第9話 そして少年と悪霊は契約を交わす
『この……映画、まだ信じられないけど、私は確かにこれととまったく同じ行動をしていた。あの場所は間違いなく封じられてた家の地下室、勝手に侵入してきた人間達が私を目覚めさせて彼らを殺して、それから町に降りて手あたり次第に殺して、警察署や学校らしい所で殺して、』
「物騒だから殺すって連呼しないで、君が好き放題したのはちゃんと見たからさ」
『事実を再確認してるだけ、命のやりとり程度で文句言わないで』
玲亜は反応に困りながらゲーム機からディスクを取り出し、思ったほど落ち込んでいないその姿に安堵した、凶悪な悪霊であるが外見は小柄な少女、年相応な脆さもあるかもしれない。
(もし泣かれたら、どうすれば良いのか分からないよ。あり得ないとは思うけど子供だしなー)
『――私の替わりにアナタを泣かせてあげようか? 羽をもがれた哀れな小鳥のようにピィピィって』
背後からの執行宣言に玲亜は凍り付いた、ギギギと錆びた歯車のように首を動かす。
「声に、出てた?」
『いいえ、心を読んだの』
「怖っ、そんな事までできるの!? 何でもあり過ぎだよ」
『全て読める訳では無いけど……それより話の続き』
「ぼ、僕を小鳥みたいにけちょんけちょんに捻り潰す話? 助けてください見逃してくださいまだ死にたくないです、せめて高校卒業までは」
『そっちじゃない、私の記憶に関して』
そう言うわりにはこちらを見る赤い目はムシケラを見るソレに近いと玲亜はツッコミたかったが大人しく隣に座り話を聞く。
『映画の後半、あの人間……ソフィアを階段に追い詰めてこの手でトドメを刺そうとした筈だった、でも気づいたら私はこの部屋にいた』
「うん僕が見てた場面と同じだね、館の玄関広場の階段、そこから君は飛び出して来た」
お互いが見てたタイミングに差異は無い、少女の物語はその場面で中断を余儀なくされたのだ。
『でも私ははっきりと覚えてる、ソフィアの持っていた剣の力で動きを鈍らされて、その後地下室に行った彼女を追いかけて、そしてそこで負けて消滅したことも全て覚えてる』
「? それっておかしくない? 映画の途中でこっちに来た君はクライマックスシーンを体験してない筈だよ?」
『いえ私は体験してる。目覚めた時から消える時までの全てをこの魂は記憶してる』
意外な情報に玲亜は困惑した、覚えているなら……つまりどういう事なのだろう?
『それだけじゃない、私の記憶はそこから先にも続いてた』
セリエルはダークブラウンの勉強机に置かれた二つのBlu-rayパッケージを引き寄せる、グラッジ・ホワイトの続編二作、未知の作品がセリエルの目の前を浮遊した。
『これの裏に載ってる画像の幾つかに見覚えがある、多分こっちの映画は私が負けてから数年後の未来の世界、ソフィアの結婚式が間近に迫ったあの日に私は二度目の復活を果たした、そして都会に引っ越した彼女を追ってそこに住む人間を一人一人――』
「わーわー!? ネタバレ禁止‼」
玲亜は着物の袖を靡かせながら両腕で×を作る、説明を中断されたセリエルは訝し気に目を細めるが、そこから先を語らせてはいけない。
「続編はまだ見てないから言わないで……ソフィア結婚するの!? ああ~見る前に知っちゃった~」
映画鑑賞を趣味にした当時に決めた自分ルール、見る作品の情報は可能な限り遮断する、真っ新な状態から物語を楽しみたい玲亜のちょっとしたこだわりだ。
『はぁ調子の狂う人、ともかく私は二作目の内容とさらにその先の三作目の内容を既に体験してる、それは間違いない』
「だとすれば君はグラッジ・ホワイト三部作を終えた未来の存在ってことになる、それならどうして一作目から出て来たんだろう? 君にとっては過去の出来事なのに」
三作目を終えた未来のセリエルが過去の一作目から飛び出す、それはどうしようもない矛盾だ。
