38 ~決意の少女~ KETSUI



 っぱあああああああああああん!!!



 というかわいた炸裂音さくれつおんが辺り一面に鳴りひびく。

 リサ先輩が立っていた場所にあるのは、勢いよく撃ち合わされた重量感の塊の黒い両の手。


 その影の両手から、山吹やまぶき色の足だけがはみ出ている。


 遠い意識の向こうで、神経がこおり付くのを、感じ取る。


「―――!」

「〇ミった!?」


 あたしが声を上げるよりも先に、柚杏ゆあんちゃんが反応した。


「〇ミっとらんわボケェ!!」


 小豆あずき色の魔法少女が言い終わると同時に、リサ先輩を襲ったディザイアーの両手が弾け飛んだ。


 中から出てきたのは、交差させた両手で白銀しろがねの剣を握る山吹やまぶき色の少女。


「まったくもう。念のためでセレナ呼んでなかったら今ので死んでたわよ!」

「トモナ!」

「っ。うん!」


 ルナちゃんの呼び掛けに応じて、咄嗟とっさの炎の魔法で目の前の人型ディザイアーを押し飛ばす。


 それを見計みはからって、ルナちゃんはポツリと言う。


「てっきり○ミったかと思ったのだけれど」

不吉ふきつこと言うんじゃないわよアンタ達」


 すかさずリサ先輩がツッコむ。


「ど、どういうこと………?」

「アンタは知らないままでいいわ。トモナ。普通じゃないのはこいつらの方だから」


 リサ先輩の忠言ちゅうげんに、あたしはとりあえず「う、うん……」と頷いておく。


「そう言うあなたも普通じゃない側でしょうに」

「私は柚杏ゆあんおんなじ喋り方する親戚のじいさんがいるだけよ!」


 再び襲い掛かってくるディザイアーの魔の手から散り散りに跳び退すさりながら、ルナちゃんとリサ先輩は言い合う。


 柚杏ゆあんちゃんはというと、ちゃっかり足早あしばやに逃げていた。


 遅ればせながらあたしも避けて、魔力の重撃じゅうげきを放って距離を取ろうとする。

 しかし、飛び出そうとしたその足を、形容するのも難しい、硬くも柔らかい、ゾワリとするつかんだ。


「きゃあ!?」


 跳ぼうとした推進力すいしんりょくに引っ張られる体のさきに移した目に入ったのは、黒い影の右手。

 ディザイアーだった。


 掴まれた足はどうやら大丈夫みたいだが、少しでも動かすとすぐにひねりそうだ。

 角度や位置がわずかにズレていれば、折れていたかもしれない。


 引き返してきた山吹やまぶき色の魔法少女は伸びた黒い腕に攻撃しようとするけど、振り回される左腕のせいで思うようにいかないようだった。


「「トモナ!!」」


 リサ先輩とは別に、あたしの名前を叫ぶ声がどこかから聞こえる。


 ルナちゃんが建物のかげから発したのだ。


 それでいい。

 ルナちゃんは、恐らくもうあまり魔力は残っていないはずだ。

 ルナちゃんをこれ以上危険な目に合わさせるわけにはいかない。


「くっ………!」


 至近距離に迫る人型ディザイアーへがむしゃらに炎を撃ち込むが、まるでビクともしない。


 あたしを掴む影手の奥。

 顔の形をしているだけの二つのくぼみが、火の粉などお構いなしに、あたしを見据えている。


「ぐぅゥゥ……ああ、グぁア」


 同じだ。

 さっき、牽制けんせいで放った魔力の攻撃を当てた直後にもかかわらず、この影の化け物はひるむ様子も見せずにあたしの足を掴みに掛かってきた。


 本来、本能ほんのうで暴れ動くディザイアーにはありない、しかし知性をそなえた人型がゆえにとられた、本能にあらがった執念の縛撃ばくげき


「いっっ―――!!」


 足を捕らえる影の手の力が強まる。


 今日何度目なんどめかの、背筋が凍り付く感覚。


 ミシミシと音と感触を伝えてくる足が、それに逆らうように熱くなっていく。

 その足と胸で、気持ち悪いくらいに強く、みゃく鼓動こどうが打ち鳴らしてくる。



 こわい。



 こわい。


 恐い。怖い。恐い怖い恐いコワいコワいコワいコワいコワいコワいコワい!


 本当は初めっから恐かった。


 初めてディザイアーと戦った時も。

 犬型ディザイアーが目前まで迫った時も。

 魚ガエル型ディザイアーに吹き飛ばされて体育館にぶつけられた時も。

 いたち型のディザイアーが現れた時、ルナちゃんが来るまでの間も。

 名古屋城の屋上で人型ディザイアーを初めて見た時も。

 ルナちゃんが人型ディザイアーに勇み行った時も。

 テリヤキが居なくなっちゃう時も。


 ずっと。

 ずっとずっとずっとずっと! 恐かった!


 いたい。たたかいたくない。にたくない! たたかいたくない! 

 げたい!! 死にたくない!!


