4 ~机涎の少女~ KISEN



「灯成」



 暗闇の中で誰かが、あたしの名前を呼んでいる気がする。


灯成ともな!」


 また、呼ばれた。なぜかほほがジンジンする。


「起きて、灯成ともなってば」


 まぶたを開けてみる。

 すると光が差し込んできて、そのまぶしさに思わず一度閉じてもう一度まぶたを開ける。


 暗かったのは眼を閉じていたからだったみたいだ。


「とも―――」


 なおもあたしの名前を呼ぼうとする声は、そこで切れた。


 如何いかがしたかと声を探る耳がとらえたのは、コツ、という硬いものを踏みしめる音。


「中学最終年度前期の試験範囲しけんはんいを先にすべて発表してやってるというのに、えらく余裕そうだな忽滑谷ぬかりや灯成ともな。随分と夢を見ていたみたいだが、昼休みに腹はたされなかったのか?」


 一年生の頃から聞き馴染なじんだハスキーボイスが、あたしの目の前に立つ。

 机に横たわる頭をそのままに、開ききった視界を90度うえに上げる。

 そこには、黒いすすいたる所にこびり付いた白衣はくいを着こなす科学の担当教師、御陵みささぎ叶恵かなえ先生があたしを見下ろしていた。

 目が覚めたばかりの脳でもれしてしまう声の主はこの人だ。


「おはよう忽滑谷ぬかりや。寝起きのところ悪いんだが、私がいま説明したばかりの前期最終試験の範囲を読み上げてもらおうか」

「は、はひっ!」


 静かな口調なのになぜか張りのある声に、慌てて机のあとよだれがべったりとほっぺたに付いた顔を制服の袖でごしごしときながら立ち上がったあたしは、手に持った教科書と格闘すること数十秒。

 ちらっ、と叶恵かなえ先生の様子をのぞき見る。


「——はぁ。聞いてなかったなら聞いてなかったでかまわないから、素直に聞き直しなさい」


 あきれたようにため息をくと、叶恵かなえ先生は教科書を片手に教壇きょうだんへ戻っていく。


「他にもつくえと恋人になっていたヤツが何人なんにんかいるみたいだからもう一度言うぞ。前期最終試験の出題範囲は生物せいぶつ地学ちがく。生物は中間試験の続きみたいなものだが、地学はおもに太陽や月などの天文系の内容を出すから、中間試験のさまたげにならない範囲で予習しておけ」


 先生が言い終わるのと同時に、タイミング良くチャイムが鳴る。

 それが鳴り終わるのを待ってから、叶恵かなえ先生は号令を当番にかけさせて今日最後の授業は終わった。




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