第三章

第17話 パッチリな火曜日

 刺激的な夜の散歩から数時間後、迎えた火曜日の早朝の六時前。

 早めに顔を洗った玲亜はホットミルクを飲みまろやかに体を温める、黒蜜をちょこっと足すのが彼の好みだ。起床した花織が入れ替わりで顔を洗っている為、朝食まで少し時間がある。転びの交差点で存分に暴れたセリエルは満足したのか、帰宅するとすぐに姿を消して眠りについた。

 交差点の悪霊を消滅させた後に残る惨状は……全力で目を逸らすことにした。


 僕は何も見ていませんと言い聞かせテレビのリモコンを押す、点いた画面ではポップな音楽と共に朝のニュース番組が報道されていた。

『続いてのニュースです、先日午前八時五分頃、穂群市ほむらし端木はしぎ二丁目の国道から外れた廃ビルにて身元不明の男性三名の遺体が発見されました、穂群市中央警察署は身元の特定を急ぐと共に、同じ市で一月半前から発生している連続殺人事件との関係を調べています、中央警察署は周辺へ警戒を呼び掛け――』


「端木二丁目ってここから近くの」

 ニュースを耳にしてダイニングに戻ろうとした足が止まる、ここから歩いて三十分程度の町で遺体が見つかったと言う報道に、昨日の朝、学校で聞いたパトカーのサイレンを思い出す。


 蜘蛛巻き事件。サイレンの後にクラスメイトの誰かが呟いた言葉を嫌でも連想してしまう。四肢を蜘蛛のバケモノに嚙み千切られた遺体が、糸でグルグル巻きにされた状態で発見される、いつからか大津美高校で囁かれた噂が身近に迫ったかもしれないのだ。


「人が起こした事件なら警察に任せるべきだよね」

(でも犯人が人じゃ無かったとしたら?)

 ソファーに腰掛けて考えに嵌まり……気づけばホットミルクが膜を張っていた。



 ★★★



 今日も授業は滞りなく進み平穏な学校生活だったが、生徒達の顔色はどこか落ち着きがない。恐らく朝のニュースの影響だろう。口から口へ学生同士で瞬く間に噂が広まり、対岸から飛んできた火の粉に気が気でない。とりあえず放課後の部活動は昨日と同じ時間短縮を指示された、部活動停止と判断されなかったのは御の字だ、学校側も難しい判断を強いられている。



 オカルト研究部(仮)の部室には昨日と同じ四人の姿、コーヒーを片手に会話する鏡一郎と美左、頬に手を突きスマホをいじる杏子、鏡一郎の襟足の隙間から覗くうなじを必死に見ようとする玲亜、温い室内でそれぞれが自分の時間を過ごしていた。

「――聞いた話では深夜に何か爆発したような音がしたそうで、転びの交差点は今朝は通行止めになってました」

「むむむ、自動車事故の次はとうとう爆発か! オカルティックな匂いがプンプンするねー」


 鏡一郎と美左は転びの交差点で新たに起きた異変を語る。朝の登校中、交差点の前にはパトカーが数台止まり通行止めの看板が立てられていた。アスファルトはあちこちが焼き焦げ、中央付近は何かの衝撃で広く浅い窪みが作られ、傍にへし折れた外灯が無惨に転がる、近くでは深夜に凄い爆発音がしたと見物人が口々に言い合ってる。


 当然、玲亜は爆発の原因を知ってる。深夜にセリエルが顔面の悪霊をド派手に倒した際に残った爪痕だ、現場から必死に視線を逸らし、「僕は何も知りません」と体裁を装い、違うルートで登校した。


「そうなると俄然、交差点の方も気になるな、土曜のスポット調査をそっちに切り替えるのもアリか」

「……どうだろう、あそこはもう何も居ないというか、完膚なきまでに爆散したしなぁ」

「玲亜君、何か言った?」

「いえっ何も! それより土曜の野外調査ですけど、安久乃山あくのやまの手前までバスで行くんですよね?」

 鏡一郎に見惚れて、意図せずぼそっと呟いた言葉を取り消すように必死に内容を変える。

「うむその予定だ、運賃はこっちで出すから気にしなくていいからな」


 大津美高校から海側の反対、数キロ先にそびえる標高九百メートルの安久乃山あくのやまは、昔から霊験あらたかな場所として多くの登山客が訪れ、その麓には市の観光名所として有名な温泉宿が湯気を吐く風光明媚な小山である。


「前にも話したが、登山道から外れた森にある廃洋館、そこが次に調査するオカルトスポットだ」

 それは穂群市では比較的有名な場所だ。安久乃山の森の奥に佇む廃墟、噂では昔そこで凄惨な一家心中があったとか、現在まで壊されずに主を失った家はオカルトスポットとして畏怖の対象とされている。

