第四章

第26話 ザクザクな土曜日

 木曜日の邂逅から過ぎて、現在は土曜日の十四時前。

 蜘蛛巻き事件の犯人を再び見つけだす為、金曜日の深夜も出かけると玲亜は意気込んでいたが、この日は見事に熟睡して朝を迎え、セリエルに何度も謝った。しかし少女は機嫌を損ねる雰囲気は見せず、ハーケングリム(カフェラテ味)を無邪気に味わっていた。


(あんなに帰りたがってたのに、どうしたんだろう? 深夜もあの子一人で探しに行ってないようだし)

 玲亜は今朝のセリエルの様子を考えてながら、整理されずに雑草が好き放題に生える山道を歩いていた。ここは安久乃山の登山道から外れた脇道、以前から予定していた野外調査の為、午前の学業を終えたオカルト研究部(仮)の四人はバスを降りて、この山に建つ廃墟へ向かってる最中だった。


「ぜぇ、ぜぇ、まだ着かないんですか? もう大分歩きましたよー」

 草木がお生い茂る斜面の途中で杏子が疲れ切った声を上げる、標高で言えばまだ二百メートル程度の場所なのだが、長らく舗装されていない道を歩くせいで疲労が蓄積されてしまう。

「もう少しだ頑張りたまえ杏子君、それに偶の登山も中々乙じゃないか」

「あ、見て見て鏡ちゃん、蝶が二匹並んで飛んでる、もしかして夫婦なのかな? 僕達のこれからを暗示してるのかもしれないね!」

「蝶を見ただけでそこまで元気になるお前もある意味すげえな、まぁ、景色を見ながら歩くのも悪くないか、星礼、飲み物いるか?」

「……先輩達は何でそんなに元気なんですか?」

 山道、脇道、何のその。快活に進む三人と少し遅れて着いてくる一人は更に森を進み、やがて乱雑に伸びた木に隠れた建造物が視界に入った。


「到着だ、あれがオカルトスポットとして有名な廃洋館だ!」

 腰に手を添え紹介する美左に続いて、玲亜達も建物をじっくり見上げた。

 つたがあちこちに生えた、二階建てに複数の三角屋根が組み合わさったクラシックな廃洋館。一階と二階の窓は全て割れ、窓枠は細い板が幾つも貼られて雑に目隠しされている、本来なら綺麗な白色であったであろう壁は経年劣化によって灰色にくすみ所々剥がれて哀愁を感じさせる。家主もおらず、忘れられて放置され続けた廃墟だが、眺めていた玲亜はどこかこの建物に薄ら寒さを覚えた。


「何か、凄いお家ですね、住んでた人はきっとお金持ちですよ」

「うむ正解だ、この家は昭和初期に建てられたもので、裕福な三人家族が住んでいたらしい、これが参考資料だ見てみたまえ」

 杏子に応えながら、美左は鞄を漁り中から用紙を取り出した。見るとそこには白黒の恐らく家族であろう写真が載っていた。

 鼻の下に整った髭を生やす紳士服を着た四十代ほどの男性と高そうな着物を着て髪を後ろでまとめた同じく四十代ほどの女性、そしてその二人に挟まれて椅子に座る白い紳士服を着て、髪を七三に分けた高校生くらいの若い少年。三人は凛とした笑顔で写っている。


「この人達がこの家の持ち主ですか? こんな画像どこから手に入れたんですか?」

「ネットで探したらすぐに見つかったよ、当時でもここで起きた事件は有名だったらしい」

 返答された玲亜は前に聞いた一家心中事件を思い出す、写真を見る限りでは仲睦まじい家族に見え、心中するとはとても思えない。 


「当時の話を調べて見たが、どうやら心中事件を起こしたのは父親らしい、所有していた猟銃で妻と息子を撃ち殺し、そしてその後自らも撃って自殺した」

「惨いな、妻子を殺すなんてまともな神経じゃねえな、動機は何だったんですか?」

「そこらへんが少し曖昧なんだ、君が言った通り、心中前から旦那さんの様子はおかしかったらしい、その原因がこの人が趣味でやっていた昆虫採集らしいんだ」


 昆虫採集? 事件とは無縁そうなワードに三人は頭に?を浮かべた。


「只の昆虫採集ではない、数が少なく希少価値の高い昆虫の標本を集めるコレクターだったらしい、当時の穂群市の金持ちの間では珍しい標本を手に入れることが、ちょっとしたブームになっていたんだ」

「変わったブームですねー、私にはちょっと分からないです」

「珍しい昆虫……あっ、思い出した、確か僕の曽祖父も虫の標本を集めてたって聞いた事あるような」 

「おお。確かに昭和時代の黒百合家当主なら集めてても不思議ではない」


 幼い頃に母が曽祖父が残した蝶の標本を見せてくれたことを思い出す、宝石の様に光る羽に目を輝かせ、姉と共に大はしゃぎしていた。


「ここの旦那さんも蝶やクワガタなどを集めてたようだ、その中でも熱心に集めていたのが……蜘蛛の標本だ」

「蜘蛛」

「当時の記事によると、病的なほど蜘蛛を集めて熱中するあまり、家族との間に溝が出来てしまった、それが一家心中に繋がったのではと推測されてる」

「虫のせいで、いや蜘蛛は虫じゃ無かったな、そんなもんのせいで家族が壊れるなんて、何か遣る瀬無いな」

「そうですね、写真では優しそうなお父さんに見えるのに、息子さんも私達と年が近いですよね」

 家族写真とその結末に鏡一郎と杏子はしんみりと声を小さくするが、玲亜は蜘蛛と言うワードについ焦ってしまった。


 ついこの間、蜘蛛巻き事件の犯人である蜘蛛の化け物と対面したせいで、蜘蛛に対して良い印象を持てなくなった。

(今日は起きれると良いな、急いで犯人を見つけないと……あの子の為にも)

 今日、部屋を出る際に一瞬だけ目に留まったアイスを見つめるセリエルの表情は、どこか寂しそうに見えた。


「さて! それじゃあ、調査を始めようか諸君、謎の一家心中が起きたこの場所に果たして何があるのか、我らオカルト研究部(仮)の出番だぞ!」

「はーい、今回の調査ってあの家に入るんですか? 私ちょっと怖いです」

「そのつもりだったが、ちょっとこれを見てくれ」

 美左はそう言って、生い茂る草を掻き分け廃洋館の傍へ進み、そこに立て掛けられた看板に親指を向けた。


【立ち入り禁止】

 看板にはそのように掠れた文字で、でかでかと書かれていた。


「我々が入れるのはここまで、という訳で諸君、これを受け取ってくれ」

 部長はカバンの他に背負っていた大きなバッグから軍手、ゴミ袋、トングの三点セットを取り出して三人に配った。

「まあ、いつも通りだな」

 鏡一郎の溜息に玲亜は苦笑しながら、杏子は少しだけ嫌そうに受け取り軍手を装着した。


 オカルト研究部(仮)、野外調査の標準装備となった各部員を見て美左は満足げに微笑む。

「それでは諸君、活動開始だ! 制限時間は一時間、一帯のゴミを拾いながら希少なオカルトを探してくれ給え!」

 その合図に三人は散開、こうしていつもと変わらない、淡々とした地域清掃が始まった。

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