第20話 悪霊パンチ
『困難な旅路、立ち塞がる文明、そして辿り着いた氷河の墓標の中で遂に私は発見した――この、ハーケングリムを』
自室に戻るとベッドに腰掛けたセリエルが誇らしげにハーケングリム・アソートボックスを掲げていた。
「待って、それって買い貯めしてたやつだよね!? いつの間に、それも箱ごと」
『アイスの置き場所を教えないアナタが悪い、見つけた以上これは私の物、この世全ては私の物』
「なんて暴君な、氷河の墓標ってもしかして冷蔵庫のこと? 置き場所を教えなかったのは謝るから、箱ごとはやめてよ」
セリエルと出会ってから当たり前となった正座の体勢で玲亜は必死に説得する。
目の前に居るのは深夜の散歩で敵対者を完膚なきまでに虐殺した凶悪無慈悲な悪霊、しかしハーケングリムの箱を宝箱のように見つめる姿は、年相応な少女にしか見えない。
幾つもの顔を見せる悪霊少女セリエル・ホワイト、その本質を未だ見出せないが、アイス独占を許すわけには行かない。
「大体そのまま持ってたら溶けるよ、そのアイスは花織さんと花撫ちゃんも食べるんだから、ちゃんと用法容量は守って」
『溶けはしない、ここに保存しておけば凍ったまま』
反論するセリエルが空中に人差し指で円を描くと、その部分の空間がぽっかりとへこんで黒い穴が出現、そのままハーケングリムを穴の中に突っ込んだ。
「その穴は何?」
『私専用のおもちゃ箱、この中は真冬のよりも寒く設定して作ったからアイスは溶けない』
「……はぁ本当、何でもありだよね君は、とりあえず今回は箱ごとあげるけど、冷蔵庫から勝手に持ってくるのはやめてね、これは新しい契約だよ」
『アナタが直接持ってくるなら漁ったりはしない、だから私の機嫌を損ねないで』
「はーい、それともう一度言うけど用法容量はちゃんと守ること、アイスは一日二個までね」
『!? 幽霊はアイスの食べ過ぎでお腹を壊したりはしない、だからいくら食べてもいい』
「そう言う考えが駄目なの! 人間だろうと幽霊だろうと節度を守らないと心が太るよ、君はメンタルおデブさんになりたいの?」
『メンタルおデブさん!!?? ……それは嫌』
セリエルはここに飛ばされた時と同じくらいに動揺して暫く悩み、アイスは一日二個までを凄く嫌々ながら了承した。
「そんなにしょげないでよ、代わりのお菓子を買って来たからさ、ティラミスとたい焼き、どっちにする?」
「……その人間の皮を剝いで、こねくり回して作ったお魚の剥製は何?」
「発想が残酷」
形が気になるのか、セリエルは選んだたい焼きをまじまじと観察し始めた。
……。
…………。
手のひらサイズの可愛らしいお魚。もっちりとして癖になりそうな感触の生地、かじると中からシュークリームに似たとろりとしたカスタードが流れ出し、控えめな甘さが口内への進軍を開始する。さらに噛み締めるとクリームが生地と混ざり、甘さともっちりが華麗なデュエットを奏でた。
ゆっくりとたい焼きを味わうセリエルの前で、玲亜はオカ研(仮)で聞いた三人の怪盗を一つ一つ話した。
「――これで全部、とりあえずテレビから君が飛び出した件については、こういう意見もあった、どれも想像の上での話だけど気になる情報はあった?」
『もぐ……こくん。そうね、最初の夢か幻覚を見てるお話は論外、アナタも私もこれが現実だと確かに実感してる、でしょう?』
「だね、それは同意見」
『二つ目のお話も可能性は限りなく低い、私がこちらの世界の幽霊だとしたら、何も記憶していないのは不自然』
「でも君がここに来た最初の頃は記憶がおかしかったよね? テレビかディスクに憑りついてる間にこっち側の幽霊だって記憶を失ってたのかもしれない」
