エピローグ

第39話 土曜の前から彼女には見えていた

 玲亜がすやすやと夢の世界に旅立った同時刻、オカ研(仮)メンバーが入院している病院の三階待合空間の自動販売機から、紙パックのお茶を購入した美左は自分以外誰もいない椅子に腰かける。

(そろそろ、玲亜君が犯人をやっつけた頃かな)

 ストローを刺して時計を見上げると、時刻は既に十七時を過ぎていた。お茶を飲み干した美左は左目に手を添えて、深いため息をつく。

「まさかビームチェーンソーがあそこで出て来るなんて、いや何なんだビームって?」


 単刀直入に言うと、美左は人とは違う特殊な力を持っていた。

 『予知能力』

 物心ついたころから未来に起きる光景を彼女は見ることが出来た、それはまるで天啓の如く、突然に脳内に映し出され起こるべき災難を伝えて来た。

 この予知は美左の意思で見ることは出来ず、時間も場所も関係なく突然見せてくるため、小さい頃の美左はこの力に散々振り回されて来た。

 

 とは言え、予知で知らせる程の危機的事態など頻繁に起きる筈もなく、ここ一年は予知能力も発揮されずに普通の高校生活を送っていた。しかし……つい一月前、夜分就寝中の彼女の頭の中にある光景が流れ込んできたときから、誰も知らない彼女の小さな戦いが始まった。


 予知で見えた光景、五月に入り安久乃山の廃洋館のオカルト探索を提案する自分。玲亜に映画『グラッジ・ホワイト』のBlu-rayを貸し、それを彼が鑑賞している最中に紅染の雷が落ちて、セリエルがテレビから飛び出した運命の瞬間。そしてその時、自分が外で雷の撮影に成功した場面だった。


(最初見た時は混乱したなあ、テレビから幽霊が出て来るなんて信じられなかった……でも予知通りに行動しないと不味いことになるから、どうしようもなかったんだけどさ)

 美左はこの予知能力が好きではない。この力は未来の危機を知らせるだけでなく、自分が映っている場合はその光景の通りに行動しろと指示もしているのだ。

 つまり今回の場合だと、廃洋館探索を提案して、玲亜に映画三作を貸し、紅染の雷を写真に収めろと言う、未来からのミッション。


(予知とは違う行動をすれば運気の流れが変わって、状況がさらに悪くなる。だからって紅染の雷を撮るのは難易度高すぎでは?)

 予知はこれから起こるであろう危機を最小限に抑える為に取るべき行動を美左に伝えている、幼いころの彼女はその意味が分からず、指示を無視してしまい……その結果、自分や身内が事故に見舞われ大けがをする事態を引き起こしてしまった。


 過去の経験から予知の重要さを知った彼女は、見えた光景の意味も分からないまま行動しなければならなかった。押入れから以前購入したグラッジ・ホワイト三部作を引っ張り出し、先週の土曜日の数日前に玲亜に貸す、そして土曜日の学校終わりに雨の中を走って予知で見た高台にスマホを構えて待機、バクバクと緊張で心臓が躍動する状態でその瞬間を待ち続け――見事、紅染の雷を撮る事に成功した。


 その直後、新たな予知が流れて来た。来週の部活で雷の写真を玲亜達に見せる自分の姿、そしてその夜にセリエルが転び交差点の悪霊を倒す光景だ、どうやら今まさにテレビから飛び出した幽霊の少女は玲亜の部屋に居候してこれから彼と交流していくようだ。


(まさか、テレビからあのセリエル君が出て来るとは、予知とは言えテンション上がったな、内心メチャクチャ羨ましかったぞ玲亜君)

 その後も予知は立て続けに美左に指示を出してくる。火曜日の部活でセリエルがどうしてテレビから出て来たのか、誤魔化しながら聞く玲亜にほぼ正解の答えを説明する美左。当日はその通りに解説しながら『なるほど~、そういう理屈か』と美左自身も感心した。


 蜘蛛巻き事件の犯人と玲亜達が対峙した未来を見た時、予知が知らせていた危機の意味を知った。蜘蛛巻き事件の犯人をセリエルの手で倒し、彼女を元の世界に戻す。その為のヒントを玲亜に伝えるのが自分の役目。


 玲亜が危険な目に遭うのは何とか避けたいと願ったが、かと言ってあの強力なセリエルが傍にいる以上、自分が出来る手助けは無い。こうして予知の行動をとることが彼の助けになると信じて、何も知らない部長を演じようと決めた。


 ……なのだが、その後見た予知の光景は廃洋館の探索に来た自分達の姿と、玲亜にビームチェーンソーの単語を念入りに教えている様子だった、これが蜘蛛巻き事件解決と何の関係があるのかさっぱり分からず、当日廃洋館前で念押ししながら彼女の心には多くの?が発生していた。


 ちなみに予知が見せたのはこの場面のみで、この後洋館の中で主人の蜘蛛に襲われる事を美左は知らず、病院に運ばれながら自分勝手な予知能力に中指を立てた。しかしこれで予知が伝えようとした危機は解決したのだと安心したが、つい先ほど、斎藤がお見舞いに来るまで眠っていた彼女に更なる予知が流れ込んだ。

 

 高校のオカ研(仮)部室と廊下で大蜘蛛に襲われる玲亜とセリエルの到着、繰り広げられる悪霊の戦いと、ビームチェーンソーを振りかざすハイカラ少年の姿。

 それが起きる時間は……もう間もなく。


(あれで終わりでは無かったとはな、私の役目もようやく分かった。犯人を倒すためにセリエル君がこちらの世界に来る下準備を行ない……そしてあの瞬間、玲亜君にビームチェーンソーを握らせる為、いや玲亜君の覚醒を促す為か)

 大蜘蛛に襲われ血反吐を吐く玲亜の姿に罪悪感が激しく胸を焦がす、果たしてこれが最善だったのか、もっと良い方法が無かったのか、渦巻く後悔をお茶で冷まして、何とか心の安定を取り戻そうとする。

「ごめん玲亜君……でもこれで本当に危機は解決した、君達のおかげだ」

 ストローを甘噛みして視線を動かすと、壁に貼られたポスターが目に映る。


『健やかで優しい町に、キリリさまもこの穂群市を応援しています!!』

 

 長い薄緑の髪の巫女、穂群市のマスコットキャラクター『キリリさま』が笑顔で手を上げるイラストが描かれた市の観光ポスターを見て、美左は苦笑いする。


「もうちょっと便利な能力になりませんか――ご先祖様?』


 平安時代後期、その身に宿した神通力と陰陽術を以て数多の奇跡を起こしたと伝えられる、伝承の巫女『ひいらぎ 樹利利きりり』の子孫、『ひいらぎ 美左みさ』。


 彼女は数世代ぶりに樹利利の力を色濃く受け継いで誕生した、現代を生きる穂群の巫女である。

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