第32話 それぞれの、その後

 その後はゆったりと時間が流れ、セリエルはプリンを食べ終えるとベッドから立ち上がった。

『少し、外に出る』

「ん? 出かけるの?」

 いきなりの外出を玲亜は不思議そうに尋ねる、雨は強まるばかりで外に出るのはお勧めできない。

『用事がある、一時間くらいで戻るから』

「分かった、いってらっしゃい」

 そう一方的に言い壁を透き通って出て行った。更新された契約の内容では外出を禁じていないが、用事の内容は気になる。


「用事、もしかしてアイス欲しさにコンビニ強盗とか……」

 セリエルが殺人をしないと信じているが、それ以外の犯罪は平気でやりそうだなと考える玲亜は恐ろしい絵面を想像をしたが、流石に無いかなと思考を掃い、ベッドに寝転んだ。

(はー、こうして何も考えないでベッドに寝るのは何日ぶりだろう……)

 複数の問題が解決して気が抜けてしまった、今日は胸の痛みも感じない、セリエルが帰ってくるまで仮眠でも取ろうかと、電気を点けたまま瞼を閉じた……が。


 ヴィー、ヴィー。

 机の上に置かれたスマホが振動、音で跳ね起きた玲亜はベッドから出てスマホを取る。誰かからの着信、画面には斎藤と表示。

(斎藤先生?)

 顧問からの着信に、何かあったのか気になりながら、画面を押して顔を寄せる。

「はい、黒百合です」

『斎藤だ、急に悪いな黒百合、今平気か?』

「はい大丈夫です、どうしたんですか?」

『ああ、実は今学校に中央警察署の刑事が訪ねて来てな、昨日お前達が拾った財布と靴について話を聞きたいらしいんだ、悪いが学校に来てくれないか?』

「え、今からですか?」


 通話しながら窓を見ると曇天の空の元、雨は強さを増している。昨日病院の帰りに警察署に寄って財布と靴を預けたが、まさか翌日に刑事が訪ねて来るとは玲亜も予想していなかった。 


『どうしてもすぐに聞きたいと言ってるんだ、帰りは俺が車で送るから来てもらえないか』

「んんー……分かりました、今から学校に向かいます」

『すまん、恩に着る』

 通話が終わり、玲亜はスマホを下ろしてため息をついた。既に解決した事件のことで雨の中を出向くのは億劫だ、今日は花織は所用で出かけていて、帰りは十七時過ぎになると聞いた。

「歩くしかないか」

 スマホを収めた鞄を持ち玲亜は部屋を出る、刑事には当たり障りのないことを話して、さっさと終わらせよう。そう考えながら階段を下りると、麦茶が入ったグラスを持つ花撫と鉢合わせた。


「あれ、玲亜さん出かけるんですか? さっき帰って来たばかりなのに」

「うん、ちょっと用事が出来て学校に行ってくる、出来るだけ早く戻るから、花織さんが帰って来たらそう伝えて」 

「はい、雨が強いので気を付けて」

 言葉を交わし玄関扉を開けた玲亜は、大粒の雨を見てもう一度ため息をつき、マイ傘を差して学校に向かった。



 ★★★


 一方その頃。

 オカルト研究部の三人が入院する病院の廊下を、ツンツン短髪とあご髭が決まった男性が紙袋を片手に歩いていた。

「ん、斎藤先生?」

 丁度、反対側から歩いて来た病院服の鏡一郎が、ツンツン短髪の男性……顧問の斎藤清隆さいとうきよたかに気付き歩み寄る。

「おお阿流守、もう動いて平気なのか?」

「はい体調は問題ありません、先生は見舞いに来てくれたんですか?」

「ああ今日は休みだ、ほれ和菓子も買って来たぞ、柊と星礼は同じ病室だったな」

 鏡一郎が礼を言い、二人は病室に向かう。

 

「おーい悪ガキども元気か? 差し入れ持って来たぞ」

「あ、先生こんにちはー」

 病室の手前のベッドに座りスマホを操作していた杏子が顔を上げる、疲れが消えた元気な顔に斎藤は安心して病室に入り、その後ろを鏡一郎が続く。


「星礼は元気そうだな、これはお見舞いの菓子だ」

「わぁ、ありがとうございますー、そうなんですよ私は元気なのにあと数日はここに居なきゃいけないんですよ? もう退屈です」

「入院はそう言うもんだ、昨日黒百合にも言ったが、清掃活動にのめり込むのも程々にな、今回みたいに熱中症にもちゃんと気を付けろ」

「はーい、でも私は気が付いたら病院に居たんですよ、阿流守先輩、私が最初に倒れたんですよね?」

「ああ、草むらの中で倒れてな、お前を見つけた時には俺と部長も体調を崩して、玲亜が救急に連絡したんだよ」 

 

 お見舞いに来た玲亜が館の中に入ったのは黙っていようと、美左と鏡一郎に口裏合わせを頼み二人も了承した、オカルト研究部(仮)の主張は外の清掃中に体調を崩し、廃洋館には一ミリたりとも踏み入ってはいないと徹底的に誤魔化す方向だ。


「そう言えば、柊は?」

「部長はそっちです、さっきまで話してたんですけど今は寝てます、まだ疲れが残ってるみたいです」

 杏子は反対側斜め窓側のカーテンが閉まったベッドを指さす。他の患者は出歩いていて姿は無い、斎藤達が気を使い声のトーンを落とすと、カーテン向こうのベッドが揺れた。


「なんだと!!??」

 中から突然の大声に、三人は驚愕して肩が跳ね上がった。何事かと待っているとカーテンが開き目覚めた美左が顔を出した。

「……あ、斎藤先生、こんにちはー」

「あ、ああ見舞いに来たぞ……大丈夫か? 凄い声だったが」

「すみません、ちょっと悪い夢を見てしまって、何と我が部の今年度の予算が全て没収される夢です! 何と恐ろしや」

 人差し指を立て真剣な顔で言うもんだから、斎藤たちはぷっと小さく吹き出し、室内に笑いが起きた。


「ほんと、部長はしょうがないっすね、朝よりも元気そうじゃないですか」

「うむ、少し眠ったおかげで体が軽くなったな……所で先生、この後は学校に寄ったりしますか?」

「いや? 真っすぐ家に帰るが、何か学校に用事か?」

「いえいえ、大したことじゃありません、あっそれはお見舞いのお菓子ですか、部長も頂きたいです!」

「現金な奴だな、まっ元気になったなら丁度いい、黒百合は先に叱ったが、今回の件について、部長のお前にも言いたいことがたっぷりあるからな」

「げっ」 


 それから杏子のベッドを中心に椅子を用意して、三人は説教を受けた後ささやかな雑談に興じる。窓から聞こえる本降りの雨を聞きながら、美左はお見舞いの和菓子を頬張った。


(あの光景、まさか終わっていないなんて……玲亜君、

 美左は笑顔を作りながら、誰にも見えない角度で拳を痛いくらいに握りしめた。

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