『それなら私の世界の事を覚えてるのはおかしい、私は故郷のアメリカで生まれてから殺されるまで、そしてその後、こんな姿になって活動した人生を、一分一秒はっきりと記憶している』
「あーそっか、こちら側の存在なら、記憶があるのはおかしいか」
意外と鏡一郎の答えが当たっているのでは、と期待してたが、セリエルがはっきりと否定する以上は違うのだろう。
『そして最後の三つ目、私が映画からでなく異なる世界からやってきたお話、可笑しな事を考える人間もいたものね……でも私はこの異なる世界というのが気になる』
「君は部長と同じで異世界が存在するって思ってるの?」
『少なくとも、映画の登場人物と言われるよりは信じられる』
(それは、確かに)
「それじゃあ部長の答えに当てはめると、グラッジ・ホワイトと全く同じ歴史を辿った異世界が存在して、そして映画のセリエルと今目の前に居る君は同じ人生を送った、瓜二つの別人」
『私の世界とそっくりな映画をアナタが観測したことで、世界が繋がった……ね』
「それが信じられない、グラッジ・ホワイトはアメリカでヒットした有名な映画、だいぶ前からレンタルされて僕以外にも多くの人がこの映画を見てる、だったらもっと前に世界は繋がって、君が出てきた筈だよ」
自分がこの異変のきっかけになってるとは考えられない、それより疑う存在は別にある。
「やっぱり、あの時落ちた紅染の雷が原因じゃないかな? アレのせいで世界が繋がったんだよ」
『――もしくは両方かもしれない……アナタがソフィアと同じ性質なら』
「え?」
きょとんと目を丸くする玲亜から目を離し、セリエルはたい焼きの尻尾を食べ終えた。飲み干すと、室内の勉強机に立てられたグラッジ・ホワイトⅢ完結編を右手に引き寄せた。
『異なる世界を視認して現実世界と繋げる、似たケースの話を私は知ってる』
ひらひらとパッケージを玲亜に見せつける、そこには夜の湖に浮きこちらに手を伸ばす悪霊少女が描かれてる。
(あれ? それってもしかしてネタバレ?)
『テレビが門の役割……だったら試せばいい、玲亜どいて』
首で指示され玲亜はテレビの前から離れる、セリエルはパッケージを置いて立ち上がりテレビと向き合う。
「何するの?」
『単純な話、これが私の世界に帰る為の門なら、開ければいい』
持ち上げた右拳を握ると、少女に纏っている薄い光が拳に集まり膨れ上がった。ピリピリとした圧に玲亜は押され目を細める、そして少女はエネルギーの溜まった腕を引き、
『
液晶画面に向かって殴り掛かった。
「わっ、テレビ壊さないでーー!?」
玲亜が制止させるが気づくのが遅かった、拳が画面に触れた瞬間、膨大な光が室内で破裂した。白一色に染まる部屋、目を瞑りテレビの心配をするが、すぐ元の部屋に戻り慌てて目を開いた。
そこ映ったのは目を覆う残酷な光景、セリエルの腕が見事に液晶画面を貫通していた。
「ああ、あ、テレビが、君はなんてことを」
『よく見て、私はテレビを壊していない』
光が無くなった腕を抜くと、画面に傷は無く綺麗なままだった。貫通したのでなく透過しただけと玲亜は気付いた。
『門を開けるイメージを保ちながら、このテレビに霊的エネルギーを送っただけ、テレビ自体には何一つ影響はない』
「ああ、それなら良かった、それで門は開いたの?」
『見ての通り変化はない、門が霊的現象で生まれたのなら、少しくらい反応があると思ったけど……ハズレかもしれない』
軽く溜息をつく少女の顔には落胆の色が窺える、テレビの画面はいつもと変わらず黒で染まる、セリエルの世界に帰る為の手段が暗礁に乗り上げて、部屋に気まずい沈黙が流れた。
(落ち込んでる、本当に部長の答えは間違ってたのかな? この子がテレビから出てきたのは確かにこの目で見てる、だから何かあると思うんだけど)
