最終話 とろけるアイスで、ご挨拶

「んー何か日差しが懐かしい感じ、今日はこのまま晴れでお願いします」

 カーテンを開けると眩いばかりの日光が照らされ、玲亜は目を細める。

 深夜まで降り注いだ大雨は夜明け前に弱まり、九時を過ぎた現在はわた雲の少ない、 晴れ空が清々しく広がっている。


 今日は大蜘蛛が消滅した翌日の月曜日、本来なら学校に向かわなければいけない時間だが、あの戦いの後、余波で隈なく破壊された二棟校舎の惨状を出勤していた教師が発見、直ぐに警察が呼ばれ、不審者が侵入して荒らしたのではと事態は大きくなり、蜘蛛巻き事件の事もあり、今日は全校生徒自宅待機の休校となった。

「窓ガラスとか派手に割れちゃったもんね、全校生徒の皆さん本当にごめんんさい」

『そもそも、あの蜘蛛が勝手にあそこを利用したのが原因、私は何も悪くない』


 ベッドに腰掛けハーケングリムに舌鼓を打つセリエルの姿も最早見慣れたもの、彼女が食べているのは初めて玲亜が差し出したミルク香る純白のバニラ味だ。

『それより話の続き、アナタの体について今の内に全部伝えておきたい』

「あ、うん、この雷のことも分かったの?」

 窓を背に玲亜が右手を開くと、バチッと音が鳴り、赤い電流が手の周囲から発せられた。あれから玲亜は自分の意思で体から電流を出せる、一種の放電体質となっていた。


 死の間際にハイカラ少年に与えられた二つの力、聖剣ビームチェーンソーと紅染の雷。

 勉強机の足元に置かれた刃の無いビームチェーンソーはセリエルと同じく映画に似た異世界からやって来た代物なのは分かる、しかしこの放電体質になった理由が分からず、今朝からセリエルに体を見てもらっていた。


『簡単に言えば、アナタの体そのものが雷を増幅させる体質になってる、この世界の言葉を借りるなら……そうアナタは発電機なのよ』

「分かりやすいけど嫌な例え、それってやっぱり昔、紅染の雷を受けたから?」

『ええ、さっき聞いた過去の事故、その影響でアナタが元から持つ霊的エネルギーが赤い雷に変質した、どうしてそうなったのか……変を通り越して最早異常よアナタ』

「そう言われてもなー」

『そしてここからが大事、アナタは今までその力を知らずに生きて来た、そのせいで体内に雷が溜まり続けて、病気を刺激して悪化させた、アナタが血を吐く原因は雷の為込めすぎ』

「! それ本当!?」

『調べて分かった。攻撃的な雷のエネルギーが肉体のバランスを崩してる、一定のエネルギーを保てれば治癒力を高めて病気を治せるけど、アナタの場合はプラスとマイナスのどちらの量も大きすぎて、治した後に新しい病巣を生み出してる、そんな事が繰り返されれば肉体は当然壊れる』


 今まで判明されなかった体の原因をアイスを食べる悪霊少女があっさりと伝える、衝撃的な事実に玲亜は思わず窓枠にもたれ掛かった。

「あの時の雷が数年かけてじわじわと僕を壊してたんだ……待って、待ってセリエル、溜め込み過ぎが原因て言ったよね、じゃあ体から溜まっている雷を減らせばっ」

『ん、そう言う事、その雷を定期的に放出してエネルギーのバランスを整えれば悪化は防げる、そして高いプラスのエネルギーが治癒力を高めてアナタの内部を再生させる』

「それって、僕の体が治るってこと?」

『断言はできない、けれど今よりはまともな体にはなると思う』


 説明を終え残りのアイスへ関心を移したセリエルを他所に、掌の赤い電流を見下ろす玲亜の瞳が微かに潤む。

「そっか、そっか……そっかぁ……僕、まだ生きてても良いんだ」

 ずるずると、もたれながら床に座り、伝えられた事実を心で何度も繰り返す。諦めていた振りをして、ずっと目を逸らしていた己の寿命。

 もしかしたら、まだまだ生きられるかもしれない、ポツリと零れ落ちた希望の尊さをここで知り、両目に大粒の涙が溢れる。


『けれどこれは私の推測だから、もしかしたら来週くらいにあっさり死んでるかも』

「良い空気だったのに叩き落とすのやめてね、この涙どうしてくれるの?」 

 見事な上げ落としを受けてジト目で睨む玲亜を無視して、セリエルはハーケングリムの最後の一口を飲み干し、じっくり感傷に浸る。


『ご馳走様……だから、そろそろ帰らないと』

 その言葉が室内の穏やかな空気を変え、セリエルはベッドから立ち上がりテレビに向き合う。少女が目線を動かすとテレビが点き、ゲーム機に既に入れられたディスクが回り、画面が早送りで操作されて、あの館の広間の場面で停止した。


