第13話 紅染の雷

「ふっふっふ、確かに我々は今まで目立った成果を得ることが無かった、しかーし! そんな侘しいサイクルも今日までだ!」

 自分にだけコーヒーを淹れてもらえない事に一抹の寂しさを感じながら、美左はスマホを取り出し画面を操作した。

「君達はもちろん知ってるよね、昔からここ穂群市に古くから伝わる伝承――『紅染あかぞめかみなり』の事を」


 美左にもコーヒー淹れようと席を立とうとした玲亜は動きを止める。

「別名『神様の気まぐれ』。突然の雨が多いこの街で稀に発生すると言われる紅い色をした落雷、我々オカルト研究部にとって最も調べるべき大目標の一つだ」

「有名な都市伝説ですねこの学校でも知らない奴は多分いないでしょう、不幸を呼ぶ雷、災害の予兆、まぁ俺は見たこと無いが」

「私も見た事ありません、でも親戚の人が見たって聞きました本当かどうか分かりませんけど、結局それって見間違いとか光の反射じゃないんですか?」


 『紅染の雷』。通常の白い雷と違い文字通り紅く光る雷の存在は、この土地において古くから民間伝承として言い伝えられ、現在では都市伝説の一つとして噂が浸透している。


 いわくそれは異変の前触れ、かつて穂群市を襲った嵐や疫病に大地震、その他幾つもの災厄の直前に紅い雷が目撃された。自然を操るのは神様の所業に他ならないと当時の人達は怯え、神様の気が曲がらないよう祈祷を捧げ続け、やがてその雷は『神様のきまぐれ』と呼称されるようになった。雷の目撃情報はここ数年でも度々報告され、目撃の後には街のどこかで異常事態が起きていた、しかし不思議な事に目撃者はいるのに画像として残されていなかった、撮ったとしても記録には何も映らず、紅い雷は未だに証明できない曖昧な噂であった。


「見間違いと言われてもしょうがない、何せ紅染の雷を証明する物的証拠が今までなかったからね……そう、今までは」

 キラーンと怪しく光る眼鏡、不気味な含み笑いをする美左の姿を不審に感じていると、彼女はスマホを勢いよく机に置いた。

「しかーし! この間の土曜日私は遂に、遂に捉えたのだよその雷を、見たまえ!!」

「え?」

 玲亜はスマホに表示された画像へ一早く体を伸ばし二人もそれに続く、とくんとくんと心音が嫌に鮮明に聞こえた……何がそんなに気になるのだろう?


「刮目せよ、これが探し求めていた『紅染の雷』だぁ!!!!」

 画面越しからでも分かる鬱陶しい程の曇天、その遠くで痛々しい光を見せて輝くのは天上から地上へ向かって生え伸びる枝木、荒々しく尖り異様に太い落下する大樹の如き存在。

 誰も見た事のない赤一色の落雷がそこに写されていた。


「……マジかよ」

「え? これって本物?」

 目にした遠雷に鏡一郎と杏子は戸惑いを隠せない、一秒にも満たないであろう落雷の瞬間を見事収めた一枚、画像全体に広がる白と赤が混じった発光の波紋が衝撃の凄まじさ物語っている。

「丁度この間の土曜日、学校が終わった正午過ぎに雨が降り始めただろ? 部活も休みにしたし帰ろうかって準備してたらビビッと直観が脳裏を駆け巡ったのさ、何かが起こりそうってね」

 むふーっと両腕を組み自慢げな部長の言葉がはっきりと聞こえる。

(この間の土曜日? 僕が休んで映画を見てたあの日……)


「まさかと思って街が見渡せる高台、あの『イタズラ過ぎる公園』の近くに向かってスマホを構えたんだよ、十七時前くらいかな? 空から地響きのような音が聞こえたその時! この紅染の雷が姿を見せたってわけだよ」

「十七時って……まさかあんな大雨の中、これ撮る為に何時間も張り込んでたんですか?」 

「えぇ正気ですか部長、ちょっと引きます」

「はっはっは、杏子君ガチトーンはやめたまえ、部長のハートは結構脆いんだぞ?」


 二日前の土曜日、現れるかどうかも分からない雷の為に雨合羽一枚で撮影に挑んだ美左の行動に鏡一郎と杏子は呆れた視線を投げるが、画像から溢れるの神々しさに圧倒されてしまう。

