第27話 いつものオカルト探検、だった筈

 いざゴミ拾いを初めて見ると、生い茂る草の隙間から次々に顔を出すポイ捨てゴミを発見、玲亜は薄緑の瞳を光らせてトングを握った。有名なオカルトスポットなので自分達と同じく興味本位で来る者も多いのだろう、地元の山を地元の人間が汚す事に少しだけ嫌悪感を抱くが、自分も気づかない内にどこかを汚してるのかもしれないと思い、目の前のゴミに集中する。


 玲亜はこの野外清掃の時間が好きだ、外を綺麗にする度に、母と姉の為に生きることをやめた己の汚れた罪悪感を少しでも拭い落とせた気になるから……掃除が好きだ。


 ペットボトルにスナック菓子の袋、煙草の吸殻に高そうな皮の財布。今回もより取り見取りにゴミが待ち構えている。

「財布?」

 トングから伝わる重い感触、いつの間にか茶色の財布を掴んでいた。

「財布の落とし物発見、念の為に持ち主確認しますね」

 ここで落としたら見つけるのは絶望的だなと、考えながら中身を確認する。皮の光沢を見る限り真新しい物かもしれない。一万円札が四枚と千円札が五枚、数枚のポイントカードに健康保険証とキャッシュカード、そして運転免許証も入っていた。

「この人、今生活できてるのかな? 名前は杉本信也すぎもとしんやさん……すぎもとしんや、あれ? ここ最近聞いたような……」


(『穂群市にて男性三名の遺体が発見された事件の続報です、遺体の身元が判明しました――同じく穂群市在住の杉本信也すぎもとしんやさん』)

 水曜日のニュースで流れてた、蜘蛛巻き事件の被害者と同じ名前だと玲亜は気付いた。


「まさか」

「おーい玲亜君、首尾はどうだい?」

 免許証を持って考えていると、後方から美左が近づいて来た。彼女のゴミ袋は既に三分の一が埋まっていて、玲亜より成果を出している。

「部長、この財布が落ちてたんですけど、実は――」

 玲亜は財布を見せて、持ち主の名前と蜘蛛巻き事件の被害者の名前が同じだと伝えた。


「成程、同じ名前か……同姓同名の別人の可能性もあるが、帰りに警察署に預けて説明した方がいいな、玲亜君ナイス発見だ」

「はい、それが良いですよね」

(でも、もし財布が被害者の物なら、どうしてここに落ちてるんだろう?) 

 てきぱきとした美左の指示に同意しながらも、玲亜の心中には漠然とした不安が滲み溢れて行く。


「ところで玲亜君、映画の続きは見たかい?」

「映画?」

「私が貸したグラッジ・ホワイトだよ。三作とも見終えたのなら感想を聞きたいのだが」

「あ、すみません時間が取れなくてまだ一作目しか見れてません、もう少し待ってもらえますか?」 

 玲亜も早く続きを見たいのだが、セリエルが嫌がる以上、彼女が帰ってからでないと視聴は難しい。


「いいよいいよ、急かすような言い方になってしまったな、何だったらこのまま三作とも君が貰ってくれて構わないぞ?」

「貰うって? そんな悪いですよ、部長も気に入ってる映画だって言ってたじゃないですか」

「心配しなくてもいい、元々、鑑賞用、保存用、飾る用で複数枚買ったから、家に残りがちゃんとある」

「気に入り方が僕の想像を超えてた」

 つまり最低でも九枚以上は買ったという事実を美左はごく自然に語り、玲亜は呆れて苦笑しかできなかった。


「……それじゃあ、ご厚意に甘えて頂こうかな、ありがとうございます部長」

「うむ、グラッジ・ホワイトをじっくり堪能したまえ……悪霊ヴィランのセリエル君は可愛いだろ?」

「え? あ、まあ、どうなんでしょう?」

 突然、家で待つ少女の名が飛び出し玲亜の舌がもつれる。

 美左はあくまで映画のセリエルの事を聞いている、しかし近づいた彼女の眼はこの前のオカルト談義の時のような真剣な眼差しに似ていたが、曖昧な返答を聞いた彼女は何時もの表情に戻り離れた。


「……そうかそうか、まぁ見終えた時に感想を聞かせてくれ、その後におススメしたい別の映画もあるからな、最初の予告で君も見ただろう、全米をお騒がせしたあの超大作を」

「っ! それは、もしかして?」

「そう――「ギャラクシー・シャークVSヤマタノオロチVS皇帝ペンギン」だよ」

 衝撃の作品名を耳にして玲亜に稲妻の如き衝撃が走る、実の所、予告編を見てから今日までずっと滅茶苦茶気になっていた。


「あれも素晴らしい、とは違うな、面白い、筈なんだが……ともかく、十年以上は記憶に残ること間違いなしの濃ゆーい映画だ」

「予告だけでも記憶に張り付いてますよ、情報がたっぷり出て来たのに、結局何の映画なのかさっぱり分からない混沌カオスな予告でした、あれは一体何なんですか?」

「部長にも分からん、本編を見たのにこんな感想しか言えん、しかし一度見て欲しい作品だ、凄いぞー、どう凄いのか説明できないがとにかく凄いぞー」

「部長から語彙力を奪うくらい凄いのは映画なのは、何となく分かります」

「はっはっはっ! 怪獣同士のバトルがメインだが、一番の見所は、そう【ビームチェーンソー】だな」

 そのワードに玲亜の魂がとくんと微かに高揚する、予告はさっぱり理解できなかったが、ただ唯一このビームチェーンソーだけは頭に残っていた。


「怪獣達の激闘によって絶滅の危機に瀕した人類に委ねられた神様からのギフト、カリフォルニア州の森の奥底に生えるバハムートの世界樹の根元から誕生した、星の涙の具現、怪獣もお化けもその全てをバターのように切り裂く、それが聖剣ビームチェーンソーだ!」