先週の土曜日、グラッジ・ホワイトを見てる最中に起きた異変、映画の中でセリエルがソフィアを襲った瞬間に――。
「あっ」
あの時のことを思い出していた玲亜に閃きが電流となって走る。急ぎ早に机へ振り向き、映画グラッジ・ホワイトⅠを手に取った。
「セリエルもう一度試して見よう」
『無駄よ、これ以上やっても何も変わらない』
「まだ試していない方法がある、落ち込むなんて君らしくないよ」
テレビを点けてゲーム機にディスクを投入、そのまま映画の再生を始める。
『どうするつもり?』
「あの時と同じ状況にする、今日は晴れてるから雷は期待できないけど、映画だけなら何とか、映画の終盤、玄関でソフィアを襲ったあの場面でもう一度パンチを撃ち込んで」
コントローラーを操作してあの場面までスキップ。玲亜の言葉を聞いた少女は今一度顔を上げて拳を握った。
「よし、ここから再生して少しすれば、階段のソフィアに向かってセリエルが襲い掛かる場面になる、そこが丁度、君がこの世界に出たタイミングだ」
『そして赤い雷が落ちて、私が垣間見たタイミング』
セリエルはエネルギーを一点に集め直し、先程とは違ってゆっくり深呼吸をした。
「それじゃあ、いくよ」
『ええ』
お互いに頷き合い、玲亜は再生ボタンを押した。
始まった映画の終盤、階段に吹き飛ばされるソフィア、火柱を上げる友人の生首、鳴り響くラップ音の中、階段を上るソフィアの背に映画のセリエルは突撃。
「今だ!」
『っ、
さっきよりも力強い声でこちらのセリエルが画面へ殴り掛かる、強力なエネルギーを纏った拳が画面に触れようとした、瞬間。
『っ!』
今度は変化が起きた、拳は画面から数センチ手前で止まりセリエルから驚きの息が漏れる。まるでテレビが対抗してセリエルを押さえてるようだ、背後で見守る玲亜は画面の映像が波のように揺れて白黒に点滅する光景を見る。
「これって、あの時と同じっ」
画面に触れる為にセリエルは更にエネルギーを込める、拳から光の奔流が向日葵のように咲き乱れ、抑えるテレビからはバチバチと赤い電流が激しく枝を伸ばした。
(赤い電流、もしかして紅染の雷!?)
一回目とは比べものにならない程の暴風と光に当てられ、玲亜は腕で目を覆いながら必死に踏ん張る、倒れてはいけない、しっかり見届けなければ、彼の心には不思議と使命感に似た感情が湧いていた。
『っ、こ、のっ』
距離が近すぎるあまり、テレビから放たれる電流がセリエルの体を襲う、しかし少女はそんな事など気にせず、画面に触れる事だけに集中した。永遠と錯覚しそうな時間が過ぎ、セリエルは拳を少しだけ緩め指を伸ばす、その先端にエネルギーを集中させ――とうとう、中指が画面に触れた。
画面と指先の間にひと際強い光が放射され、次の瞬間、セリエルの体は弾き飛ばされた。
「セリエル!?」
目にも止まらぬ速さで吹き飛びベッド側の壁に激しくぶつかる、玲亜は慌てて少女に近寄りその名を呼んだ。
「僕の声が聞こえる? しっかりしてセリエル!」
『……聞こえる、私は平気、それよりも』
セリエルは苦痛など微塵も感じさせない声で返答、それに安堵した玲亜は少女と共にテレビに視線を向けて……目を見開いた。
テレビの周りには小さな赤い電流が今も発せられ、画面いっぱいに虹色の渦が不気味に巻いていた。
「嘘、テレビに渦巻が」
『ええ、アナタ達の推測は当たってた、フフ、アハハ、門は今開かれた、あの先に私が帰る世界がある』
そう語るセリエルは喜びで興奮したのか、瞳孔を開き、悪魔のような笑みを隠し切れずにいた。
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