第4話 対話は難しいと分かりました

 英語の挨拶に少女は反応せず、玲亜のつま先から頭まで食い入るように見つめる。視線の意図が分からず困ったが、めげずに挨拶を続けた。

「えーと、マイネームイズ、レア・クロユリ……ワッツイズユアネーム?」


 ――少女の瞳が光り、彼の体は自由を失い硬直した。


「!? う、動かない、ちょ、もしかして君の仕業!?」

 映画の中の悪霊セリエルは一種の念動力じみた力を使い住民を殺めていた、だとすれば自分一人を拘束することは可能か、と、右手を上げた状態で不思議と納得する。言葉を語れるのは彼女の慈悲だろうか?


『I was at home? I don't know here……your work?』

「ごめんなさいコミュニケーション英語の成績は良い方だけど、本場の英語はよく分かりません」

 授業で習う英語とここ迄違うのか、語り掛ける少女の端正な顔から怒りの感情を読み取ることが出来たので、そこから英語の意味を頑張って考察する。

「ここに居るのは君の意志じゃない? のかな、もしかして僕のせいだと思ってる……ノー! ノン! ノー!!」

 両手で×を作りたいのに動けない、彼の意図は伝わっておらず少女は眉をひそめる。


 パンッと室内からラップ音が次々と弾け、ベッドが小刻みに揺れた。

(ひぃ! ぽぽ、ポルターガイストってやつなのかな!?)

 映画を見ていただけなのに、何故こんな理不尽な目に合わなければならないのか? 玲亜の心中はごちゃ混ぜ状態だが、残る理性が解決への道を模索する。 

「た、助けてくれると嬉しいなぁ、アイアムア、ノーマル、ジャパニーズ、ピーポー?」

『Do not tell a lie……What Japanese? ……………………Japan????』

 厳しい顔で詰め寄ろうとした少女はジャパニーズの単語に首を傾げ、何かに気付いたように息を飲んだ、すると彼女の体が微かに光りパンプスが床から数センチ離れる。

 浮遊する姿に感銘していた玲亜は、体の拘束が解かれベッドに両手を付いた。


「はぁはぁ、あの、そのー分かってもらえましたか?」

 問いに少女は答えずベッド側の小窓に近づき外を覗いた。真紅の瞳に写った雨の外模様、明るく快適な日常生活をコンセプトにした近隣の住宅街、アメリカでは見たことも無い和の景色に少女の指先が震えた。 


「玲亜さん、私です」

 

 突然のノックから呼び声、驚き跳ねた玲亜はドアを見る、少女は聞こえなかったのかそれ所では無いのか外を見続けていた。

「かなでちゃん!? ちょ、ちょーっと待ってね!」

 どうしよう、どうしよう、少女とドアを交互に見返した後、意を決してベッドから立ち上がりドアを僅かに開けた。


 悪霊の少女が見えないように玲亜は壁になる様に顔を出す。

「すみません、停電大丈夫でしたか?」

 ドアの先には黒髪の少女が不安げな表情で立っている。

「こっちは大丈夫、平和そのもの、うん何事も無かったっ、かなでちゃんは大丈夫だった?」

 ぎこちない笑顔で答える玲亜に少女、『松原まつばら 花撫かなで』は不思議に思いながらも大丈夫と頷いた。


 百五十前半の身長、左の一部が犬の尻尾のように結ばれた長い黒髪、あどけなさが残る可愛らしい小顔、薄い空色のシャツ、ベルトのついたハーフパンツショートパンツとラフな格好が似あう少女は今年で十三歳の思春期真っ盛りな中学一年生。


「さっきの雷近かったよね、もう心臓停まるかと思ったよー」

「玲亜さんが言うと冗談に聞こえません、お母さんもびっくりして腰を抜かしましたけど……映画見てたんですよね、テレビは大丈夫ですか?」

「うえぃテレビッ!? な、何とも無かった、ありませんでした!!」

「??」


 今まさにテレビから悪霊少女が飛び出して殺されかけましたなど言えず、この家で共に暮らす彼女を巻き込むまいと冷汗を全身に感じながら取り繕う。


 ガタッ。


 玲亜の背後で何かが動いた。

(ひい!?)

「? 今何か音が?」

「あ、あー、ゲーム機っ、ゲーム機だよ! 雷で壊れてないかベッドで確認してたから、きっと落ちちゃったんだ、そう!」

 背後で何が動いていあるのかすぐに確認したいが、ここは平常に落ち着いて対応しなければならない、そもそも彼自身、何が起きてるのか把握できていないのだ。


「心配してくれてありがとう、もう少ししたら僕も降りるから安心して、ね」

「……分かりました」

 返答に一応納得した花撫が一階へ降りるのを確認してドアを閉める。

「はあーー……どうしてこんなに疲れてるんだろう僕?」

 ドアの前で膝をつき胸を押さえる、ちらりと悪霊少女へと視線を戻した。 

 

 グラッジ・ホワイトの悪霊セリエルであろう少女は窓から顔を離し、ベッドの中央で体育座りの体勢で膝に顔をうずめていた。予想してなかった光景に玲亜は瞬きを止める、現れた時に発していた少女の存在感は影も形もなく、触れれば崩れそうな儚さを感じた。


 殺意の結晶は溶けた金塊のようにただれ、その矮小さは迷いの森に放り出されたグレーテルのようだ。

「あのーとりあえず相互理解の為に対話を行いたいと思っているのですが、よろしいでしょうか、セリエル、『セリエル・ホワイト』さん?」

『……』

 改めて映画の悪霊、セリエル・ホワイトの名を呼び彼女が同一の存在か確かめようとしたが、うんともすんとも反応しない姿に困りとりあえずドアの前で正座した。


『……』

「……」

(どうしよう、この子も喋んなくなったし、でもベッドからどいてもらわないと僕の寝る場所が、映画のキャラならテレビの中に帰ってもらわないと)


 雨は未だ降り続ける、巡り合ったオカルト現象の解決策が浮かばないまま、少年はオーダーメイドで作った着物の内ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。


 十七時十八分、気づけばこんな時間。

「よし」

(どうすればいいかさっぱり分からない、なのでこの子の対処は未来の自分に任せよう)

 決意を胸に玲亜はドアノブに手を掛ける、日課のお風呂掃除の時間、浴槽からタイルの隅々までピカピカにしなければ。

(後はお願いね、数時間後の僕!)


 現実逃避に染まった瞳のまま、少女をほったらかしにして玲亜は部屋を後にした。  

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