「あっ言っとくけどスマホの画像処理とか、実はCGだとかじゃ決して無いからな!」

「でしょうね、あんたがそう言うインチキ誰よりも嫌いだって事は俺達も知ってますから」

「それじゃあ、これってもしかして歴史的大発見? わー凄いじゃないですか! 雷の噂って本当だったんですね!」 


 彼女の執念が生み出した奇跡の一枚、噂として周知されていたが形として残されていなかった伝説の雷が遂にされたのだ。


「改めて見ると確かにすげえなこれはマジで赤いんだな、なぁ玲亜」

 隣の玲亜に同意を求めたが返事はない、少年は誰よりも食い入るように画像の雷を見ている。

「そうだ撮った後に気付いたんだけど、この雷が落ちた場所って玲亜君が今住んでるお家のすぐ近くじゃないか? ……玲亜君?」

「? 先輩どうしました?」

 彼の様子がどこかおかしいと三人は気付く、思えば先程から全く会話に参加していなかった、玲亜はテーブルに手を付け陶器のように固まる、画像の紅い光から目が離せず思考がぐるぐると流転する。


(グラッジ・ホワイトの終盤、あの瞬間雷が落ちて停電が起きた、そこからテレビがおかしくなって……セリエルが現れた)

「どうした?」

(あの時テレビを見てたから雷は見えなかった、でも一瞬部屋が紅く染まった、画像の雷がすぐ傍に落ちたんだ、異変の前触れと言われてる雷が)

 セリエルがテレビから飛び出した事と関係してる? それ以前に自分はどうしてこの雷がこんなにも気になるのだろう? 

 喉に詰まるような渇き、動悸が激しくなる、網膜に焼き付くのは業火の如く猛々しい落雷の一枚。


(――紅染の雷)

 とくん。

「!? ごほっ! ごほげほっっ!?」

 心音がひと際大きく鳴った、腹部から胸部に伝った刺す痛みが呼吸を塞ぎ、玲亜は上体をテーブルに傾け激しく咳き込んだ。

「玲亜!?」

 鏡一郎がすぐに肩を掴みバランスを崩しそうになった体を支える、他の二人は動揺で竦んでいたが直ぐに駆け寄って心配の声を掛けた。


「けほっ……はぁはぁ……鏡ちゃんごめん、もう大丈夫」

「いいから、ゆっくり息を整えろ」

 しばらくして痛みが消えて咳が止まる、謝りながら小刻みに呼吸を繰り返す背中を鏡一郎は優しく擦る、着物の上から伝わる大きな手の感触が心地よく、心身共に落ち着きを取り戻せた。

「大丈夫かい? 辛いようなら保健室に行こうか?」

「いえ本当に大丈夫です部長、この雷を見てちょっと驚いちゃっただけですから」

 心配かけまいと玲亜は三人に笑顔を見せて応える、顔はまだ青ざめているが胸の痛みはもう全く感じない、これならすぐに元の調子に戻れるだろう。


「それは済まない、病み上がりの君の事をしっかり考慮するべきだった」

「いえ部長のせいじゃないですよ、これくらいいつもの事です」

「しかし、」

「……もう、とりあえず先輩は椅子に座って安静にしてください、ほらアメ上げますから食べてくださいね」

 気落ちする美左と平常心を訴える玲亜の間の微妙な空気を察したのか、後輩の杏子が強引に椅子に座らせて目の前に包まれたアメを一つ置いた。

「部長も、私がコーヒー淹れますから席に着いて部活の続きをしましょう、この雷について、もっと話したい事ありますよね、ね!」

「お、おお、そうだねその通りだ」

 テキパキと指示する後輩に圧されながら美左は嬉しそうに頷いた、この後輩の行動量力は中々のものかもしれないと感慨深い気持ちが胸を埋める。


「なんだかんだ言って星礼も一月半でここの空気にすっかり馴染んだな、部長の直観と人を見る目は確かだったみたいだ」

「あはは、そうだねー」

 隣に座った鏡一郎の小さな笑いに応じながら、包みを開いて中の丸い飴玉を口に放り込む、舌に伝わる僅かな酸味、程よい甘さのオレンジ味に玲亜は目を細めた。心音はいつも通りの静かさだ。

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