第24話 ……見つけた
(あの時は花織さんの勢いに押されて引っ越すって決めたけど、今は感謝しかないな、家族みたいな温かい生活をまた送れるなんて思ってもみなかった)
従妹の花撫とは余り面識は無かったが、暮らしてすぐに打ち解けた。
病は気から。実家の生活は自覚が無いだけで負担になっていたようだ、事実、松原家で生活を送るうちに吐血の回数は減り、病気は変わらずだが少しだけ体が軽くなった。
身近な人間で玲亜の病気と余命を知っているのは、家族と使用人と花織と彼女の夫、そして過去に吐血した所を見られ誤魔化さずに話した鏡一郎、その僅かな人数だけ。それ以外の人達からは玲亜は体が弱いという程度の認識だった。
(ここ一年は本当に穏やかで楽しい高校生活……)
「の筈だったんだけどなぁ」
『何が筈なの?』
「ひゃわ!?」
柵の前にいた筈のセリエルがいつの間にか椅子の隣に立って見下ろしていた。
『何も見つからない、だから帰る』
「え? うん分かった……まずっ、もう四時前だ」
『もうすぐ朝ね、殺人者は次の夜に探す』
思いのほか長く過去に浸り過ぎていた、遠方の空の端が黒から紫に変わり始めている。スマホを胸にしまい立ち上がる、休憩したおかげで体力は幾らか回復した。
「ところで聞きたいんだけど、もし蜘蛛巻き事件の犯人を見つけたらどうするつもり」
『? 勿論、全身の骨を粉々に砕いた後に、くまなく千切って細切れにして鼠の餌にする』
「言葉がグロテスク」
殺さずに警察に渡すよう説得しないと。交渉用の新しいお菓子を模索しながら玲亜は休憩場から歩き出し、セリエルも続こうとした。
『――!!』
しかし彼女は後ろ髪を引っ張られたように目線を上げ、柵の向こうの街へ振り返った。
『いた』
「ん、セリエル?」
玲亜へ返答は無く、少女は柵へ向かい食い入るように見渡した。
『黒くて乱雑な殺意、間違いない、あの街で誰かが人間を殺そうとしてる』
「っ、それって、今殺人事件が起きてるの!?」
伝えられた事実に緊張が走る。殺人事件と言えば、渦中の蜘蛛巻き事件の可能性が高い、あと一時間ほどで早朝を向かえるタイミングで新たな惨劇が起きようとしているのか?
『殺す前か後か、その場に行けばすぐに分かる』
セリエルは語気を強めて浮いた、元の世界に帰る手がかりを見つけてエネルギーが高ぶる姿で柵を越えて街へ飛ぼうとする。
『アナタも来て』
「え? わわわ!?」
ピッと少女は玲亜を指さすと彼の足が地面から離れ宙に浮いた。ジタバタ手足を動かすが地面に戻れない、自由の利かない重力に慌てふためく姿を確認して、セリエルは飛び上がった。それを見た瞬間、玲亜の勘が嫌な方向に働いた。
「セリエル待って! 僕はいいから下ろし、ひゃわーー!!??」
制止も意味をなさず、少女の後に続いて高台の端から未明の夜空へ飛翔した。さっきまで吐血してシリアスな空気を醸し出していたのに、気づけば心臓バクバクの愉快な空中散歩が開始され、玲亜の思考回路はけたたましいエラー音で埋め尽くされた。
地上から二百メートル上空を時速四十キロ程で移動する二人。遥か天空に散りばめられた星の海は公園よりも鮮明に煌めき、眼下の街では二台三台、走行する車のライトも見えるが、今の玲亜にこの新鮮な景色を楽しむ余裕は無い。
セリエルは前に二十度くらい体を預けた体勢で飛び、彼はその後ろでゆっくり回りながら空に溺れていた。
「飛んでる、僕飛んでる! ひぃっ寒くて高い! セ、セリエルさん今驚かすとか無しだよ? 絶対に落とさないでね!!」
『静かにして、飛ぶくらいすぐに慣れる』
髪やドレスを靡かせて夜天を飛ぶ悪霊少女は、まるで月明りに舞い降りた羽付き妖精。斜め後ろから見える西洋人形の横顔に無意識に見惚れてる内に、高さへの恐怖は薄れた。
「今向かってる場所に殺人犯が居るんだね、やっぱり蜘蛛巻き事件の犯人なのかな?」
『それは分からない、ただ今も発してる殺意に迷いから起きる淀みを感じない。つまり対象は人間を殺すことに慣れてる』
「慣れてる……セリエル一つ約束して、殺人犯がいた場合、出来る限り殺さないで捕まえて欲しい」
『アナタと契約した内容に、その人間は含まれないと思うけど』
「それでもお願い、こっちにはこっちの法律がある、次の殺人をさせない為に痛めつけるのはいいけど、その後は警察に任せよう」
