第21話 ひえひえの水曜日、その深夜
「玲亜さん、気になってたんですけど、冷蔵庫に買い溜めしてあるスイーツは一体? ぎゅうぎゅう詰めで驚きました」
「ああアレ? ごめんねついつい買いすぎちゃった、花撫ちゃんも好きなの食べて良いからね」
「はい……それなら、ありがとうございます」
「今週は食べ盛りだよね玲亜君は、何かあった? 最近上の空なことが多いよね」
「あー特に何かあった訳じゃないんですけど……」
花織の問いを躱そうと適当な理由を考えていると、ドラマ前のニュースが流れ始めた。
『今週の月曜、穂群市にて男性三名の遺体が発見された事件の続報です、遺体の身元が判明しました。穂群市在住の橘本〇〇さん、同じく穂群市在住の
近場で起きた殺人事件の続報。被害者の名前が淡々と伝えられ、蜘蛛巻き事件の可能性が高いと分かり、隣の花撫が微かに肩を震わせた。
「嫌だな、怖い日常になったよね、二人共本当に気を付けて、下校中も何かあったらすぐに近くの人や建物に助けを求めて」
花織は真剣な声色で注意を促す、夕食時に話していたが、このまま犯人が捕まらなければ、車での送り迎えも考えてるようだ。
玲亜と花撫が頷きしばらく沈黙が続いていると、ドラマが始まり前回の引きから始まった修羅場展開に三人はすぐさま意識を持っていかれた。
★★★
てん、てん、てん。
玲亜は歩道の白線を的確に踏みブーツが反れないように歩く。
白線の上を歩こうゲーム、踏み外したら負け。子供じみた遊びだが人気のない夜の散歩中に行うと意外と面白い。
時刻は深夜の二時、日付を跨いで木曜日を迎えている。今朝は気まぐれの通り雨が降ったが、その後は雲は離れ、見上げると小さな星々が自己主張していた。
「そろそろ、機嫌を直してくれると嬉しいな、コンビニでアイスも買ってあげるよ?」
『……むー』
眠って三時間程度で目覚め、そのまま開始した深夜散歩。今は夜の外出は危険だと玲亜も分かってはいるがやめられない。今日は先にセリエルを誘い、了承した少女は後ろをついてくるが、その眼はジトッと細く、あきらかに不機嫌だった。
何故こんなに少女が不機嫌かと言うと、話はテレビの門が開いたあの後に遡る。
元の世界に戻れると喜んだセリエルは、早速、門の中に入ろうとした……しかし彼女の手が半分、画面に入った瞬間に止まり、見えない力によって弾かれたのだ。
『どうして!? っ、もう一度!』
開いた門から弾かれるとは予測できなかったのだろう、事実、玲亜も信じられずに唖然と座り込む、その後もセリエルは何度も何度も侵入を試みるが、反転した引力のように門は拒み続け、光が射した悪霊少女帰還計画は新たなる暗礁に乗り上げてしまった。
少女のテンションは有頂天からの急転落下、不機嫌さを隠すこともせず、室内で何度もラップ音を鳴らし続けた。
『……三個買って』
「一日二個までって言ったばかりでしょ」
『駄目、三個』
「二個」
『三個』
「二個」
『仕方ない、四個で妥協する』
「分かってくれて何より……増えてない?」
玲亜が振り返り突っ込むがセリエルは視線を明後日に向けて、反論を受け付けなかった。
「しょうがないか、分かった四個でいいよ、僕もこれから君に頼みたいことがあるから、その報酬の前払い」
折れた玲亜に勝ち誇った視線を向ける少女、少しは機嫌が直ったのか、浮遊する体は玲亜に並んだ。
「それにしても、どうしてあの門を通れないんだろう、君は何か気づいた?」
『ええ一応、アナタが学校に行っている間に、門に対して色々と試した……私を拒む理由はコレ』
セリエルが玲亜の前に移動してお盆を持つ形で両腕を見せる、すると手首の辺りに薄い靄が現れ輪郭を作り、黒い縄となって腕に巻き付いていた。
