第14話 予定外の帰宅時間
美左にもコーヒーが行き渡り、改めて赤染の雷の撮影成功についての話題に戻った。
「僕は直接見ませんでしたけど、あの時の雷がこれだったんですね、もう音が凄くてびっくりしましたよ」
「うむ、まさに刹那の瞬間だ、画像に残っていたことも含めて奇跡としか言いようがない、所で玲亜君これが落ちた後に何か変化とかあったかい? 災害や異変を知らせると伝承されて来た雷だからね、ここ周辺で何かが起きた、もしくは起きる予定の筈だ」
「……イエ、ナニモアリマセンデシタヨ?」
精々停電が起きたくらいですと付け加えると、美左は納得してコーヒーを啜った。
「そっかぁ、過去の例を考えると地震災害や豪雨災害の可能性もある、注意はした方がいいな」
「三十年くらい前の地震がそれだったか、玲亜の家の近くに落ちたのが心配だな」
「でも何も起きない時もあるんですよね? だから神様の気まぐれって呼ばれてるって聞きましたよ」
鏡一郎と杏子がそれぞれ意見を出してる中で玲亜の背筋は冷えるばかりだ。
(異変起こった滅茶苦茶起こった、殺す殺す連呼する怖い女の子がテレビから飛び出して、ついでに殺されかけました)
紅染の雷の影響は間違いなくセリエルの事だ、映画の登場人物が現実の世界に飛び出したとびっきりの異変はこの雷が関係してる? 落雷からおかしくなり始めたのは事実だ。
内心セリエルの存在を鏡一郎達に打ち明けたい気持ちで一杯だが、それは彼女自身に制された。
「明日学校で情報集めてくるから、君の事を友達に話していいかな?」
『ダメ絶対に話さないで、ここで私を観測して良いのは契約を結んだアナタだけ、それ以外の人間は知らなくていいし、知って欲しくもない』
と冷たく言われたのは昨晩の事だ、映画ではあんなに自分の存在をアピールしてたのにと言いたかったが彼女も考えがあるのだろう。
(せめて鏡ちゃんにだけは話したかったな、騙してるみたいで悪いし……そうなるとセリエルの事を隠してあの現象を聞く必要がある)
「部長、話が変わりますけど先週借りた映画の事についてちょっと」
「ん? おお、どうだったグラッジ・ホワイト三部作、私のおススメのシリーズ! ホラー映画も中々乙なものだろう、もう全部見たのかい?」
「いえまだ一作目だけです、それで映画を見てるときに思いついたネタがあるんですけど――」
言い終える前に、がららと部室の扉がスライドした。
「邪魔するぞ、全員居るな」
視線が集まる先、遠慮なしに入って来たのはツンツンの短髪と整えたあご髭が目立つ三十代前半の男性、教員用の紺のジャージを羽織ったオカルト研究部(仮)の顧問、【
「およ? 斎藤先生どうしたんですか?」
「柊、悪いが今日は部活はここまでだ、お前等も帰り支度してくれ」
室内の時計を見ながら言われた言葉にそれぞれ困惑した。
「帰りって、時間短縮でも十七時までなら大丈夫って言ってたじゃないですか」
現在の時刻は十六時二十分、まだ部活動が可能な時間だ。
「そうなんだが今日は特別だ、ここだけじゃ無く全部の部活で通達されてる、納得してくれ」
頭をガシガシと掻き何処か言葉を選んでる顧問に違和感を覚える……違和感に成りえる要素、それがあるとすれば。
「もしかして朝のパトカーが関係してますか?」
玲亜の小さな問いに斎藤の動きが止まり、三人も僅かに息を止めた。
「流石に察するか、俺も詳しくは聞いて無いがその事でこれから職員会議があるんだ、これから部活がどうなるか分からんが……とりあえず今日は解散だ」
「……」
斎藤の口ぶりから只事ではない空気を感じた四人は素直に従い支度を始めた。朝のサイレンを誰もが忘れた振りをしていた、しかしここに来て事態はより深刻なのかもしれないと学校内に残る全ての学生達が感じた。
身支度を終えて四人は気持ち早めの足で校門前に辿り着く、部活の中断によって帰路に着く生徒の多さに目を見張りながら未だ沈まない太陽にどこか安堵した。
「所でその雷の画像どうするんですか? もしかしたらメディアに高く売れるかもしれませんよ?」
「杏子君は現金な子だなー、売る気は無いよ、ちょっと父の伝手で民俗学や神秘学を専攻してる大学に提供しようって考えてるけど、しばらくは私達で独占しようか、これこそ我が部で調べるべき案件だからな」
「あはは部長らしい、部活で独占するなら僕達も他言無用ですね」
(聞くタイミング逃しちゃったな、まぁ明日もう一度聞こう)
テレビから登場人物が飛び出す現象を聞くことは出来なかったが成果はあった。
蜘蛛巻き事件、紅染の雷。
特に雷の方は深い関りがあるかもしれない。
「じゃあ今日はこれで解散! 諸君何かと物騒だから気を付けてな」
「はーい、先輩方さようならー」
「バイバイ、じゃあ鏡ちゃん僕達も帰ろ、何か疲れちゃったー」
「流れるような動きで手を握ろうとするな」
ひらりと恋人繋ぎを躱した鏡一郎が先に歩き始める。
「むー行けると思ったのになー」
玲亜は猫みたいな早足で隣に追いつき歩道の先へ顔を向ける。整理された道路の端で均等に列をなす電柱は太陽を背に黒く染まり、異常に背の高い棒人間みたいだ。先の信号機が黄から赤へ点灯、その色から家で待つ悪霊少女の瞳を連想する。
強めの風が辺り一帯を駆け巡り、玲亜の髪が艶やかに浮かされた。ここでは珍しくもない湿気の残る
風は人と道の間を掻き分け街全体へ広がっていく、それは当たり前の事なのに下校する学生達は言い知れない不安を心中に抱いていた。
★★★
「ただいまー、セリエル大人しくしてた?」
松原家に帰宅した玲亜は既に帰宅していた花撫達と言葉を交わし、気持ち早めに二階の自室に向かった。今日一日ここから離れていた間の少女の行動は予測できない、待機とは言ったが、出歩くことを禁止した訳では無い。
誰かに姿を見せたり、怖がらせたり、危害を掛けないのなら周辺を出歩いてもいい……これも契約内容の一つ、セリエルからの要求だ。
ドアを開き暗い室内に入ると、閉められたカーテンの中央に小さな人影が見えた。
「電気も点けないでどうしたの? 視力落ちるよ」
セリエルが居たことに安堵しながら手前のスイッチを押すと室内が明るく照らされる。
――しかしカーテンには誰もいなかった。
「あれ?」
人影は見えた筈なのに、玲亜は虚を突かれ思わずもう一度スイッチを押してしまった。暗闇に戻る部屋……カーテンの前に人影が見える。
「……」
もう一度電気を点ける、人影は見えない。
電気を消す、人影は見える。
点ける、見えない/消す、見える。
点ける 消す 点ける 消す 点ける 消す。
見えない 見える 見えない 見える 見えない 見え……誰もいなかった。
「え?」
不意を突かれ後ずさった玲亜の頭を背後から冷たい両手が掴んだ。
『オカエリ』
耳元に吹きかけられた無機質な声、そのまま部屋に押し込まれドアが勝手に閉まった。
…………。
「はぁっはぁ、だ、だから脅かすのやめてって言ったでしょ!? 何今のホラーギミック!?」
セリエルに頭を掴まれたまま部屋に入った玲亜は突然の恐怖体験に息も絶え絶え、床に手を突きながらベッドに踏ん反り返り髪をいじるセリエルを睨んだ。
『? 何って普通のお出迎え、ちょっとした趣向を思いついたから実践してみただけよ、怖がらせる気なんて全くない』
「絶対嘘だ嘘百二十パーセント、その口元の震え絶対に笑いを堪えてるよね!」
『……そんなことより』
口角のひくつきを指摘された少女は唐突に話題を変えて玲亜に指を差した。
『契約の品は? アナタは私が納得するお菓子を持って帰ると言った、さぁ出して』
指していた掌をひっくり返し、早く早くと催促する姿に呆気にとられた。そんなに待ち焦がれてたとは……あんな出迎えを考えるほどだ、家にいる間ずっと退屈だったのかもしれない。
「そんなに急かさなくてもちゃんと買って来たよ、契約の対価だもんね。一応いろいろ買って来たけど」
玲亜は座り直し左手に握った膨らんだビニール袋を漁り始める、帰りに鏡一郎と寄ったコンビニエンスストアでムンムン悩むこと数分、数日前からアイス続きだったなと考え、スイーツコーナーの商品を一通り買い占めることにした。
「今回は最初だしシンプルなスイーツを選んでみたよ……はい、まずはこれ定番のシュークリーム」
選んで取り出したのは袋に包まれたコンビニスイーツの特攻隊長、フワフワな薄い生地に包まれた甘い甘いカスタードたっぷりのシュークリーム。
『しゅう、くりぃむ? ……なにその天井や壁に何度も力いっぱいぶつけて輪郭が分からないくらいボコボコにした、人間の頭の様な黄色い物体は?』
「言い方が怖い、それ君が映画でやってた殺害方法でしょ、これも甘くて美味しいお菓子だからとりあえず食べてみて、ハーケングリムと同じで後悔させないから」
袋を破り掌にシュークリームを置く、手渡されたセリエルが指を動かすと、ざらりとしながらもふわふわとした感触が伝わった。
(とても脆い、こんな物が本当に美味しいの?)
悩みながら両手で持ち替え口の前に運ぶ、正座する玲亜を一瞥すると、ガブリとどうぞと勧めて来る。
アイスとはまた違う未知なるお菓子がここにある、考えを振り払い意を決して勢いよく生地に齧り付く。
……十五分後、少女はシュークリーム三袋目を要求した。
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