『……推測はできるけど確証はない、けどこれを見るまで私は記憶の変質に疑問すら感じてなかった、この一作目の過去の私なんだと当然のように思ってた』
記憶の相違に気付いたセリエルは変わらずの無表情だが、赤き目の奥に沸々と滾る力強さを感じさせる。
『調べなきゃいけない、私が私自身の世界に帰る為に』
セリエルが立ち上がった瞬間、勢いよく窓が開き突風が室内に吹き荒れた。
『私が迷い込んだ理由、私を映した映画の存在、分からない事ばかり……本当に不愉快……私は決してフィクションの存在なんかじゃない』
窓の外を少女は睨む、彼女の力だろう突風に混ざった雨は次々に蒸発して赤い蒸気が部屋を飾った。
『偶然でも必然でも事故でも故意でも関係ない、全て暴き出して私は必ず私の世界に帰る』
オーロラのように輝く赤の霧、風の影響を受けない悪霊の立ち姿は清廉なまでに冷たく、元来の恐怖を覆い隠すほどの美しさ。思わず見惚れかけた少年は頭を振った。
「そうだね、このままって訳には行かないもんね、僕も出来る事なら手を貸すよ」
流石にここまで関わって置いて知らんぷりはできない。ベッドから見上げる玲亜へ向かって冷ややかな視線が刺される。
『人間の手は借りない』
「そうは行きません、巻き込まれたのは僕も同じなんだから、不愉快だって苛立ってるのは君だけじゃないんだよ」
以外にも強気な言葉にセリエルは虚を突かれる、無垢にお道化るだけの女装少年かと思えば、自分の意志を曲げない強さを魅せて来た。
「もちろんこれは馴れ合いじゃない君が元の世界に帰るまでの間の、そうだね一つの契約関係だよ」
『契約?』
「君にとってここは未知の世界、僕は君に住居とこちら側の世界の情報を提供する、その対価として君に同行することを許可して欲しい、と言うかここに居てもらわないと後が怖い」
この子を野に放したら何をしでかすか分からない、ひょんな事から映画の再現をされたらと想像するだけでも笑えない。
『成程それなりに価値のある条件……でも断るわ私は一人で動く、誰の手も借りない今までがそうだったように――』
「アイスクリーム沢山あげるけど?」
玲亜の切り札発動、セリエルの殺気は消え去った。
「君が食べたバニラとチョコだけじゃない、ストロベリーにクッキー、ラムレーズンに日本ならではの抹茶も」
『まだ、あ、あの甘さにまだ別の種類が?』
「それにさ、こっちの世界には他にも美味しいものが多くある、おそらく君が味わったことの無い未知なる美味が数えきれないほど、ね」
少女の決意はあっという間に硬度を失う、玲亜の誘惑など鼻で笑えばいいのに、傍のミニカップを見てしまう。
だってこんなに心も体もとろけるような美味しいお菓子、食べたこと無い。
「難しい事じゃないよ、この部屋を拠点として使えばいいって提案、それとできる限り民間人に危害を加えないで欲しい、その代わりに僕は色んな美味しい物を提供する、それでも一人で調べる?」
『くっ、んんんっ』
現在、交渉の主導権は玲亜が握っていた、迷いに揺れる赤い瞳が勝算を見出した薄緑の瞳と重なる、そして暫くの間悩み……窓が静かに閉められた。
『……分かった、その契約を受け入れる』
「やった、それじゃあしばらくの間よろしくねセリエル」
渋々の了承を聞き玲亜は嬉しそうに立ち上がり右手を差し出した。握手を求められたセリエルはぷいっと顔を逸らし応じなかった。
(あらら)
こうして少年と悪霊は不思議な契約関係を結んだ。テレビから紡がれた異世界来訪者異変? の序章、二人が歩むこれからが天国になるか地獄になるか誰にも分からない。
『でも先に言っておく』
「?」
『私は全ての人間が嫌い、殺したいくらい憎んでる……忘れないで』
うん、知ってる。冷たく言い放たれた今更の事実を聞き、玲亜は心の中で頷いた。
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