玲亜の説得に納得できない表情のセリエル、しかし彼はもう一つの懸念を考えていた。
「それに、君が殺人犯を殺したら、それが原因で地縛霊のあの縄がまた君を縛るかもしれない」
『ぁ、それは、確かに』
セリエルは元の世界に帰れない苛立ちで、そこまで考えが及ばなかった。こちらの世界で人を殺めるリスクの高さに玲亜は一早く気づいていた。
『分かった、とりあえず手足を砕いて放置する、それで構わない?』
「痛そうだけど、それでオッケー。犯人を捕まえれば、呪縛も消えても君も元の世界に帰れる、突然だったけど、うん気合入れて行こう!」
『……さっきまで死にかけだったくせに、おかしな人、フフ』
ころころ表情を変える玲亜に呆れて目を逸らすセリエルだが、髪に隠れたその口元は微かに綻んでいた。
『殺意の反応が近い、そろそろ降りる』
そう言って二人が降下したのは、前に遺体が発見された端木二丁目から離れた小さなビル街の傍だった。年季のある古いビルと民家が並ぶ国道から反れた路地、遠くから車の走行音は聞こえるが、この周辺にはまだ人の気配は感じない。
「この近くに殺人犯がいるかもしれない……」
いざ口に出すと芯の内が冷える、市内を恐怖で震え上がらせた殺人鬼が目と鼻の先にいるかもしれない事実、幽霊を見た時とは違うリアルな恐怖にこれから対面して捕まえなければならない。
『この三百メートル付近にいる、それにこの波長は、』
ビイイイイーーーー!!!!
セリエルの言葉を遮り、そう遠くない距離から高い機械音が鳴り響いた。それは玲亜には聞き覚えのある音だった。
「この音、もしかして防犯ブザーの音?」
誰かが携帯用のブザーを鳴らした。二人は顔を見合わせて急いで音の場所に向かった。ブザーは十秒ほどで鳴りやんだが、セリエルは位置を特定したのか迷いなく路地を曲がり、玲亜も後を追う。そしてとあるビルを回って裏手にある小さな駐車場に辿り着いた。
出入口以外の三方を建物と看板で遮られた見通しの悪い空間、車は一台もなく、電柱に付けられた街灯は消えていて、細部がはっきりと見えない。
二人は出入り口から様子を窺う、セリエルはじっと正面を見続け、玲亜はぐるぐる全体を見渡す。少しずつ
緊張から固唾を飲むと、奥のビルの手前に備え付けられたフェンスに端に白い何かが張り付いている。
「あれは……まさか人!?」
気づいた玲亜は駐車場に入り急いでフェンスに駆け寄ると、そこには奇妙な光景が存在した。
白い何かは細い繊維が眉のように密集した、一目で例えるなら巨大な蜘蛛の巣だ。そしてそれに胴体を巻きつかれたスーツを着た二十代の女性がフェンスに磔にされていた。もしかして死体? と思い踏みとどまったが、女性の首が微かに動いた。
「生きてる、大丈夫ですか! 僕の声聞こえますか?」
「う、うう」
女性は呻き声を漏らすが、瞼は閉じた状態だ顔も白く唇も紫に変色、素人目からでも衰弱してることが分かる。左の二の腕の部分の服が鋭利な物で引き裂かれ、そこから手に伝って出血している。彼女の足元を見ると、砕かれて機能を失った防犯ブザーを発見、今鳴らしたのは彼女で間違いない。
噂と同じ蜘蛛の糸に巻かれたに玲亜は蜘蛛巻き事件を強く連想するが、目の前の女性はまだ生きている。呼びかける玲亜に遅れて、セリエルも駐車場に入り少しだけ視線を上げる。
「待ってください、今助けますから」
女性に巻き付く糸を剥がそうと臆せずに掴む。両手いっぱいに伝わる嫌な感触に思わず眉を顰める。ねちゃりとした強い粘着力に加えまとめられた繊維は綱引きの縄のように固く、ゴムに近い弾力性がある。力づくで引っ張ってもびくともせず、表面の薄い膜だけしか取れない。
「固いっ何なのこの糸、セリエルお願い君の力でこの糸を剥がして」
『その前に上のアイツを片付けた方がいい』
『上?』
玲亜は手を止め、不思議に思いながらフェンス先のビル裏側の壁を見上げる。
窓が並ぶ、およそ四階の建物の屋上手前に何かが張り付いている。
人間よりも一回り大きい平たい真黒なシルエット、その中央には大小六つに丸く光るビー玉のような物体が見える。
ソイツはシルエットの左右から、くの字に曲がる細い棒を広げ、壁に突き立て――。
「……蜘蛛?」
唖然と見上げる玲亜に向かって、勢いよく駆け降りた。
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