「もう帰るの? まだゆっくりしてもいいんじゃない?」

『地縛霊の呪縛は消えたけど、ここに居すぎるとまた縛られるかもしれない、だからこれ以上は居られない』

「それは、そうかもしれないけど……」

『……』

 涙が引っ込んだ玲亜は立ち上がり、セリエルの手首に呪縛が見えないことを確認、それはつまり少女が帰る為の準備が整ったことを意味する。


 元の世界に返す、その為に契約を結んだ、その筈……なのに。

 お互いに言葉が消え沈黙が流れる、無意識にここから先に進むことを二人は躊躇う。

 その理由は――分からない方がいいかもしれない。


『始める』

 先に踏み出したセリエルは、意を決して画面でソフィアを襲おうとしている自分自身にそっと触れる。今までと違い画面の門は簡単に現れ、渦巻いた穴が回転して入場者を待つ。


「本当に帰るんだ……向こうに帰ったらどうするの? もしかしてまた人間を襲ったりとか?」

『それも悪くないけれど、趣向を変えてお菓子巡りの旅に出るのもいいかなって考えてる』

「おーアメリカ横断お菓子旅行か、それ良いね、うん人を襲うよりずっと良い。アメリカのアイスとかこっちよりボリューム凄いよきっと、君より背丈より大きいかも、もうギガントサイズなアイスが待ってるよ」

『なにそれ、フフ』

「あはは」

 ちょっとした冗談で二人は笑い合う、初めて会った時は考えられなかった光景、名残惜しいがここで終わりにしよう。


 セリエルの手が画面に入り込み、七色の光が放出されて室内に反射、突風のような圧が玲亜の髪と着物を揺らす中で彼の視線は少女を見届ける為に逸らさない。

(これでお別れか……やっぱり寂しいのかな?)

『玲亜』

 感傷が芽生えた瞬間、セリエルが振り向いて少年を見る。いつもと変わらない無表情、しかし少女の真っ赤な瞳は、今までになく優しい温かさがあった。


『ここに来てから色々あって、お世話にもなった、私一人では元の世界に帰るのは難しかったかもしれない、だから、その……えっと……』

 言葉の途中で口籠り、俯いた少女は画面に顔を戻す。光が強まる中で玲亜が集中して耳を傾けると、僅かに頬を桃に染めた少女は深呼吸して唇を開いた。


『ありがとう』


「っ、セリエ」

 思わず玲亜が呼びかけようとした時、セリエルはテレビに吸い込まれ、虹の光が視界を埋め尽くした。

 ……少しして光が消え目を開けると、テレビの前にセリエルの姿は無く、室内には玲亜だけが立っていた。


 テレビの画面は消え、ゲーム機からグラッジホワイトのディスクが吐き出される。目の前の光景に虚無感を覚えたが、すぐに息を吐いて少年は笑った。

「バイバイ、怖くておっかなくて、そして頼りになる、小さな幽霊さん」

 同居人の居なくなった部屋で一人残った玲亜はビームチェーンソーを持ち上げて、白銀の機体を撫でながら、窓の外をもう一度眺める。


 今日はこの後どうしようか? 折角なのでグラッジホワイトの残り二作を鑑賞するのも良いかもしれない、幸い注意する人物はもう居ない。

「いい天気に見る映画も良いかもね、雨音はしないし雷も振らないし――」


 青空に赤い枝が走り、張り裂ける轟音が街全体を襲い、市内の遠くに紅くて太い雷が落ちた。


「うん?」

 視界にとらえた晴れの日の紅染の雷に硬直していると、背後のテレビから赤い電流が溢れだす。

「え?」

 電流は激しく鳴り、テレビから七色の光が照らされる、そして目が点になっている少年ごと極光が室内を埋め尽くし……消えると、テレビの前に人影が姿を見せた。


『……』

 ぺたんと女の子座りで床に手をついた、悪霊少女セリエル・ホワイト。

 少女は現状が理解できないと瞬きを繰り返し、その後首を動かして、同じく瞬きしていたハイカラ少年黒百合玲亜と、ばっちり視線を交えた。


「……」

『……』

 お互いに見つめあった体勢で黙る、こんな事態想定できるかと、二人の思考は活動を一時停止する。


 たおやかな日光が街を抱きしめ、雷の余波が二人を嘲る。

 奇妙な偶然? 新たな運命? それとも本当に神様の気まぐれ?


「……と」

 理由なんて分からない、分かってたまるか。何で今日は晴れなんだ、日差しが鬱陶しい。

 分かるのは唯一つ……どうやら奇想天外なオカルト生活はまだまだ続いてしまうことだけ。


「とりあえず、アイスクリーム食べる?」


 ちなみに冷やされたアイスクリームは常温でしばらく置くと、とろみが増して食べやすくなります。


                                   

                                   <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グラッジ・アイスクリーム 山駆ける猫 @yamaneko999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