第3話 悪霊はフィクションを飛び越えて

 室内が一瞬赤く照らされ、音が空気を揺さぶり照明が消えた。

「ひゃあ!? び、びっくりしたっ、もしかして近くに落ちた?」


 驚きでポップコーンカップを落とした玲亜は背後の小窓へ振り向き外を見渡す、豪雨が続く外界、しばらく待つが次の雷の予兆は聞こえない。

「あーあ、いい所で停電はテンション下がるな、それに今の雷赤かったような……って、テレビ壊れてないよねっ」

 落雷の影響を思い出し慌てて視線を戻した、暗い中でも液晶画面は安定した光を放っている。


 ……枠に見える赤い電流を無視すれば、だが。


「え?」

 電流は太くなりテレビ全体に纏わりつき、画面が白から黒へ点滅を繰り返す。微かに振動するグラスと窓枠、間近で大きくなる音に身の危険を感じるが、余りの事態に体が動かない。


 そして次の瞬間、白と赤が混ざった大きな光が画面から放出された。

「わああ!!??」

(ま、まさか爆発する!?)

 玲亜は反射的に両腕で顔を守った、ぎゅっと目を瞑り待ち構える……が、光は意外と早く収まり、瞼の外が暗くなった事に気付いた彼は両腕の隙間からテレビを覗いた。


 急な暗転と光の影響でぼやけたピントが戻る、しかし如何してかテレビが見えない、ナニカがテレビの前にいる?


 一人の少女が玲亜の目の前に立っていた。


「ん、え?」

 この短時間で何度驚き困惑すればいいのだろう、これは夢か幻か?

「君、は?」


 百四十センチくらいの小柄な背丈の少女、年齢は十一歳、十二歳くらいだろうか?

 純白を見事に表現するミルク肌に主張する紅色の薄い唇、完璧に仕上げられた西洋人形と見間違えそうな幼さの残る美しい顔立ち。腰と眉の下まで伸びる長い髪は玲亜も見たことが無い幻想的な銀色の髪、耳まで覆い隠す髪の毛先は赤と桃色がグラデーションを作り、一層の鮮やかさを魅せる。

 そんな髪色とは対照的に上から下へサルビアブルーと黒のグラデーションで染められたワンピースドレスを少女は着る、腕を手首まで覆う薄く軽い生地、傘のように横に広がるスカートの裾は透けたレース仕様でジグザグに編まれ、そこから見えるひざ下からの細い脚は白の靴下と艶のある黒のパンプス。


 異質な外見の少女、何より玲亜の視線を釘付けにしたのはその娘の大きな眼。髪と同じ銀色の長いまつ毛に覆われたアーモンドアイの中央、妖しく輝く血のような真紅の瞳が微動だにせずに虚空を見つめていたのだ。  

 

 突然目の前に現れ動かない妖精の如き少女、玲亜は動揺で固まるがその美しさに目が離せない、照明が戻らない室内で止まった時間、聞こえるのは外の雨音だけ。 

(……あれ? この子、どこかでみたような?)

 少女の顔に見覚えがあることを思い出す、ここ最近? いや、つい数分前に見たような……。

 考えながらベッドの右手を動かすと指先に硬いものが触れた、ここでようやく視線を動かした、触れたのは鑑賞中だったBlu-rayのパッケージ、そこに写る少女は目の前の人物と瓜二つ。町の人々を襲う怨念、幼き悪霊。


「セリエル?」  


 玲亜が呟いたその時、少女の真っ赤な瞳が動いた。


『ーーーー!!!!』

 小さな口から吐かれた鋭い呼吸、少女は目にも止まらぬ速さで玲亜に迫り右手で彼の首に掴み掛った。

「がっっ!?」

 突然襲われ体勢を崩す、小さな手からは想像もできない力でチョーカー越しに首を絞められた、激痛に悶える玲亜は少女の腕を掴み引き離そうとするがまるでビクともしない。

「やめ、っぐ、ぁ、ぁ」

 肉を万力で潰されるような圧迫感、気道を塞がれ呼吸を奪われた少年は無我夢中で抵抗するが意味をなさない。


 今まさに自分を殺そうとしている少女と視線が交わる、無機質な表情、しかし煌めく真紅の瞳から伝わるのは重く冷たく、果て無く暗い憎悪と殺意……逃げ場は無かった。

(君は? なん、で……こんな……)

 痛みは襲ってくるのに意識が消えて行く不思議な感覚、全身から力が抜けて玲亜の意識はホワイトアウトし始めた。


『……?……Wrong……who are you? 』

 小動物のような可憐な声が聞こえ少女を纏う空気が突如変わった。絞めていた手は緩み離される、解放された玲亜はベッドに倒れ激しく咳き込んだ。

「げほっごほっ、はー、はー……た、助かったの?」

 涙を滲ませ必死に酸素を取り入れる、抵抗の影響で乱れた着物と袴を正す余裕なんてない。Blu-rayパッケージとグラスを乗せたお盆は床に弾き飛ばされていた。


 少女はどうした? 恐る恐る顔を上げると映画の悪霊セリエルに酷似した娘はベッドの前に立ち困惑気な表情で部屋全体を見渡していた。

『Not my house……Where am I? 』

 日常的に喋り慣れた流暢な英語、凍り付く殺気は消え失せ静かな空気が漂う。


 丁度その時、停電から復旧して室内が明るく照らされた。痛みが治まった玲亜は体を起こし少女の顔を改めて見た。

(この子、映画に出てた幽霊だよね多分……そっくりだし、いやでも何でここにいるの映画のキャラクターだよ?)

 自分は映画を見ていただけなのに訳が分からない、落ち着いた玲亜は難問にぶち当たった。落雷からの停電、真っ暗な部屋の中で電流を放つテレビからの極光、そして突然現れたこの少女に危うく殺されかけた。


 僅かな時間で訪れた非現実、一年くらい前からゲームや漫画を拝見することが多くなった高校少年はある一つの仮説に辿り着いた、それはSF真っ只中な超理論。

(馬鹿げた発想だけど、もしかして、もしかして――)


「映画の中から、飛び出した?」

 その言葉は放った途端、首を動かしていた少女は動作を止め玲亜へ強い視線を向けた、冷たき赤い宝石が身構える彼をじっと見る。


『ーーーー』

「……ハ、ハロー」


 恐らくこれは現代版『未知との遭遇』。玲亜は右手を振りながらたどたどしく挨拶した。

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