第22話 イタズラ過ぎる公園
本日の散歩は前回と違い目的地がある。住宅街から大分離れた細い路地を歩く二人は高台に続く上り坂に入る。蜘蛛巻き事件は一先ず置いといて、今日は本来の目的を果たそうと玲亜は考えた。
途中で寄ったコンビニでセリエルは遠慮なくアイスを四つ選び、今は内の一つのバニラのソフトクリームを浮遊しながら、ぺろぺろと堪能している。
『うんハーケングリムよりも味は薄いけど、これも悪くない、片手で食べられるのが便利……それで? 今日は何処へ?』
「この先の丘に大きな公園があるんだ、通称『イタズラ過ぎる公園』。そこも交差点と同じで最近不穏な噂が多くて、ちょっと君の目で確かめて欲しい」
坂を上りながら簡潔に説明する、坂を上った先にある公園は豊富な常緑広葉樹が生え揃い、市内でもトップクラスの数の遊具を揃えた有名スポット。遊び場として毎日多くの子供達が訪れ、週末は大人も訪れ楽しく利用している。
「でも少し前から、おかしな出来事が起こり始めた。無人の遊具がひとりでに動いたり、夜に来た人が子供の笑い声を聞いたりって、そう言う体験をした人がどんどん増えて、怪我をする子供も急に増えた」
幸い子供達は擦り傷や軽い打撲で済んだが、その子達は口を揃えて、遊具で遊んでる時に体が動かなくなったと言い、危険を感じた親が公園に近づくことを禁じて、今では人の姿が消えた寂しい場所になってしまった。
「もしかしたら、あそこにも見えないナニカがいるかもしれない」
『ふーん、人間に不利益な噂が多い街ねここは、それで人間が苦しむなら別にいいけど』
「こっちは良くない、こんな噂ばっかり立ってたら、その内外出まで禁止されそうだよ、そんなの全然楽しくない」
坂を上りきると公園の入り口である幅の広い階段が視界に入る、住宅から離れた目的地へ登ろうとした時、セリエルが止まった。
『これは、何?』
少女の関心を引いたのは、階段横に立っている可愛らしい一体の石像だった。
「ああ、これは穂群市のマスコットキャラクターの『キリリさま』だよ」
玲亜が石像の背後に立てられた看板を指さす、そこには石像のキャラがカラーで描かれている。足元まで届く目に優しい薄緑の髪と白赤の一般的な巫女装束を着た、女性のミニキャラは元気一杯の笑顔で明後日の方角を指さしていた。
「ずっと昔、平安時代くらいに実在した巫女さんをモデルにした市の広告キャラクター」
『巫女……シャーマンに似た存在ね、像まで作るなんて高名な人間なのね』
「確か元のキリリさまは、不思議な神通力を持ってたって話だよ、神様の声を聞いたり、病を瞬く間に治して、後、未来を見ることが出来たとか、災害や事件を予知して見事回避したんだって」
『未来、か』
「街づくりの一環で、ここだけじゃなくて市内のあちこちにこの像があるよ、あんまり効果は無いけど……さっ行こう、階段の先が話してた公園だよ」
公園が気になる玲亜は話を終わらせて階段を上がり、像を眺めていたセリエルもすぐについて行った。
階段を上り終えると街中ではまず見られない広さの芝の公園が悠然とそこにあった。瓢箪に似た形の緩やかな斜面の高台公園、説明した通り周囲には常緑広葉樹が生え並び、落下防止の木の柵が設置、一般的なブランコが複数、お椀型の回転遊具に、アスレチックと滑り台が合わさった大きな複合遊具もある。公園の端には大きな屋根の休憩所もあり、そこから下の街並みを眺めることが出来る。
「ふぅ、やっと着いた。ここがイタズラ過ぎる公園だけど、ちょっと見渡してみて」
街灯があるとはいえ、住宅街から離れたここは闇の面積が多く、全容までは見えない。以前この時間帯で訪れた際に、濃ゆくイチャついてるカップルと鉢合わせして、互いに気まずい空気になったことを思い出す。
