第8話 今度は最後まで見よう
昨晩のバニラとは異なるチョコレートフレーバーのくど過ぎない甘さ、僅かに感じる苦みが上手くアクセントとなり味を引き立てる。そしてアイスに混ざったクリスチップのカリッとした触感がセリエルに衝撃を与え食を進ませた。そんな姿を尻目に玲亜はスプーンを咥えながら再生の準備を続ける。
Blu-rayディスクを飲み込んで稼働するゲーム機の前のベッドに並んで座る二人、無線コントローラーを操作して画面が切り替わる。昨日ツボに入った別作品の予告はスキップして『グラッジ・ホワイト』二度目の鑑賞会が始まった。
オープニングを飾るオルゴールの音色を耳にしたときセリエルのスプーンが止まった。
『この音……』
映画の中で彼女自身が歌っていた『きらきら星』に反応するのは当然か、一転無表情に切り替わり映し出される物語に全神経を集中させる。その張り詰めた冷たい圧が玲亜の肩にも伝わる。
主人公ソフィアの日常、和やかな大学風景、警察から告げられた変死体の発見。
そして映された、悪霊セリエル・ホワイトの復活。
画面に悪霊が初見えした瞬間、隣から息を飲む音が聞こえたのは勘違いでは無いだろう。今まさに画面の中で自分自身が動き、冷たく笑い、恐怖を振りまく姿に何を思うのか? 誰よりも知ってる自分が訳も分からない内に、聞いたことも無い映画に出演している。
少女の立場からすれば余りに残酷なトゥルーマン・ショーだ。
(落ち着いたなんて嘘だ、不安で一杯で冷静でいられるはずなんて無いのに……それでも事態を分かる為に、この子は無理をして映画の自分を見てる)
沈黙の中映画は進んだ、町で繰り返されるセリエルの殺戮、ソフィアの大学の生徒と講師も無惨に殺され遂に彼女の母親までもが狙われた。ソフィアと友人達の活躍により軽傷で済んだが、ここで初めてセリエルと対面して少女が宿す人間への憎しみと怒りを知る。
何故セリエルが人間を憎み悪霊となったのか?
かつてこの田舎町で最も富に恵まれたホワイト家に生まれた彼女、しかしその赤子の誕生は祝福の声で迎えられる事は無かった。
病的なまでの白い肌、血のように煌めく真っ赤な瞳。
ああ恐ろしい恐ろしい、山中のホワイト家に悪魔の子が生まれ落ちた。
セリエルの人生は差別と迫害に塗れたものだった。両親以外誰も少女を愛さず、誰も理解しようとしない。距離を取られ陰口と石を投げられる日々。そんな苦痛の時間は十一歳の冬、信仰を理由に暴走した町人達に処刑されるその時まで続いた。
……物語の中、当時の陰惨な事件の詳細を受け継いできた教会の牧師から話を聞いたソフィア達。神父の一族はセリエルが復活し厄災を引き起こすことを懸念し、再び眠らせる為の対抗策として長年祈りを捧げ、払いの力を高めて来た銀製の短剣を預けた。短剣を手にソフィア達はかつてホワイト家であった廃館に向かい、そこから映画は終盤へと突入する。
館に侵入して離れ離れになった皆、一人となったソフィアが迷いの廊下を走り抜け玄関広場に出る、生首が階段から落ちて来るタイミングで玲亜は外を見た。
朝から変わらず、しとしと小雨。雷の予兆も聞こえないが昨日と似たシチュエーションに思わず身構える、鑑賞の最中また雷が落ちて何かが起きるのではないか。
(そう言えば、あの時の雷は赤かったような……んん、あれ? それって確か都市伝説の――)
『あっ』
セリエルが漏らした声が思考を遮る、反射的に映画に戻ると場面はまさに階段で倒れるソフィアに映画の自分が襲い掛かる瞬間。昨日はここで異変が起きたが今日は何も起こらず映画は進む。
捕まれようとした刹那、腰に携えていた銀の短剣が光を放ちセリエルを怯ませた。教会で続けられた祈りは効果を示しソフィアは隙を見て広間を脱出、生き残った友人と合流、短剣の光に導かれるまま館の地下に向かう。そして瓦礫で塞がれた隠し部屋の先で禍々しい邪気を放つ蓋の無い棺を見つけた。
そこにあるのは悪霊の源、封じ込められていたセリエルの遺骨だ。
もっとも邪気が濃く見える小さな頭蓋骨、これさえ破壊すれば――。
短剣を握りしめたその時、天上から血の雨を降らせながらセリエルが追って来た。遂に始まった最終決戦、両者とも全身を赤く塗らしながら衝突する。
己の遺骨に近づけまいとソフィア達を吹き飛ばし、床に溜まった血の池から無数の
自由になったソフィアは這いずりながら棺の部屋に向かう、慌てて追おうとした悪霊に左腕だけ茨から抜け出した友人の一人が、短剣と一緒に預かった聖水の小瓶を投げつけ妨害した。僅かだが稼いだ時間、彼女は棺に辿り着きナイフを振り上げる。
十を超える茨の先端が槍のように尖りソフィアを襲う。
茨の槍が彼女の全身を貫こうとする直前、それよりも早く頭蓋骨の脳天に銀の刃が突き刺さった。
セリエルは悲鳴を上げ空中で悶える、ひび割れ中に内包された邪気が一斉に放出され力がどんどん失われていく。甲高い慟哭に呼応して館全体が大きく揺れ、そして頭蓋骨が真っ二つになった瞬間、少女の霊体が花火のように弾けて消滅した。
(おー、こうやって終わらせたのか、ソフィアも友達もホント頑張った……けど、この子にとっては喜べる内容じゃ無かったよね)
終盤に登場した銀の短剣の強さに少しご都合主義を感じたが、あれだけ暴れ回ってたセリエルを見事打倒した最後のカタルシスに玲亜は素直に称賛した。館を出て丁度上り始めた朝日が血だらけの女性達を明るく照らし暗転、映画はエンドロールを迎えた。
キャストが流れる間も隣の少女は無言だった、訳九十分の上映会、映画の自分が消滅した当たりで顔を伏せ、手に持つカップのアイスの残りが溶けてる事にも気づいていない。
「どうだった映画? 僕からは言えることは無いんだけど、君は何か分かった?」
意気消沈してるかもしれないが見終わった以上、現実の問題と向き合わなければいけない。
玲亜が質問を投げて十数秒。
『……そう、ね、私は分かった事がある……と言うより思い出した』
顔を上げた少女はスポンサーのロゴマークを力なく眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます