第6話 転じて「妖精のいたずら」
(とは言え滅茶苦茶怖いのも事実なのです、うぅ部屋に入りたくない、僕の部屋なのにー)
二階へ上がり廊下へ辿り着く、左側にはバルコニーを備えた小さな和室があり、右側には隣り合った二つの洋室、手前が花撫の部屋で奥が玲亜の部屋。
一軒家の一室を使わせてもらっている身の上で迷惑など掛けられない、自分だけで何とかしなければ。二、三度ドアノブを掴むのに躊躇するが大きく深呼吸して恐る恐るドアを開けた。
「失礼します、あのー落ち着きましたか?」
自室の照明は消え、テレビのゲーム起動画面だけが照らす暗い自室。そのベッドの中央には変わらず悪霊セリエルが塞ぎ込む姿を確認、まだ少女が居ることに玲亜はほっとしたような残念なような複雑な心境で入室、再び正座して少女と向き合った。
(反応なしですか、改めて見ると現実離れした見た目をしてる、人形のよう妖精のような)
銀糸の髪に純白の肌、さっきは気が動転して気づかなかったが少女の体は微妙に透けていて服の背後にある壁がうっすらと見え、蛍の光に似た薄い膜が全身に纏わりついてる。
玲亜の少年知識から言えば、バトル漫画で見かける気とかエネルギーに近いだろうか?
(本当にこの子は幽霊なんだ、幽霊って存在したんだ)
生まれて初めて出会う怪奇現象をようやく実感できて、不思議な感動に震えていると、セリエルが埋めていた膝から少しだけ顔を上げた。
『……………………』
「こ、今晩はー」
暗い影の合間から光る赤い瞳が刺す、この数時間で落ち着いたおかげか氷の如き鋭い殺気が見事復活してる。この調子なら刹那の時間で少年の首を飛ばすこともできるだろう、背筋に緊張が走る。
迂闊な行動は即座にバッドエンド直行。ごくりと固唾を飲み玲亜は決断した。
「セリエルさん!」
『!』
先に動いた玲亜に金縛りを掛けようと少女の手が動いて――。
「美味しいアイスクリームはいかがでしょうか!!!!」
華麗な土下座スタイルから差し出されたミニカップとスプーンに固まった。
「僕を殺すのはとても簡単にいつでもできるでしょう、ですがその前に是非ともこのハーケングリム、バニラ味を味わってください、後悔させませんから!」
漢、玲亜の一世一代の大勝負。対悪霊餌付け大作戦。土下座状態から両腕を持ち上げる非常に辛い体制のまま、相手の反応を待つ。対するセリエルは突然の奇行に戸惑い、どうすればいいのか分からなかった。
この体勢から恐らく命乞いしてることは分かる、しかし自分に差し出してるこれは何? スプーンの様な物が付いてることは恐らく食べ物であろうが、何故この場面で出してくる?
掌に乗るサイズの小さな器、こんな物を出されたところで……。
その時、ほのかに甘い香りがセリエルの嗅覚を撫でた。
『――a』
蓋は閉じてる筈なのに中身の匂いが届いてしまった。殺意の瞳が年相応の光を宿し右手がふらふらと宙を彷徨う。
気になる、
いや違うそうじゃない何を考えてるこんな物で揺らいだりなんかしない、
気になってしまう、
だから違う怒りを憎しみを忘れないでそれだけを考えろ、
それの中身が、気になったりしない目の前の訳わからない人間を殺すことが最優先、
どんな味がするのか、
ちがっ、味が……。
甘くてオイシソウ。
掌から重さが消える。裁決を待っていた玲亜が顔を上げると恐怖の根源である筈のセリエルはベッドに膝を付けハーケングリムをまじまじ見つめていた。そっと蓋に指をかけ壊れないように外す……すると少女の視界に小さな雪国が現れた。
カップの中に限界まで詰め込まれた濃縮乳と卵黄が溶けあい固まったバニラの美しさ、開けたことで甘い香料が空気の中に躍り出て誘惑する。強く匂いを感知したセリエルは小刻みに震える右手でスプーンを持ちバニラの雪原に刺しこんだ。
ここに来るまでに玲亜の手で温められたアイスは程よい硬さであり、容易く一口大の量を掬い上げた、ゆっくりとスプーンを目の前に持ち上げ固唾を飲む、そして一息ついてアイスを口に含んだ。
『――!!』
――少女の五感が躍動する、おいでませ新世界。
舌に触れた途端襲って来た氷の様な冷たさそして濃厚な甘味、あっさりとは言えずしかしくど過ぎない絶妙な味のバランス、頬張るごとに固形物から液体へ溶けだし甘味が塗り込まれていくこの感覚、そして同時に広がる優雅なるバニラの香りが頭の奥に刺激となって届き彼女の知覚を、果て無く
一口目を味わい終えるとすぐにスプーンを動かし二口目に突入、口に入れた途端ふりふりと頭を振り嬉しそうに喉を鳴らす。