『その必要は無い、アナタの予想通りここにも居る……それにしてもうるさい』
「っ、やっぱりここにも幽霊が居るんだ、セリエルこの前みたいに僕も見えるようにしてもらえるかな?」
眉をひそめて幽霊の存在を認めるセリエルの言葉に緊張が走る、少女の反応からまともな幽霊ではないことは予測できる。
『そう言うと思って、もう処置は済ませた』
「そっか……処置?」
『さっき寝ている間にアナタの頭を少し弄った、こう、脳の神経をくりくりって』
「何してくれやがってるんですか君は、え? 知らない内に脳改造されたの僕は?」
『霊が見たいって気持ちを集中させればすぐに見える、つまり霊視のオンオフが可能になったってこと』
「無視かこの悪霊め……はぁ、とりあえず集中すればいいんだね」
少女の横暴を咎めた後、玲亜は目を瞑り、幽霊が見たいと思考を一点に集めた。
(僕は幽霊が見える、見える、見える、見えますように)
『―――。―――っ』
すると何か甲高い声が聞こえ始めた、一つや二つじゃないもっと多くの。
交差点の顔面と同じく、これは幽霊の声だろうか? 正体が気になり玲亜は瞼を開いた。
『『『けらけらケラけらけらけらけらケラ‼!!』』』
「わああっっ!?」
襲い掛かった大合唱に玲亜は悲鳴を上げながら耳を塞いだ。無音からの大騒音に混乱しながら公園を見た。この世の者とは思えない甲高い笑い声の正体、それは公園のあらゆる所に散らばる人型のナニカだとすぐに分かった。
スマホと同サイズ程度の小人、それが玲亜の初見の印象だった。遊具や木の枝、地面で笑い続ける灰色の小人の数は把握しきれないが、恐らく数百をゆうに超えている。飛び跳ね走り転び突き合う、子供のようにはしゃぐ姿に玲亜は嫌悪感を覚える。
小さな体よりも一回り大きな頭、交差点の顔面と同じく真黒な目と口は画像処理を施したようにアンバランスに歪み、あれではまるでムンクの叫びだ。
「す、凄い声、それになんて数」
『周りからここに集まったのか、それとも一つの魂が分裂したのか、理由に興味は無いけど、霊的エネルギーはマイナスに向いてる、あれは悪意を持ったつまらない霊』
「じゃあこいつらが公園の異変を引き起こした、っ、それにうるさい、頭がおかしくなりそう」
『怖がる人間を嘲笑う霊障の音、人間が聞き続ければ精神に異常きたして、いずれ壊れる』
訪れた人が聞いたという笑い声はこれか、遊具に蟻のように群がる様子を見ると、あそこで遊ぶ子供の邪魔をして怪我をさせたのだと容易に判断できた。
「質の悪い幽霊ってことか、セリエル何とかしてもらえる?」
『この前と同じく潰せばいい? それなら好きにする』
「お願い。あっ、皆が利用する場所だから、出来る限り公園は傷つけないで」
『それだと一帯を全て燃やし尽くす策は使えない、仕方ない別の方法にする』
「ここ燃やす気だったんだ……」
ちゃんと進言して良かったと、耳を塞ぎながら安堵すると、セリエルが前に出る。
『それじゃ手早く済ませる、この耳障りな声もそろそろ飽きた』
白く細い人差し指を下唇に添えて、少女は命令する。
『――黙れ』
ぞくりと、玲亜は全身で怖気を感じる。空気が……変わった。
いつもと変わらないセリエルの感情の無い声から、霊的エネルギーが円状に放たれ、目にも止まらない速さで公園全体を駆け巡る。
『――――』
哄笑からの沈黙。歪んだ小人の群れは一斉に笑いを止め、歪んだ表情は凍り付いた。命令一つで声を奪われ、カタカタと小刻みに体が震え始める。気づいたのだろう、目の前の少女相手に笑ってる場合では無かったのだと。
群体から恐怖を感じて悦に入りながら、悪霊の少女は首を傾ける。
『ボール遊びは、お好き?』