「もう何からツッコめばいいのか分かりませんね、それと部長ネタバレ禁止です」

「おっと失礼、まあともかくこのビームチェーンソーは重要な武器ということを覚えてくれ、映画をより楽しむことが出来るぞ」

「ビームチェーンソーを覚える、了解です」 

 そうしてお互いにビームチェーンソーで盛り上がっていると、サボんなー、と遠くから鏡一郎が注意して、二人は慌てて分散して清掃に戻った。


(ビームチェーンソー……ふふ)

 ゴミを探しながら予告を見て大笑いした先週の事を思い出し笑みがこぼれる、そして、その後にグラッジ・ホワイトが始まり、セリエルが飛び出した時まで記憶は続いた。

「土曜日……そっか、あの子と会ってからもう一週間経つんだ」

 予測できる筈もない、激動に塗れたオカルトだらけの一週間に感慨深い気持ちになって空を見上げた。流れの速い積雲が朝よりも空の割合を締めている、現在はおよそ六割ほど。

「この調子だと、明日は雨かな、それも結構降りそう」

 今までの経験から、玲亜は何となく湿った雨の匂いを感じ取った。


……。

…………。


 清掃開始から一時間が経ち、玲亜は鏡一郎と合流して雑草の少ない開けた集合場所に戻ると、美左が一足先に到着していた。

「そろそろ時間だな、二人共お疲れ様、オカルトな浮遊霊をダース単位で見つけたかな?」

「残念ながらゴミばかりっすね、一家心中があったとは思えないくらい静かな場所で捗りましたよ」

 鏡一郎は袋いっぱいに詰まったゴミ袋を下ろして一息つく。五月後半の今はそこまで気温は高くないが、一時間の清掃で汗が浮き上がるくらいには体温が上がり、額や首筋を流れる。

「あ、鏡ちゃんストップ! 汗が伝う鏡ちゃんすっごく良い! ちょっと写真撮らせて、じっくりねっとり、仕事終わりのセクシーなお姿を記録しなきゃ」

「せんでいい」


 パシャパシャパシャと、玲亜がスマホの撮影ボタンを連打しながら、画面に映る鏡一郎に見惚れていると、彼の左手の指に何かが引っ掛かっていた。

「鏡ちゃん、それ何?」

「ああ、あっちで拾った革靴だ、ゴミかと思ったんだが妙に真新しくてな」

 鏡一郎が左手にある両足揃った革靴を見せる、彼の言う通り靴には光沢がはっきりと残り、目立った傷も見当たらない、この場所に放置されてそんなに時間が経っていないのかもしれない。

「片方だけならともかく両側も一緒に落ちてたのが気になるな、わざわざこんな山の中に捨てるとも考えにくい」

「僕達みたいにオカルトスポット巡りに来た人が忘れたのかな? 僕もさっき真新しい財布を見つけたよ」

 拾った財布を鏡一郎に見せて互いに首を傾げていると、美左が顎に指を添えながら口を開いた。


「今朝、新聞で見かけたのだが、月曜日に近くで見つかった蜘蛛巻き事件の被害者の遺体、その三人の内の一人の会社員の男性は、靴を履いていなかったらしいんだ」

 神妙な顔で美左が伝えた情報に、思わず二人は口を閉じてしまう。

「会社員が履く靴は一般的に革靴だ、丁度そんなタイプの」

 そう言われ革靴に視線が集まる。綺麗ではあるが高級ではない、履きやすさと動きやすさを重視した、営業向きの靴だ。

「そして玲亜君が拾った財布の持ち主は、他の被害者と同じ名前……偶然かこれは?」

 三人の間に沈黙が流れる、強めに吹いた山風が草葉を揺らし冷たい無機質な雑音を奏で、太陽が厚い雲に隠れて影が広がる。


 玲亜はあの悍ましい蜘蛛の悪霊のビー玉の目を思い出してしまった。

「部長、今日はもう帰りましょう、これ以上ここに居るのは……」

「そうだな推測を言っても仕方ない、帰りに警察署に寄って、靴も一緒に預けよう」

「まだ十五時半前、十六時過ぎにはバス停に着けるな、星礼が来たら……?」

 スマホの時刻を確認していた鏡一郎は、辺り一帯を見渡した。


「星礼はどこだ?」

 その言葉に玲亜と美左は顔を見合わせ共に見渡す。遠方や木々の間に目を凝らして探すが、三人が立つこの場所の周囲に後輩女子の姿は見えなかった。

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