『♪♪』
アイスに夢中になる姿は外見相応の可愛らしさがあり、予想以上の反応には呆気をとられた。
(そ、そんなに美味しかったんだ? 喜んでくれて何よりだけど何の変哲もない普通のアイスだよ……よくこれで勝負に出られたな僕)
無邪気なアイスタイムを目撃して冷静さを取り戻し、自分がどれだけ無謀だったかようやく気付いて鳥肌が立つ。
そんなこんなでアイスは瞬く間に減り最後の一さじも少女の口の中へとさようなら、コクンと飲みほし味わった極上の菓子の余韻に浸る。
「アイスクリーム美味しかった?」
彼の存在を完全に忘れてたのだろう、ビクッッ‼ っと全身で跳ね首をカクつかせ目を見開く。動揺する悪霊に苦笑しながら玲亜は交渉の唇を開く。
「とりあえず話をしませんか? 英語で、レッツトーク?」
『Talk……』
カップとスプーンを投げて再び睨みつけて来るが、羞恥で染まるその顔に殺気は感じられない。とは言え、バリバリの英語相手にどこまで意思疎通できるか。
(ここからが正念場だね、だとすればもう一度自己紹介から)
「マイネームイズ、レア・クロ、」
『――それはさっきも聞いた。クロユリ・レア、アナタの名前でしょ?』
流れるようにこの国の言葉で遮られた。この国、つまり日本語で。
「……………………うええ! 喋ったあああ!?」
『失礼な人、死にたいの?』
大げさに驚く少年を悪霊はジト目で見つめた。
テレビの画面だけが灯す未だに暗い室内。ベッドに座り見下ろす少女、その前で正座して見上げる少年、液晶画面を飛び越えて来てしまった対話が始まる。
「ど、どうしていきなり日本語を? ホワイ?」
『私は今も英語で話してる、ただ日本語で聞こえるよう互いの言語の波長領域を少し歪めただけ』
「歪めた、つまりどういう事?」
『細かい説明はしない、言葉が通じるならそれでいいでしょう』
有無を言わせない物言いでベッドに両手を付きふんぞり返る少女、人間臭い態度のデカさにむしろ安心感を覚える。
『アナタは話がしたいと言った私も聞きたいことがある、質問に答えるなら命を見逃すことを一応考える』
「一応ではなく確定してくれると嬉しいな、はいっごめんなさい! ポルターガイストやめてください怖いです」
『それで? 最初の質問。ここはアメリカではなく日本で間違いない?』
「え? う、うん、この場所は穂群市って言う日本の街だよ」
『そう……アメリカからここまで飛ばされた? 事故、それとも何かの介入……今日の日付は何日?』
「今日は六月四日の土曜日、外は生憎の雨模様です、あ、一応西暦は二千〇〇年です」
『っ、二千、〇〇年?』
年代を聞いたセリエルの驚き様に劇中の年代を思い出した。
(そっか映画で彼女が目覚めたのは十数年前の田舎町、ここはある意味で未来の世界になる訳か)
『嘘じゃ……無いのね、ここは十数年先の海外。そんな所に私は迷い込んだ、どうして?』
「それは分からない、突然セリエルがここに飛び出して来たから、本当に何でこんな事になったんだろう」
『……それ、名前』
フル回転していた思考が彼の呟きで止まる。
『どうして私の名前を知ってるの? アナタに見覚えは無い、私が殺した人間達でもあの忌々しい町の住人でもない、答えて』
空気が張り詰める。確かに彼女の視点からは見知らぬ土地で初対面の少年が自分の名前を知ってる不気味な状況だ。
「知ってると言うか、見てたというか」
どう説明すればいいか? 玲亜は短い質疑応答の中でお互いの認識のずれを感じ取っていた。彼女自身はアメリカからここまで時間を超えた一種の空間移動が起きたのだと思っている――しかし。
「今から僕が言う事、落ち着いて聞いてね?」
ようやく正座を崩し若干の足の痺れを我慢しながら、ベッドの足元に落ちているBlu-rayパッケージを拾った。
「テレビとか映画って知ってる? この機械で映画って言うのを見るんだけど、それで昼に見てた作品がこれです」
『映画は知識としては知ってる、それと私と何の関係が――』
少女は要領を得ない説明に少し苛立つが、差し出されたパッケージを見て声を失った。
『これ、私?』
表紙に写る映画『グラッジ・ホワイト』の悪霊セリエル・ホワイト、それは紛うことなき自分の姿。
「恐らく君はこの映画の登場人物で、テレビからこっちの世界に飛び出して来たんだと思います、はい」
その説明の意味を少女が理解するには、まだ幾らかの時間が掛かる。
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