「それは?」
『霊の魂を土地に留める為の呪縛、交差点の霊も似た物に縛られていたのをアナタは見てる筈』
縄は腕から地面に伸びて透過しており果ては見えない、思い出せば転びの交差点に張り付いていた顔面もこれと似た縄で地面に縫われていた気がする。
『Ghost Bound、つまりは地縛霊の証、この呪縛を受けた霊はその場から動くことが出来ず、成仏すらさせてもらえない』
よく見れば縄は手首だけでなく、腰と足首にも巻き付いてる。
「地縛霊……君もその地縛霊になったってこと? それって平気なの?」
『私は有象無象の霊とは違う、これくらいの縛り何一つ影響はない、でも私の世界に帰るという点においてだけ、この呪縛が足枷になってる』
セリエルが手を振ると縄は全て消える、しかし微かに聞こえる軋む音が未だ縄がそこに在るのだと証明していた。
『門が拒んでいるのは私ではなくこの呪縛、門を通れるのは私の世界の存在だけ、こちら側の不純物は通さない、それもマイナスのエネルギーは特に厳しく……ほんと、嫌味なくらい繊細で強固な守り』
「まるで空港のセキュリティゲートみたいだね、でも君の力ならその呪縛だっけ? それを消すことも、」
『今見せた縄はそう見えてるだけの仮のイメージ、私を呪縛霊として本当に縛っているのは、この街に住む人間達の恐怖の感情』
「恐怖の、感情」
『今この街の人間達は心に恐怖を抱え、何かに怯えてる、私が自分の世界で好きに殺しまわっていたあの時と空気が似てる』
セリエルは自分の過去を思い出しクスリと唇を緩める。
街の人達が現在、恐怖に怯えてる……少女が語ったその理由に玲亜は心当たりがあった。
「まさか、蜘蛛巻き事件」
未だに続く連続殺人、穂群市に広がる噂によって、どこでも張り詰めた空気が漂い、誰もかれも平静を装いながら見えない殺人鬼に恐怖を感じている。
『アナタが言っていた殺人か、そんなことに足を引っ張られるなんて』
「あの事件の噂が原因……でも君とは何も関係ないよ、なのに地縛霊になるなんておかしいよ』
『いいえ、何処かの誰かがこう考えてる、この事件は私が引き起こしているんじゃないかって』
「えぇ、誰? そんな出鱈目なことを考えるのは、最低にも程がある」
勝手なことを噂する人も居るもんだと、玲亜は呆れ半分で溜息をつく……そんな彼にセリエルは責めるような視線を送る。
『こちらの世界で私を知ってる人間は一人しかいない』
「え……もしかして僕、ですか?」
少女が頷くと、しばらく乾いた沈黙が両者に流れた。
「あ、あはは、いやーそのー、勿論君がやっていないのは分かってるよ、時系列が合わないしね、でもちょっとだけ君ならやりかねないな、うん、きっとノリノリでやるだろうなーって考えたり考えなかったり」
『は?』
「申し訳ありませんでした」
説明中に地面の落ち葉や小石が弾けて流れる組曲に背筋を冷やし、玲亜は潔く頭を下げた。
「つまり君が帰れないのは、僕のせいってことか……本当にごめん」
『起きたことはもういい、それに解決する方法はもう分かってる』
ポルターガイストを起こしたが、特にセリエルは怒ってはいなかった。進み始めた少女は先を見据えるように夜空を見上げる。
『噂の根源、殺人を行っているソイツを見つけて捻じり潰す、ええ単純な話でいい』
「蜘蛛巻き事件を僕達で解決する……」
(警察じゃない僕達が、連続殺人犯を捕まえなければいけないなんて、でもそうしないとこの子は元の世界に帰れない)
欠片ほども予想していなかった、次の目標に実感を持てないまま、玲亜は少女の背を追った。
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