第12話 ようこそ! オカルト研究部(仮)へ
一時は緊張感が高まった二年A組だったがその後は何事も無く授業が始まり、二時限目が終わった頃にはサイレンの事など皆の記憶の片隅に追いやられ、休憩時間はお洒落やゲームや株価で盛り上がる日常に戻った。そんなこんなであっという間に帰りのHRを終えて、生徒達はそれぞれの活動の場に足を進める、当然玲亜もだ。
本校舎から渡り通路で繋がる第二棟校舎では空き室の幾つかが文科系クラブの部室として利用される、その内の一つ二階の端にある資料置き場の部屋も生徒達に使われていた。
「
元気いっぱいな毎日恒例の号令が部室内に轟く。室内に置かれた二列の長机の前には四人の生徒、その一番奥で窓を背に立ち左手を前へ突き出した女子生徒が快活に放った声だ。
「鏡ちゃんコーヒー飲む?」
「ああ悪い、一杯貰えるか?」
「はーいちょっと濃い目のブラックだね、ご注文承りました」
「黒百合先輩、私も欲しいですミルク砂糖増し増しでお願いします」
「鏡ちゃんの後でね、今から三十分掛けてたっぷりじっくりと僕の愛情の念を注ぎ込むからそれまで待って」
「いや、どんだけゆっくりするつもりですか?」
「愛情はいいから、手早く淹れてくれ」
「手早く……はっ!? それはもしかして『わざわざコーヒーに愛情を注がなくてもお前の想いは何時も伝わってるぜ、俺も同じ気持ちだ』って受け止めてくれた故の発言ですか!? もう相思相愛だね僕達♡」
「……阿流守先輩が相手だと頭の中がピンク色に染まりますよねこの人」
「
「――さて、そろそろこっちに反応してくれないかな諸君? 顔すら向けてくれないとは、部長泣いちゃうぞ?」
玲亜と鏡一郎が所属するここ『オカルト研究部(仮)』の部長【
お化け、宇宙人、都市伝説、超常現象、現実から逸脱した未知なる世界の探求を目的としたこの部活を取り仕切る彼女は一つ先輩の三年生。
女子としては高めの百六十半ばの身長から見える発育の良いスタイル、手入れのされた艶のある長い黒髪の前はぱっつんと切り揃え、薄いフレームの楕円形眼鏡がすっとした鼻筋に綺麗にはまり、派手な化粧もしないナチュラルメイクと上手く噛み合う、外見だけで言えば知的な真面目な模範生徒と言えるだろう……外見だけで言えば。
「て言っても、こう毎日同じこと聞いてたら流石に飽きますって」
「鏡一郎君、君はいつからそんなに薄情な男に成っちまったんだい、我ら栄えあるオカルト研究部(仮)は何時でもどこでも、オカルトへの好奇心を胸に突き進む。その気持ちを忘れない為の号令だというのに、部長は悲しいぞ」
「ここに入ってから好奇心を持ったことは一度もないので」
およよと大げさにおでこに手を添える姿に知的さは無い、三度の飯よりもオカルトと豪語する生粋のオカルトマニアそれが柊美左。未知なる世界に目を輝かせ己の欲望にどこまでも素直な変人である。
およそ一年前、玲亜達が高校に入学してすぐに二人の元に美左がずかずかと笑顔で近づき、オカルト研究部(仮)に勧誘。その圧に戸惑った瞬間を狙われ捕まった二人はあっという間に手続きを済まされ、気づけばここに入部していたのは脳内の奥底に今も記憶されてる。
「その号令ってバリエーション豊富ですよね、今日は才気煥発で先週は疾風怒濤、はいコーヒーどうぞ」
「ああ、ありがと」
「玲亜君! 君だけだよ私の言葉に真摯に向かい合ってくれるのは……君もさっきはスルーしてた気がするけど、勘違いだなきっと!」
「そうそう勘違い気のせい幻覚の類。星礼も冷めないうちにどうぞ」
「わーありがとうございます。先輩コーヒー淹れるの上手いですよね、インスタントなのにさじ加減が絶妙でぴったりです」
ちょこんと細い両手の指で紙コップを受け取る仕草に垣間見えるあざとさ、この中で最も後輩の一年女子【
あれはそう、入学式から一週間が過ぎたころ。
「おーい二人共、早速新入部員を連れて来たぜー! ぴちぴちの一年生それもすっごい可愛い子、ほら入って入って」
「ちょ、ちょっと離してください! 入部するなんて私一言も言ってません!」
「良いではないかー良いではないかー、とりあえず見学だけでもしてってよ、玲亜くんお茶とお菓子用意して、鏡一郎君はドアを塞いで逃げないようにしてちょうだい」
「ひっ、さらっと怖い事言ってませんか!?」
またしても美左によって強引に連れて来られた被害者第三号はなし崩しで入部した、最初の内は鋭い目つきの鏡一郎とハイカラな玲亜に怯えていたが、彼女の順応能力は意外と高く、一か月で先輩にコーヒーを淹れさせるふてぶてしさを発揮するまでに成長した。
「それに部長、オカルトの探求って言ってもそれらしい物全然見つからないじゃないですか、私が入ってこの一月半、ここで幽霊の話で盛り上がるか外に出て何故か掃除してるだけですよ」
オカルト研究部(仮)の活動内容は主に二つ、部室内でオカルト関連の事案についてそれぞれ意見を言い合う討論と、街に繰り出してオカルトスポットらしい場所の調査とついでにそこの清掃活動、名前の割には地味な活動に杏子も拍子抜けした。
「先週は『都市伝説、首無しライダーは首が無いのにどうして事故らないのか?』 についての談議に『転びの交差点』の調査と周辺の掃除、その前は部長曰く『イタズラ過ぎる公園』の調査と掃除……まぁ確かに駄弁る以外は掃除しかしてねえな」
部活の活動日誌を開きながら鏡一郎が賛同する、記録係の彼が律義につける日誌には日々の活動内容が細かく記載されていた。
「掃除は好きだけど今までオカルトらしい何かを見つけたこと無いよね、去年電柱に引っかかったビニールテープを一反木綿だって勘違いした時が一番盛り上がったかもね」
「えぇぇ、そんな事あったんですか?」
「うん、あの時はご近所さんも市の職員さんも集まってちょっとした騒ぎになったな、ビニールを回収出来た瞬間は皆で拍手したりして面白かったよ」
玲亜は自分のコーヒーを入れて鏡一郎の隣に座る、今しがた言われた通りこの部に入ってから野外の清掃活動ばかりでオカルトなんて見かけた事なんてない。だから幽霊はやはり存在しないと諦めに近い感情を抱いていた……いたのだが。
(オカルト発見、ここ数日で常識が全部ひっくり返ったなぁ、本当に……セリエル大人しくしてるかな)
――――。
『――ん?』
玲亜の部屋で偽物の血で造り出した六体の頭蓋骨をお手玉のように投げて遊んでいたセリエルは誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。
『気のせい……はぁ』
遊びに飽きたのか
『…………玲亜め、アイスの置き場所言わなかったわね』
ボソッと呟いた後、本日何十回目かの溜息が室内に流れた。
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