 けど、違う。

 逃げそれじゃあない。


 ダメなんだ。

 逃げそうしたら、本当に恐いことが、起きちゃうから。

 もう二度と、大切なものを失いあんな思いをしたくないから。


 だから、戦わなきゃならないんだ。


 なみだこぼれる。


 痛みではなく、自身の無力に。

 テリヤキにたくされたちからを、ちゃんと使いこなせない自分の不甲斐ふがいなさに。


 鉄の味がする程に、くちびるを強くむ。


 その時。


わらえ! 魔法少女フレア!!」


 鼓動の外。

 耳をかすめる空気の音がした。


 上げた頭、涙でかす双眸そうぼうとらえたのは、薄黄うすき色の影。


 それはあたしの後ろから勢いよく現れたかと思うと、あたしの足を掴み上げていたディザイアーの右腕の付け根、右肩をまばたきするもなく左拳で吹き飛ばした。


 解放された足は、地面をとらえるもその場に体を崩れさせる。

 手をついて立ち上がるあたしの隣に、自身の爆撃の勢いで撥ね返された野良の魔法少女が着地した。


「笑いなさい。国家魔法少女フレア。あなたがまもると決めたものをまもり通すために」

「ルナ、ちゃん? ど、どうして……どうして出てきたの!? 魔力はちょっとしかなかったのに、ううん今のでもうほとんど―――!!」

「フレア!!」

「――っ!」


 むらさき色のまなこを向けてくる野生の魔法少女の怒声どせいに、身体がビクッと跳ね上がる。


「フレア。あなたにこの名前と魔法を託した魔法猫の意思を。あなた自身がまもりたいと言ったモノを、あなたが《 》と呼んだそれを、すべて捨て去る気かしら?」

「………え?」


 人型ディザイアーは。視界のはしで撃ち落された片腕をみるみると回復させていく。


 だが、そんなこともお構いなしに、薄黄うすき色に染まる衣装の少女はあたしだけを見て、言う。


「あなたは、ここにる全てを救おうとしている。倒れた魔法少女達をかばい、建物や道路などの被害もおさえようとして戦っている。けれどトモナ……いいえフレア。それらは、あなた個人の能力をって余りあることよ。それは、あなたが本当に護りたいモノを犠牲にするということ。全てをまもるなんて甘い考えでは、あれは倒せない。現に、私の全てを出し切った一撃も既になおされかけているでしょう」


 ルナちゃんの言う横、少し視線を移した先の影の怪物は、もうひじの辺りまで治りかけていた。


 少し離れたところでは、大ダメージを受けたすきに畳みかけようとしているリサ先輩が、二の足を踏んでいる。

 腕を治しながら、ディザイアーが攻撃の構えを取っているのだ。


「フレア」


 優しい。

 この戦場で聞こえたとは思えない優しい声が、あたしの、の名前を呼ぶ。


「あなたは、私の大切なものを共に護ると言ってくれた。ならば私はあなたの笑顔も守ってみせる。だから、あなたはその笑顔で、あなたの手が届く範囲だけの笑顔を護りなさい」


 言われて、数人の人達の笑顔が頭に浮かんだ。

 さっき、ルナちゃんに伝えた、失いたくないもの。


「………人は全てをまもとおすなんて大それたことはできはしないのだから。あなたは、あなたの大切なもの笑顔だけを、力の限りにまもり抜くの。私の大切なものをあなたが共にまもってくれるように、私もまた、あなたの大切なもの笑顔を一緒に守ってあげるから」


 目の前の彼女は、一瞬だけ、声音と同じ優しい笑みをあたしへ向けた。


 そして、すぐさま声色こわいろを厳しくさせて、問い掛ける。


「決めなさい。全てを護るなどという人の身にあまる欲望をいだいてあの怪物共のようにてるか。それとも、その欲望をぎょして最低限の希望を掴み取るのか。今ここで、あなたの心と頭で決めなさい!」


 意識の遠くで、怪物のうなり声が響く。

 それを押しのけ、少しのわがままを、正面に立つ少女に答える。


「違うよ。ルナちゃん」


 彼女は間違っていない。

 間違っているのは、あたしの方だ。

 けれど、それでは少しさびしいから、あたしは笑顔で、彼女にこう答える。


「最低じゃなくて、最大。あたしは、あたしの大好きなものと、それから、その時あたしの手の届く人達の笑顔を、まもる。そんな最大限だったら、人のあたしでも。ううん。魔法少女まほうしょうじょあたし達なら、守れるよね」

「……………」


 帰ってきたのは、苦笑くしょうだった。


「まったく、相変わらずという言葉が、あなたのためにあるように感じられるわね。けれど、そうでなければあなたじゃない、か」

「うん」


 あたしの手を握り、野良の少女は手首まで回復再生させた人型ディザイアーへ向かい立つ。


 驚き戸惑とまどいつつも、それを握り返す。


「それじゃあ、さっさとあの化け物を倒すとしましょう。ぐだぐだするのは日本史だけで十分だわ」

「え……? ど、どういうこと?」


 ルナちゃんのセリフに困惑していると、握った手を強く引かれる。


「わっ!?」

「私に合わせなさい。フレア。戦いなら私の方が慣れている。それくらいやってのけてくれるでしょう?」

「っ! うん! まかせて。ルナちゃん!」



 杖を握り、ルナちゃんの手を強く握り返して、導かれるままにあたしは炎をたずさえ、あたし達は黒い影の怪物ディザイアーへと駆け出していく。




 うしないたくないものを、くさないように。

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