第二章

第10話 さんさんと月曜日ですよ

 昨晩まで降り続けた雨の湿気が髪に纏わりつく、薄めた牛乳のような生乾き臭はここで住む者にとっては最早慣れたもの、玲亜は肩に下げたスクールバッグに収めたスタイリング剤の残量を確認して木漏れ日眩しい街路樹の中を歩いていた。


 休日終わり今日は快活初めの月曜日、ハイカラ衣装そのままで登校する彼は今後のことへ考えを巡らせる最中。

(セリエルを元の世界へ返す為に協力関係は結んだけど……そもそも何をどうすればいいのかも分からない状況か)

 今は五月後半の時期、袴に触れる紐結びの黒ブーツが軽やかな歩行の音を鳴らし、その度にバッグに飾られた信号色三つのとんぼ玉が跳ねて自己主張する。


 契約を結んだ昨日、まずは解決の大前提を考えたがこれと言った案は浮かばなかった。飛び出たテレビを細かく調べ彼女も画面に手を添えてみたが何も起こらない、前進の尾が踏めず悩んでいるとセリエルがこう告げた。

『多分、原因はこちら側の世界にある……詳しく調べる必要があるけど、私の力の根源が何かを感じ取ってる』

 的を得てない発言に首を傾げるが少女は意見を曲げない。

 

(あの子の直観を信じるなら原因はこっちの世界にある、これがオカルト現象だとすれば詳しい人に聞くのが一番だよね)

 それならと自分が情報を集めて来ると提案して、彼女には松原家で待機して欲しいと願い出た。セリエルは最初は不満を唱えたが、帰りに甘い物買ってきますと玲亜が出した報酬に口を閉じ大人しく空中に姿を消した。


「暴れたりしないよね? んん、まだあの子の事よく分からないからなー」

 街路樹を抜けて広めの交差点に辿り着く、通行時間だというのに人の姿は少ない、今後の事に頭がいっぱいな彼は気にする事無く古い横断歩道を歩く。

「とりあえず帰りはコンビニに寄って、昨日はアイスだったから今日はシュークリームとか? パフェも良いかも、お店の一番人気を選ぶのが無難かな、っっわっ!?」

 顎に添えた右手が離れる、歩いていた右足首が何か固い物に引っかかった。

「あわわ!?」

 玲亜は横断歩道の中央でバランスを崩し、地面に倒れないよう両腕を回したが体は地面に向かって傾いた。


「――何やってんだ」

 転ぼうとした寸前、着物の胸部分に太い腕が差し込まれ体を支えた。

「ととっ……この声はきょうちゃん。おはよナイスタイミング」

「おはようさん、ったく余所見してんなよ玲亜」

「はーい、ふふっありがとう」

 玲亜は支える右手に触れて助けてくれた相手に振り返る、視線の先には長身の男子高生がやれやれと見下ろしていた。  

 

 彼の名は【阿流守あるす 鏡一郎きょういちろう】、玲亜のクラスメイトであり小学校から付き合いがある友人だ。

 玲亜よりも高い、百八十二センチの引き締まった体が着るのは高校指定の黒のブレザーと紺のズボン。均等に跳ねた襟足の長いウルフカットの黒髪、その毛先は濃い海色のインナーカラーで染められ同世代では目立つ外見をしている。そして彼の大人びた端正な顔に宿る鋭い目つきは、『あ、こいつ相当のワルだな』と、初見で勘違いさせる圧を放つ。


 近寄りがたい空気オーラを見せてる彼だが、玲亜は全く気にする事無く、むしろ愛おしそうに彼の右腕に頬をすり寄せていた。

「はー朝から鏡ちゃんの腕の中にご招待願えるなんて幸せ天蓋突破てんがいとっぱ、今日の占い最下位なんてとんだ嘘っぱちだよ、うんうんここが天国か」

「いや天国じゃなくて、さっさと離れろ車来るだろ」

「もうちょっと、もうしばらく堪能させて。鏡ちゃんの温もりと匂いを全身に染み込ませて今日一日は常に抱きしめられてる錯覚状態で一日をエンジョイしたいと、はっ!? これはもしや天女の羽衣はごろもならぬ鏡ちゃんの羽衣では、アイタッ!?」

 ぐるぐるお目目で興奮する玲亜の脳天横に手刀が見舞われた。


「朝っぱらから盛んな。ちょっと心配したらすぐこれだ、ほら行くぞ」

 呆れ顔の鏡一郎は慣れた手つきで引き剝がし、ポケットに両手を突っ込み先を歩き始めた。

「はーい、ドライな鏡ちゃんご馳走様でした、土日会えなかった分の鏡ちゃん成分はしっかり補充しないとね!」

「はいはい」

 叩かれた頭を嬉しそうに撫でながら後を追う、これは玲亜が最も心を許した親友との毎度おなじみの交流、横断歩道の真ん中で行われたイチャつきタイムだったが車が近寄ることはなく、それ以前にには人の気配がまるで無かった。

 横断歩道を渡った二人、すると電柱近くのガードパイプが無惨にひしゃげてる姿を発見して足を止めた。


「あっ、ここって【転びの交差点】だったんだ」

「気付いて無かったのかよ、ここを通る時は注意しとけって先週言ったばかりだろ」

「あはは、ちょっと考え事してて」

 黒のチョーカーを人差し指で掻き周囲を見渡す、松原家から離れた見通しの良い住宅街の十字路、本来朝の活動時間であれば同じく登校する子供達や通勤の大人、自動車の往来が多く見られる場所だった。

 しかし現在、ここに居る人影は玲亜と鏡一郎、そして遠くで散歩する高齢の男性くらいだ。


 一年くらい前からだろうか、ここを通行中の人が次々に転倒して怪我をする事態が起きたのは。偶にではなくほぼ毎日数件の転倒事故、中には骨折する程の大けがをした人も現れた。最初の内は偶然かと軽く見られてたが、事故を聞いて注意しながら歩く人も転んでしまい、彼らは青ざめた顔で口々にその時の状況をこう語った。


「誰かに足を掴まれたような気がした」

 玲亜は先週の部活で転びの交差点の調査をした際に近隣の住民から得た情報を何気なく呟いた。

「って言ってたよね、そこのお家の人。そしてその日の夜には自動車事故がここで起こった」

 曲がったガードパイプはその時の事故の名残、それ以前から自転車の転倒も増加して、ここを通う人は劇的に減ってしまった。

「ああ、誰も怖がってここには近寄りたがらない、部長が勝手に名付けた【転びの交差点】もその内もっと酷い通り名に変わるかもな、ニュースで見たが事故った奴もハンドル操作が突然利かなくなったらしい」


「怖いねそれは……家にもっと怖い子がいるけどさ」

「ん?」

「ううん何でもない! ……さっ学校行こ。僕怖いから腕組んで歩こうね」

「組まねえよ、お前は後方二メートル間隔を維持しながらついてこい」

「あー鏡ちゃん待ってー、せめて、せめて一メートルで!」

 乗ってくれない鏡一郎の後を玲亜は心弾ませて追う、背丈の広い後姿をメモリしようとスマホを取り出していると、水滴の様な小さな疑問が頭に浮かんだ。


(あれ? さっき何に足を引っかけたんだろう?)

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