前髪は右の紅い瞳を隠す、宝石のように大衆の視線を釘付けにする美しさで問いかけると、少女の目の前に大きめの真っ白なボールが現れた。
ぽーん、ぽーん。ボールは自動的にその位置を跳ね続ける。
これから何をするのか、気になった玲亜はセリエルに近づき隣からボールを見続ける。
『遊ぼう、楽しい楽しい週末の狩りごっこ、餌はアナタ達、そしてオオカミはこの子』
胸まで跳ねたボールを指で弾くとボールは空中で動きを止め、横に大きく亀裂が入る。
キャキャキャキャッッ‼
パカリと開いてボールは愉快な鳴き声を発した、獣のような口を生やしたボール、皮生地で作られた鋭利な牙、高く鳴くたびに上下左右に伸縮してコミカルな怖さを玲亜に見せつけた。
『良い子、全部食べていいよ』
セリエルが命じると、ボールは口を大きく開き空気を吸い込み始めた。吸収する力は、ごおっと凄まじい風を生みブランコや木々を揺らす、やがて最も近くの地面にいた小人の体が浮き、数枚の草と共にボールに吸い込まれた。
『ケ、ら、ッ、K、けラーー!!??』
そこから続いたのは一方的な駆除だった。セリエルの恩恵か声を取り戻した小人は悲鳴を上げながら、次々と吸い込まれていく。遊具や木の枝を必死に掴む者や公園から逃げ出そうとする者もいるが、そこはボールが誇る驚異の吸引力、埃の一つも見逃さないと、的確に吸い込み捕食し続ける。
隣で見てる玲亜は荒ぶる髪を押さえて、季節外れの暴風を見届ける。スポポポと小気味よい音で吸引するボールのどこにそんな容量があるのか不思議に思っていると、次第に公園に存在する小人の数が目に見えて減り。
『ーーーーッッ!!!!』
最も遠い木の柵に掴まっていた最後の一匹が、声にならない悲鳴を上げてお口に吸い込まれた。
『ご苦労様、そのままごっくんしていいよ』
キャッ♪ キャッ♪
白いボールは器用に鳴きながら何度も頬張り、ごっくんと勢いよく飲み込んだ。
『玲亜、これでお終い全部片づけた』
役目を終えたボールは口を閉じて元のボールに戻り姿を消す、あんなにうるさかった笑い声は全て消え去り、落ち葉の増えた公園は普段の静けさを取り戻した。
「おおー全部吸い込んだんだ、今のボールって映画では使ってなかったよね」
『あの後、一度ソフィアに負けた後に覚えた私の使い魔みたいなモノ、人間よりも素直で聞き分けが良い子よ』
知っているとは言え、イタズラ過ぎる公園の悪霊をあっさり退治した少女の力には何度も度肝を抜かされる。息を吐きながら見渡すと胸にチクンと痛みが走る。
「けほっ、あの後の話か、結構気になってるし、そろそろ見ようかな、けほ』
『駄目、見るのは禁止』
「え、何で?」
『似ているだけとは言え、アレには私の過去とほぼ同じ光景が映されてる、過去を見られるなんて不愉快だから、駄目』
「そう言われたら、げほっ、そうなんだけどさ、僕もあの続きは凄く気になって、けほ、ごほっ!」
咳が止まらない、胸の他にも腹部にも痛みが生じて、徐々に大きくなる。
『玲亜?』
会話が途切れ咳を続ける姿をセリエルが不思議に思っていると、玲亜は地面に膝から崩れ左手をつき、右手で必死に口元を押さえた。
心臓が張り裂けそうな程に動く、体内を襲う激痛に声が出せない、体の自由が利かない。意識が焼け付く中、ひと際大きな痛みが走り……そして。
「げほ、ごほっっ!!??」
玲亜は真っ赤な血を口から吐きだした。
塞いだ右手の指の隙間から垂れ流される鮮血が芝に零れ落ちる。それから何度も何度も咳き込むたび、さらに吐血して体勢を崩し苦痛の声を上げた。
……そんなハイカラ少年の姿を、セリエルはいつも通りの無表情で静かに見下ろしていた。
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