36 ~決断の少女~ KETSUDAN



「うぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!」



 魔法少女達の魔力を吸収し、物理ぶつり攻撃も魔法まほう攻撃も無力化させる前代未聞の『欲圧よくあつ』を放つ――いや、吸い上げる人型のディザイアーに、しずくあとを目尻に残した色の魔法少女は雄叫おたけびを上げていさみかかる。

 彼女が振りかぶる同じく色の杖には、に燃える灼熱しゃくねつほのお

 先程さきほどまで立っていた商社ビルの屋上をり飛び、かげの怪物の吸気に身をおどらせ宙を舞うその姿は、さながら名古屋の街に突如とつじょ現れた希望の太陽のようだった。

 私も遅ればせながら、色の魔法少女・トモナに続いて荒れ狂う空中へこの身をさらけ出す。

 全ては活路を開くため。

 大切なあの人達を、トモナの覚悟を、守るために。






―――――――――――――



 ちからが欲しいか。小娘こむすめ


 あまりにもつきみなセリフだったため、トモナは反応するのに少しいてしまった。


「……え?」

「この状況を打破だはするために、ちからが欲しいかとうておる」


 飛ばされないようトモナの頭につめを立ててしがみ付く、彼女と契約する魔法精霊獣まほうせいれいじゅうテリヤキは、尻尾しっぽをパシッ、と打ち鳴らし、もう一度い掛ける。


「そ、そりゃあ力を貰えるなら欲しいけど、なんでそんなあらたまった言い方なの?」

「貴様らが大仰おおぎょうけ合いをしておったからその雰囲気ふんいきに合わせてやったまでだ」

「わざわざ合わさなくていいよ!? あたしも内心ちょっとさっきの空気にってたとこあるけど!!」


 ふん。と鼻息はないきを吹き鳴らしそう言う大柄おおがらな魔法猫に、トモナはうったえ叫ぶ。

 私も思うところがあるので、一つこの魔法猫をおどしてみる。


「なかなかノリの良い猫ね。ついでにこの風にも乗ってみるかしら」

「貴様ワタシを殺す気か小娘こむすめ! ただでさえ吸い込まれやすい魔力体まりょくたいであるに、そのようなことをすれば冗談じょうだん抜きで消し飛ぶわ!!」

「それを回避するのに、という話でしょう。どうすればトモナにちからを与えられるのかしら」

「ぐ、ぬ……まあ、よかろう」


 ちゃ色の魔法精霊獣は、仕切り直すように咳払せきばらいをすると、眼下がんかよくの怪物を見据みすえる。


「……あの化物けものは、偶然か必然か、この場にるどの者にも対抗しることは出来ぬわざを身に着けよった。半端はんぱな攻撃では届く前にき消され、届きる攻撃を仕掛けようとすれば、それを構築する前に魔力を吸われ瓦解がかいさせられる」

「それは全員理解しているわ。要点ようてんを言いなさい要点を」

「ええい、気の早い小娘め。物事ものごとには順序じゅんじょというものがある。それを踏まえずに事を起こせば、時におのれいに責めてしまう。それを言うておるのだ」


 色の国家魔法少女の頭をぱしぱしと尻尾で叩きながら、猫は言う。対する赤髪あかがみの彼女は、さもあらんといった表情でそれを無言で受け止めていた。

 テリヤキはトモナのひたい肉球にくきゅうでぱんぱん叩いて先を続ける。


「まったくこれだからっぱというものは。よいか、あれをどうこうできる力を、おぬしら小娘共は持ち合わせておらん。………だがトモナ。貴様だけは別だ」

「あ、あたし………?」


 唐突とうとつに指名されたトモナは、頓狂とんきょうな声を上げた。

 話の流れからすれば、別段べつだん、驚くようなものでもないが、この所々けている国家魔法少女はその辺りはあまり考えていないのだろう。


「そうだ。小娘こむすめ。貴様は他の魔法少女とは違う、稀有けう規格外きかくがいな要素を持っておる」

「け、けう?」

稀有けうで規格外……まだその全容は見ていないけれど、異常いじょうに高いというトモナの魔力量のことかしら」

「ああ」


 私の簡単な推測に、こげちゃ色の大柄猫は短く肯定する。


「この阿呆あほうの小娘は、この場にる全ての魔法使いの魔力をたばねたものすらもかすむ程の、ワタシから見ても馬鹿ばかげた魔力をゆうしておる」

「え? で、でも相手は魔力そのものを吸い取っちゃうやつだよ? そもそも魔力を使った攻撃はかないんじゃ……」

「そこはたがい無い。いくら大海たいかいごとき魔力をはなとうとも、魔力そのものであれば無駄であろう。先にもうたとおり、半端なちから悠長ゆうちょうな攻撃でも、あの化物けものには無意味、無力だ。ならば、半端ではなく、かつ膨大ぼうだいな威力をめた一撃を見舞みまえばい」