「じっくりと調べる予定だったが、学校から部活短縮を言い渡されたから早めに切り上げるつもりだ……はー世知辛い」

「嫌だなー森の奥なんて虫がいますよ、きっと」

 うえー、と杏子は難色を示すがこの反応はいつもの事なので誰も気にしない。


「そうだ部長、昨日の話の続きなんですが良いですか?」

 このまま呑気な談笑も良いが今日こそは意見を聞きたい、玲亜は意を決して言葉を選んだ。

「む? そう言えば映画の事を聞きたそうにしてたな、何だい?」

「……実は映画を見てる最中に思いついたネタがあって、それを今日のオカルト談義の題材として提供したいんです」

「珍しいな、お前がオカルトを率先して言い出すなんて、昨日上の空だったのはそれが理由か?」

「あはは当たり、珍しく思い付いちゃって色々と考えてたんだ」

 鏡一郎の言う通り、部室内で行われるオカルト談義はいつも部長の美左が持ってきたネタをテーマに話している。


「ふむ、今日は『自分のドッペルゲンガーとジャンケンをしたら無限にあいこが続くのか?』をテーマにしようと思ったが、玲亜君のネタも興味深い、どんな内容なんだい?」

「面白いお話をお願いしますね、このままだとジャンケンの話題で一時間使いそうですから」

 部長以外がテーマを出すのは初めて、対面の杏子もスマホから目を離し注目する。


(さてと、ここが勝負どころ)

 三人に疑われないように、セリエルの件を誤魔化しながら説明して、可能性がある有益な情報を手に入れる。

「それじゃ失礼して、僕が出題するテーマは『フィクションの登場人物が現実世界に現れた場合、その人物は、どこから、どうやって、やってきたのか?』です、皆さんの意見を聞きたいのですが、どうでしょう?」

 きわめて平静に何事も無く用件を伝えた。

 そんな玲亜のテーマがかなり意外だったのか、他三人はきょとんとして暫く口を閉じていた。


「フィクション……それは漫画やゲームの事を指してるのか? その中のキャラクターがこっちの現実世界に出てきたと」

「鏡ちゃん察しが良い! アニメ、漫画、ゲーム、二次元から三次元までフィクションの存在は沢山あるけど、ちょっと範囲が広すぎるね……そうだ、映画を見てる時に思いついたから、ここは映画に限定して登場人物が現実世界に飛び出して来たと想定します」

 想定では無く事実、しかし三人がその答えに辿り着くのは不可能だ。


「主演のアイドルやハリウッド俳優が出て来るならちょっと良いかも、先輩も面白い事考えますね」

「玲亜君、映画の登場人物が現実世界に現れた、このシチュエーションをもっと細かく教えてもらっていいかな?」

「えっと、そうですね……映画をBlu-rayで見てる最中にテレビから飛び出してきました、場所は僕の部屋を参考に平均的な子供部屋、飛び出した時間は午後です」

 セリエルと紅染の雷は隠し、あの時を状況をあくまで仮定として伝える。

「映画が流れてたと言うことは、勿論見てる人も居たのだな?」

「え? すみませんそこまで考えていませんでした」

「それって重要な事なんですか?」


 杏子の疑問に玲亜も内心で同意する、テーマはテレビから人が飛び出した事、見てる側の人間は重要ではない筈だが。

「理由を模索するなら情報は多い方がいい、そうだな、ではここは私がその人物を設定しよう……玲亜君をモチーフに、黒百合ならぬ『白百合しらゆりちゃん』でなんてどうだ」

「はは、悪くないですね、玲亜と違って清純そうだ」

「鏡ちゃん! 乙女心たっぷりな僕が清純じゃないと!?」

「俺を盗撮する奴のどこが清純だ」

「決して、決して邪な考えはありません! この世の至宝と称えられて当然の鏡ちゃんのかっこよ過ぎる御姿を画像として永久保存することが僕に課せられた使命だと思い、穢れの無いピュアな心で撮影してるのです。手に入れた画像は丁重に現像してラミネート加工してアルバムに飾ってコレクションとして眺めることで補給できる鏡ちゃん成分のお陰でお肌がぷるぷるつやつやに、あいた!」

「欲望ダダ漏れじゃねえか、写真は消せ」

「やーだー!」

 いつもの軽いチョップが玲亜の頭に叩き込まれたのを見届けて、美左が両手を叩いた。

 

「夫婦漫才はそこまでにして、まとめると目撃者こと白百合ちゃんが午後に自室でBlu-rayの映画を見ていると、テレビの画面から映画の登場人物が飛び出して来た、その人物はどこから、どうやって現実世界に飛び出したのか理由を述べよ、だな。これは考察し甲斐のあるオカルトだ」

 各々考えて意見を出してくれたまえ。それは談議が始まるいつもの合図、鏡一郎と杏子は気楽な面持ちで考え始めるが、提案側の玲亜はバレてないだろうかと手に汗を握っていた。

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