれという、生きて勝ちほこってくれという、この闇に負けないくらいの希望の光だ!!!」




「あのね、野良ちゃん。あたしが魔法少女になったのは、皆を笑顔えがおにするため。怖くて、苦しくてつらくて、泣いちゃったり怒っちゃったりする皆の悲しい顔を、あたしの大好きな笑顔をともしてあげたい、照らしてあげたい、っていう、そんなわがままな欲望よくぼうかなえるために、あたしは魔法少女になったんだよ」


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