「その早くて半端ではない一撃とやら。私の攻撃では、りないというの?」


 彼(?)―――声質からしてそう考える―――のくセリフに、言外げんがいに戦力外通告を受けていることを問い掛ける。かれ自身知らなくはないであろう、私の攻撃は、瞬発力と破壊力におもきを置いたものだ。トモナとは対称的たいしょうてきな魔力量の私には、必須ひっすだった要素ようそ。それを否定ひていされた気がして、無意識に声に出していた。答えは私自身、分かりきっていることだとしても。


かがやきの小娘。貴様のこぶしも、悪くはない。だが、この阿呆あほうの小娘も言っておったように、貴様の素手すででのわざはあれとは相性が悪い。恐らく攻撃自体がとどきはすれど、相打あいうちとも言えぬ痛手いたでを受けるだろう。その上その後が無い」


 その通りだ。

 本当は、トモナにさとされるまでもなく、理解していた。

 自分の無力さを。

 そして、その無力さを、ここにいる魔法少女全員の不甲斐無ふがいなさを、まかなえる力を、彼女が持つという。

 私の守るべきものを、今はトモナにたくすしかなかった。


「………そのとおりね。私の認識と、相違そういないわ。けれど、トモナはいま魔法を使えない。そこでさっきの話の続き、というわけね」

「うむ。あの広大なわざであれば、何のうれいもないが、まあ無理むりだろう」

無理むりね」

あつかざつくない!? 確かに一度使えた魔法のかた忘れたあたしも悪いけど!!」

「気長にもう一度発現させられるまで気張るのも良いが、それを待ってくれる化物けものでもなかろう」


 色の国家魔法少女の反発を無視してテリヤキは続ける。

 その時、乙女おとめ頭皮とうひで抵抗する魔法精霊獣のセリフに答えるかのように、怪物の展開てんかいする吸気きゅうきの嵐がその激しさを一層きびしくさせた。

 トモナや、他の国家魔法少女達から吸い上げた魔力で強化しているのだ。


「く……っ。まったく、気の短い奴め。最後くらい、もう少し言葉をわさせてくれても良いものを―――」

「え? 最後って………」


 トモナの言葉も待たず、焦げ茶色の魔法猫はひょい、と彼女の頭を飛び降りた。


「ちょっ、テリヤ―――」


 しかし、身を投げたテリヤキは、影の怪物に吸い込まれることなく、まとってその場に浮かびとどまっている。


「……キ?」

「ふん。毎度まいど毎度、りぬ小娘だ。その愚昧ぐまいな呼び名はどうにかせいと言っておろうに」

「て、テリや―――」

「レオだ」


 トモナの声にかぶせて、宙に浮かぶ大柄な魔法まほうねこは言う。


「ワタシの真名まなだ。大事な名であるゆえ今一度いまいちどしか言わぬぞ。ほのお魔法の精霊獣レオ。それが、ワタシの真名まなだ」

「へ―――? な、なんでそれを今? 名前なんてどうでもいいじゃない」

「大切なことだ。魔法をあつかう上で、せいするということは重要な意味を持つ。魔法の発動に名を上げれば、そこに強烈きょうれつな思念、思いが込められる。いか。小娘。今この場で、あの化物と対峙することがかなう要素を持っておるのは貴様だけだ。だが、それにはちからが足りぬ。貴様の魔法が再び現れるのを悠長ゆうちょうに待っている余裕はない」

「ま、待って――」

「ならばワタシが! 小娘こむすめ貴様きさまの魔法として機能すればい」

「………っ」


 彼がトモナに声を掛け、状況を整理できた時点で、おおよそはさっしが付いていた。だが、それが意味するところに行き着いてしまうと、どうしても私が内容を口に出すことは出来なかった。

 トモナは、あまり頭が良いと言えはしないだろう。だが、かんは悪いものでもない。

 色の衣装に身を包む少女は、そのまぶたしずくを浮かべる。


「待って……ど、どういう、こと」

「小娘。ワタシを吸収きゅうしゅうするのだ。貴様がのぞみ、ワタシが許諾きょだくすれば。あるいは、ワタシがのぞみ、貴様がゆるせば、それは成立する。ワタシが貴様の魔法の行使を、補助ほじょするのだ」


 そこで、ちゃ色の魔法精霊獣まほうせいれいじゅうは一度言葉ことばを切る。

 それが可能であれば、たしかにトモナは確実に強くなるだろう。けれど、そんなことが出来るのであれば、もっと早くにそれをすることができたはずだ。しかし、それは―――。


「だが、一度魔法少女と魔法精霊獣が融合ゆうごうすれば、離解りかい困難こんなんきわめる。どちらか片方のたましいを犠牲にすれば、話は別だがな。貴様の魔力にまぎれる事と、体内にざる事は、なる」

「待って……テリヤキ―――」

「ヤツは先日のさかな畜生ちくしょうとは訳が違うッッ」


 赤茶あかちゃ色の瞳の下、薄紅うすべに色のほほに、しずくこぼれる。


「でも………そんな、てりやきが………」

「ふん。あんずるな。ワタシはなくなるわけではない。言葉はわせぬが、小娘、貴様の中に、トモナの中に、ずっとる」


 その鼻息は、今までとは違う、おだやかなものだった。

 そして、焦げ茶色の毛並みに浮かぶ、小さなピンク色の鼻は強く息を吸い込む。


「選べ小娘!! 事態にもう余地よちはない! ワタシは、すぐにでもヤツに吸い込まれるだろうぞ。貴様がこばみ、この厄災やくさい化物けものを世にはなつか。ワタシをその身に宿やどし、ヤツの土俵どひょうを踏みえるか!! 二つに一つだ!!」

「ッッッ――――――――――!!!」



 答えは、決められていた。

 いや、うしなうのか、触れられなくなるのか。それを突き付けられれば、人は誰だって迷いのすえは同じだろう。


 先程さきほどの私と同じように、彼女は右手で顔を強くぬぐう。


 たがいに伸ばされた手が交わり、まとって浮かんでいた大柄おおがらな猫型の魔法精霊獣は、その身を火の玉へと変える。

 色の少女がそれをきかかえると、火の玉はゆっくりと、しかし確かに、その胸へとゆだねていく。

 一瞬、あかい炎があたりに広がったと思うようなあついオーラを放ち、火色の少女はえ上がるようにあかい杖を右手に握る。


「トモナ。この理不尽な嵐を食い止めたら、一度きなさい。これを破ればヤツは必ずわずかでもひるむ。その隙に私が一撃を叩き込むわ」

「え……? でもルナちゃん、そんなことしたら魔力が……」


 かすかに鼻にかかる声で、隣に立つ少女は懸念けねんらす。

 確かに、私の魔力では、この土壇場どたんばで戦いきることは出来ない。

 足手まといになるのは言われなくても自分で分かっている。


 けれど、それは彼女一人で戦わせる理由にはならない。

 でも、私が足手まといであるということは事実じじつだ。

 なら、どうするか。


 足手まといを演じきればいい。


「大丈夫よ。魔力切れは起こさない。なら、数度すうどは撃てる。あなた一人だと、狙われ続けて疲弊ひへいするでしょう。それとも、あなた一人に戦わせて私だけのんびりと見物していればいいのかしら?」


 他の国家魔法少女国の狗共は、ほとんどが魔力を吸われ、ダウンしている。一部は変身を維持いじするのがやっとの者も居るだろう。

 そんな中で、まだ動ける私が黙って見ているわけがない。


「ううん。ルナちゃんも一緒に戦ってくれるなら、百人力ひゃくにんりきだよ!」


 言って、彼女はあかい杖を両の手に握り締める。

 その杖の先、しゅに染まる宝玉ほうぎょくを中心に炎を宿す。

 右足を出し、続いて左足。一歩また一歩と踏み出し、けていく。


「………よし。いくよ!!」


 赤い炎をまとい、少女は笑顔で飛び出す。


「ええ」


 こたえ、私も一歩踏み出して続く。

 すでに荒れ狂う吸気の嵐へ身体を踊り出した色の少女は、杖を振りかざして、自身を鼓舞こぶするようにおおいにさけぶ。


「うぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!」


 私もそれに連なるようにビルのふちの低いさくを飛び越える。

 杖に宿やど灼熱しゃくねつの炎を巨大化させていき、色の少女は息を吸う。


 ――よいかトモナ。小娘共の魔法と精霊獣の魔法はやや異なる。今後、貴様のことを知る者以外に、自身の名は名乗るな。先程も言うたが、名を呼ぶということは魔法に強い意味を持つ。ワタシの魔法のを知れ。そしてそれを―――


 火の粉へのぎわ、焦げ茶色の猫が彼女に伝えた言葉がよみがえった。

 そして、吸乱きゅうらんみなもとたる黒い影の怪物かいぶつ目掛け国家こっか魔法少女まほうしょうじょは、高らかに叫ぶ。



あたしは、魔法精霊獣レオのちからを、思いを宿やどして、お前を倒すほのおの国家魔法少女。みんなの笑顔をまもる―――」




 魔法少女フレアだ!!!!!!!!!!!




















 指を鳴らしたくなったのは、秘密の話だ。

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